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偶然の運命  作者: 柏木椎菜


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九話

「あー、腹減った!」

 俺は幸運のうさぎ亭に入ってカウンター席に座る。まだ昼間だから店内の客はまばらだ。厨房にいたジョサイアも暇そうに調理台を拭いてたが、俺に気付くとすぐにこっちへ来た。

「よおアレク。家のほうはどうだ?」

「もうちょいかかりそうだな。グルーシーのやつら、壁とか床まで壊して行きやがったから、直すのに時間かかってしょうがないよ」

「じゃあ賭場の再開はもう少し先か」

「悪いな。こっちの客も減らして」

「その分はお前達家族が飲み食いしてくれればいいさ。……いつものでいいか?」

「ああ。頼む」

 ジョサイアは俺の料理を作りに厨房へ戻って行った。

 グルーシー一家の襲撃を受けてから一週間が過ぎたけど、表の雑貨屋も裏の賭場も、まだ本営業には至ってない。一日も早い再開を目指してベルトロ一家総出で修理を続けてる最中だ。朝から晩まで、資材を運んだり釘打ったり、慣れない仕事をやって毎日ヘロヘロだ。休めるのは寝る時か、こうして食事する時ぐらいしかない。満腹になればまた肉体労働が待ってる。正直、昼寝でもしたいところだけど、そんなことすればお袋にぶん殴られるからな。気合い入れて働かないと。

「できたぞ。ほら」

 ジョサイアが葡萄酒と一緒にできたての料理を俺の前に置く。鶏肉の黒胡椒炒め――空腹にはたまらない匂いだ。俺はよだれが垂れる前に鶏肉にかぶり付く。

「くうう、やっぱ最高の味だな」

 葡萄酒で肉を流し込み、次の鶏肉を取ってかぶり付く。

「毎度褒めてくれてありがとよ。……ところで、お前何か忘れてるだろう」

「ん? 何かって?」

「俺に頼んだことだよ。一週間前」

 俺は肉を味わいながら考えた。一週間前……ってことは、グルーシー一家が襲いに来た日……ジョサイアに頼んだことって――

「……ああっ!」

 家のほうの修理作業で毎日頭がいっぱいで、すっかり忘れてた。こんな大事なこと、何で忘れてたんだよ俺。

「どれだけ忘れてたんだよ、お前」

「なら言ってくれよ!」

「ここに来ても、忙しいってすぐ帰ってただろう。話す暇もないぐらいに」

 二、三日前までは確かに今より忙しくて、そんなだったかもな……。

「わ、悪かったよ。こっちも慌ただしくやってたからさ……それで? 上手く尾行できたのか?」

「まあな。西地区の端まで送って、そこから隠れながら尾行したけど、向こうには気付かれてないと思う」

「エリーはどこへ帰って行ったんだ?」

「真っすぐ中央地区へ行った」

「中央地区……ってことは……」

「貴族の可能性が高いな」

 王城の足下にある中央地区は貴族街とも呼ばれてて、住めるのは王国に貢献する貴族だけだと聞いてる。西地区で生まれ育った俺は一度も足を踏み入れたことがないから、どんな場所かは想像するしかないけど、さぞご立派な家が立ち並んでるんだろう。

「家まではつけなかったのか?」

「あそこは無理だ。昼も夜も巡回兵がいて地区内を見回ってる。俺なんかが入ったらすぐさま追い返されるよ」

「そうなのか。まあ、城も近いし、警備が厳重なのは当然か」

 エリーは金持ちに違いないけど、正しくは中央地区に住む貴族だったのか。その点は納得できた。でもそうなると気になることがある。

「あの二人組は、エリーが貴族だって知ってるのかな」

「あの娘を狙ってるっていうやつらか?」

「ああ。単なる追い剥ぎだと思ってたけど、その後もしつこくエリーの側に現れてる。もし知らないとしても、追い剥ぎ犯が一人を長く付け狙うのはどうも不自然な気がするんだよな。金持ちは貴族だけじゃないんだ。他の地区にだって商売で儲けたり、成り上がったやつはいくらでもいるのに、あいつらはずっとエリーの側から離れない。おかしいと思わないか?」

「つまりお前は、やつらが追い剥ぎ以外の目的であの娘を狙ってると疑ってるわけか?」

「そんな気がするんだよな……だってあいつら、二度も失敗してるんだよ? それでエリーに警戒されたら当然やりにくいし、もっと難しくなるんだ。俺は追い剥ぎ犯の心理なんかわからないけどさ、警戒された相手を狙うより、まだ自分達に気付いてない相手を狙うほうが何倍も楽に稼げるはずだろ? やつらは何でそうしないのか……」

「別の目的があるから?」

「って、俺は感じるんだよな……」

 ジョサイアは腕を組んで俺を見た。

「じゃあ、仮にやつらがそうだとして、お前はどうするつもりなんだ?」

「もちろん、エリーを助けてやりたいよ」

「惚れた弱みか」

「そ、それは関係ない! 俺は追い剥ぎ犯のこと知ってるし、一応、関わった人間でもあるから、疑いながら見て見ぬふりってのは、気分悪い気がするし……」

「ふふっ、冗談だ。お前の放っておけない性格は昔から知ってるよ」

 笑うジョサイアを俺は睨み付けた。

「俺は今、真面目な話をしてんだ」

「悪かったよ。じゃあ真面目な話、どうやってあの娘を助けるんだ?」

「どうって、まだわからないけど……」

「別の目的で狙われてるなら、それはきっと貴族社会に絡んだことだろ。人か金か政治か……そんなことが目的なら、お前じゃ手に負えないんじゃないか?」

「それはジョサイアの勘だろう? まだそうとは――」

「でも違うとも言えないんだ。貴族社会の問題なら、お前に助ける術なんかない。住む世界が違うからね。お前も、随分な高嶺の花に惚れたもんだ」

「またそんなこと――」

 俺が怒鳴ろうとすると、ジョサイアは手を上げて制した。

「だけどそれは事実だろう? 西地区の無法者が貴族の令嬢に惚れるなんて、他の仲間が聞いたら笑い話だ」

 その通りすぎて言い返せなかった。自分でもよくわかってる。貴族は庶民から搾取する――歴史から学んだそんな印象から、王侯貴族は時代によっては俺達を苦しめる敵なんだ。そして現在もそれはあまり変わってない。俺の住む西地区がその証拠だ。皆生きるだけで精一杯で、盗みなんて日常茶飯事だ。雨だろうと雪だろうと道端で寝るしかなく、そういう暗がりでは親に捨てられた子供達が身を寄せ合って不安そうな眼差しを向けてくる。でもこの国の政治は何もしてくれない。西地区の現状を知らないはずはないのに、役人も貴族も手を差し伸べてはくれない。まるで汚い物に触れたくないかのように、自分達で上手くやれと突き放してる。俺達西地区の住人は大分前から見放されてるんだ。そしてエリーは、その見放してる側の人間……だからってエリーに責任があるわけじゃないし、悪いやつとも思ってない。俺と同じ十八で、まだ知らないことのほうが多いだろう。だけど、俺はそんな彼女を好きになってしまったんだ。頭で考えたんじゃなく、心がそうさせた。だから貴族の娘と聞いても、思いは変わらない。馬鹿げた片想いだと誰もがそう言うはずだ。俺も自分にそう思ってるから……。

「そもそも、あの娘は何でここに来てたんだ?」

「何か、用があるとか言ってたけど……」

「毎週、西地区にか?」

 そう言われると、おかしい気もするけど――

「俺と話したいとも言ってくれてた」

 これにジョサイアはにやりと笑った。

「用っていうのは、結局それだな」

「何だよ?」

「貴族の道楽ってやつだ。中央地区の世界しか知らないお嬢様は、好奇心で西地区を見に来たかったんじゃないか? 緊張感で味わえる興奮を求めてさ」

「俺と話してたのも、単なる道楽……?」

「親切なお前は案内役にちょうどよかったんだろ。庶民の料理も食えたしな。……結局、そういうことだ」

 普段は行けない庶民の街を見てみたかっただけ……なのか? でも考えてみれば、貴族が西地区に用があるとも思えないし、ジョサイアの言う通り、俺は観光に付き合わされてただけなのかも……。

「お前がどんなやつに惚れようと自由だけど、あまり本気になり過ぎるなよ。どうせ向こうに脈はないんだ」

 脈はない――そうはっきり言われると正直がっくりくる。別れをあんなに寂しそうに惜しんでたのに、それは俺に対してじゃなく、遊びに来る時間に対してだったのかも。向けてくれた笑顔も、言葉も、俺が望むような深い意味なんか含まれてない。頭の隅ではわかってたんだ。だけど会うたびに気持ちは膨らんで、現実を忘れかけてた。もう、目を覚まさないといけないよな……。

 それから俺は盛り下がった気分のまま食事を終えて酒場を出た。家に早く戻らないとお袋に怒鳴られるけど、走る気になれないほど俺は落ち込んでるらしい。エリーを勝手に好きになって、勝手に失恋して、勝手にへこんで……俺はやっぱり馬鹿だな。初めからこうなるってわかってたはずなのに、落ち込むほど心持って行かれてどうするんだよ。自分が情けなさすぎる……。

「おい」

 その時、不意に男の声が呼び止めて来た。でも周りに人はいない。俺を呼んだ声だよな――くるりと振り返って呼んだ相手を捜すが、道には見当たらない。

「こっちだ」

 また呼ばれて声のしたほうへ目を向ける。横の薄暗い路地、その奥に二つの人影があった。

「……お前達!」

 一目見て俺は無意識に走り出してた。顎ひげの男と坊主頭の男――エリーのことを諦めようとしてたのに、この二人組はとっ捕まえなきゃいけない気がした。俺が向かって来るのを見て、二人は少し慌てるように背後の路地を曲がった。俺を呼び止めておいて逃げるのかよ!

 すぐに後を追って曲がると、二人は逃げず、目の前で俺を待つように立ってた。

「何逃げてんだよ。俺に用があるんだろ」

「て、てめえが頭に血が上った顔で走って来るから、思わず……今日は別にちょっかい出しに来たわけじゃねえんだ」

「こいつの言う通りで、あんたを呼び止めたのは、あることを伝えたかったからだ。だから落ち着いて、その拳を下げてくれ」

 二人は怯えて引きつった表情を見せながら穏やかな口調で言った。その様子からは、本当に喧嘩をする気はないようだ。俺は二人を睨んだまま、軽く構えてた両拳を下げた。

「……ありがとよ。こんな形であんたを呼び止めるしかなく――」

「追い剥ぎ犯のお前達が、俺に何を伝えようってんだよ。本当なら、この西地区から蹴り出してるところだぞ」

「わ、わかってるよ。用が済んだらすぐ出て行く。こんなところ、長居はしたくないしな」

「そう言いながら、俺の前にちょくちょく顔出してるじゃねえか。気付いてなかったとは言わせねえぞ」

 俺が声を荒らげると、坊主の男がなだめるように言った。

「お互い、今日はそのことはなしだ。穏便に話したい」

「じゃあさっさと言えよ。お前達と無駄な時間過ごしてる暇なんかないんだよ」

「聞いてくれれば無駄じゃないとわかる。……ところであんたは、エレオノールをどう思ってんだ?」

 一瞬聞き間違いかと思ったぐらい、俺は坊主の男の顔を見返した。

「……エレオノールって言ったのか? それって誰のことだ」

「あんたが知ってんのは一人だけだろ? 前に俺らが襲った、あの女だよ」

 とてつもない違和感が俺の中に湧く。こいつら、標的にしたエリーの名前を何で知ってるんだ。それだけでもただの追い剥ぎ犯とは思えない。となると、やっぱりエリーが貴族の娘だとわかってる可能性も高そうだな。にしても、何でエリーのことを俺に聞いてくる?

「……お前達、何たくらんでる」

「何もたくらんでなんかない。あの女をどう思ってるか、ちょっと聞きたいだけだ。で、どうなんだよ」

 ……怪し過ぎる。襲ったエリーのことを、まるで友達みたいに聞いてくるなんて、こいつら絶対裏に何か隠してるだろ。安易に答えないほうがいいかもな……。

「……だんまりか? まあいい。あんたがどう思ってようと、こっちは伝えるだけだからな」

 坊主の男は俺を見据えると言った。

「エレオノールは、あんたのことを大層気に入ってるようだ。それは知り合いとしてじゃねえ。異性としてだ」

「つまり恋だ。あんたに惚れちまってんだよ」

 俺はじっと聞いてたが、どう反応すべきかわからなかった。

「な、何だよ。嬉しくないのか?」

「……どういうつもりだ?」

「だから、エレオノールはあんたに惚れ――」

「本人から聞くならまだしも、お前達から聞かされて、それを俺が信じるとでも思うのか?」

「あ、ああ、そうだな、俺らじゃ信じられないかもしれねえが、でも本当だってことは伝えておく。これを真に受けるかどうかはあんた次第だけど」

「誰に頼まれて伝えに来た」

「それは、あんたにゃ関係ねえことだ」

「何でエリーのことを知ってる。お前達、ただの追い剥ぎじゃないんだろ。エリーに付きまとうのは他に狙いが――」

「変な勘繰りはよしてくれ。俺らはただ伝えに来ただけだ。あんたも、あんないい娘に慕われて、もっと喜んだらどうだ? それとも、異性としては見れないのか?」

「聞くのがお前達じゃなきゃ、素直に喜んでるさ」

「何だ、まんざらでもねえのか。なら気持ちに応えて側にいてやるといい。エレオノールはそれを望んでる」

 こいつらがエリーの名前を呼ぶたびに、何かムカムカするんだよな……。

「エリーは追い剥ぎで怖い目に遭わされた被害者で、お前達はその加害者だ。それが今日は何でエリーに協力するような真似をしてる。罪滅ぼしのつもりか?」

「どう受け取ってくれてもいい。もう一度言うが、俺らはただ伝えに来ただけで、それ以外の目的はねえ。でもできれば、あんたがエレオノールの想いを受け入れてくれるといいがな」

「俺らの用はこれだけだ……邪魔したな」

 二人は踵を返すと、路地の先へ足早に去って行く。

「言いたいことだけ言って帰るのかよ」

 立ち去る背中に言ってみたが、二人は止まることも振り返ることもなく、そのまま路地を曲がって消えた。その後を追うべきか俺は迷ったけど、脳裏にお袋の怒りの形相が浮かんで断念した。まあ今回は悪さをしに現れたわけじゃないし、俺も早く戻らないといけないし、見逃してやるか。だけど、あいつらの行動は疑問だらけだ。前はエリーを襲っていながら、今日はそのエリーの気持ちを伝えに来るって……意図がさっぱりだ。そもそも何で追い剥ぎ犯の二人がエリーの気持ちなんか知ってるんだ。あいつらとエリーはつながってるとでもいうのか? それを俺に伝えて、一体あいつらは何の得になるのか……わからないし、あいつらがますます怪しく見えるばかりだ。裏があるのは間違いないだろう。だけどその目的が見えない。最初にエリーを襲ってた二人だ。今も彼女に危害を加える気があるかもしれない。そう考えるとエリーにやつらの存在を教えておいたほうがいいんだろうけど、次は一体いつ会えるのか……。もし会えることがあれば、あいつらが言ってたことが本当なのか確かめたいところでもある。まあ多分、でたらめとは思うけど……。

「……一旦忘れて、家の作業だ」

 変な期待が湧き上がる前に、俺は頭を切り替えて元の道へ戻った。と、その時だった。

「あれ? アレク?」

 声にふと前を見れば、そこには一人の女が笑顔で立ってた。

「やっぱりそうだ! おばさんに頼まれて幸運のうさぎ亭まで呼びに行くところだったのよ。ちょうど会えてよかった!」

「フェリシティ……!」

 朗らかで整ったその顔は、俺にとっては久しぶりに見る顔だった。

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