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偶然の運命  作者: 柏木椎菜


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八話

 部屋の窓からの景色はとても清々しくて綺麗だ。透き通るような青い空、手触りを感じられそうな真っ白な雲、その下を優雅に飛び行く鳥、そして眼下に広がる豊かな緑と人々が営む風景……以前なら眺めているだけでそんな気持ちになれた。けれど今は同じ風景を見ても、何も感じない。空、雲、鳥、木、人……それらは目の前にあっても、私の気持ちには入り込まない。空疎で、空っぽな風景……いえ、空っぽなのは私の心のほうかもしれない。

 アレクに別れを告げた夜から日は経ち、それ以来私は父上の言い付けを守って城下へは行っていない。公務以外では外に出ず、人とも会わず、ほとんどを自分の部屋で過ごしていた。何もする気が起きなかったのだ。原因はもちろん、アレクに会えなくなってしまったから。人は愛する人に会えないだけで、これほど力をなくしてしまうのかと身をもって知った。逆に言えば、アレクは私にたくさんの力をくれていたのだ。それが今は何もない状態……。私は心が空っぽなまま毎日を過ごしている。こんな時、相談できる相手でもいれば……真っ先に思い浮かぶのはヘレネだけれど、彼女は私の側から外され、今どこで何をしているのかさえわからない。彼女がいればすべてを話して苦しい気持ちを吐き出せるのに。でも今、私の側にいるのは見慣れない新しい侍女だ。ヘレネの代わりで、仕事はてきぱきとできるけれど、ただそれだけだ。私語もせず、黙々と物事を処理し帰って行く。侍女としてはそれが正しい姿なのかもしれない。けれど私が求めるものではない。ヘレネはやっぱり特別だった。彼女がいてくれたら、今の私に何て言葉をかけてくれるだろう……。

 そんなふうに、アレクへのどうしようもない想いを押し込め、抱え続けていたある晩だった。

 夕食も済み、あとは部屋で休むだけという時に、扉を叩く音が響いてきた。

「……誰?」

 ソファーからたずねると、声はすぐに返ってきた。

「姫様、お休み前に失礼と承知ですが、よろしいでしょうか」

 この声は占い師のジュノー……向こうから訪ねて来るなんて珍しい。

「ええ、構わないわ。入って」

 静かに開いた扉からジュノーがゆっくりと入って来た。

「こんなお時間に申し訳ございません」

「大丈夫よ。まだ寝室へ行く気はなかったから。……それで、どうしたの?」

「この頃、姫様のご様子がどこか沈んでおられ、お元気なお顔が見られないと、レオノーラ様がご心配をなさっており……」

「お義母様が?」

 まさか私の心配をしてくれるなんて、少し驚いた。

「はい。何かお悩みでもあるのならお力になりたいと仰っておられたのですが、レオノーラ様はお忙しい御身であられますから、代わりに私にその役目をたくしていただき、こうしてお邪魔をさせていただいた次第です」

「そんなことのために、わざわざ来てくれたの?」

「そんなことではなく、大事なことです。気の病はいずれ身体の病につながるものです。そうなる前に悪い種は取り除きませんと。私などでよければ、ご協力をさせていただけないでしょうか?」

 ジュノーは穏やかに笑いかけてくる。その笑顔は何だか心をホッとさせてくれる。相談相手のいなかった私には断る理由などなかった。そもそも運命の人と出会わせてくれたのはジュノーなのだ。相談するのに適任の相手とも言える。

「ありがとう。誰にも話せずにいたから、来てくれてよかった……さあ、座って」

 ジュノーを向かいのソファーに座らせ、私は彼女と向き合った。

「……何をお悩みなのですか?」

「あなたが占いで導いてくれた運命の人……アレクのことで……」

「やはりそうでしたか。そのような気はしていましたが……確か現在は会いに行かれていないのですよね?」

「ええ。父上に叱られて、最後の別れを言いに行ってからは一度も……。それからずっと私の心は苦しいまま……アレクを思わない日はないわ。朝も、夜も……」

「運命のお相手だけあり、お忘れになれない存在になったのですね」

「初めて助けられたあの瞬間から、もう忘れることなんてできない。アレクの笑顔と優しさは、私の心を一瞬で奪ってしまったのだから」

 脳裏に浮かぶアレクを感じるだけで、彼への想いは山のように募り、そして同じぐらい寂しさも募る。それを毎日繰り返すのだから、以前のように笑って過ごす余裕など私にはなかった。

「城下へまた行かれたいということですか?」

「許されるのならそうしたいわ。けれどまた誰かに見られでもしたら、父上は私に何を言うか……でも、アレクに会いたくてたまらないの。こんな苦しさが続くなんて、耐えられない。一体どうしたらいいのか……」

 会いたいのに会いに行けない。アレクの存在も、今はジュノー以外に明かすことはできない。もう、頭を抱えるしかない状態だ。

「姫様は、そのお相手を心から愛しておりますか?」

「もちろん……愛していなければ、これほど苦しむことなんてないもの」

「そうですか……」

 ジュノーは少し考えるように黙ると、またこちらを見て言った。

「そのお相手と姫様では、身分があまりに違い過ぎますから、いくら愛していようと結ばれることは難しいでしょう」

「それは、わかっているけれど……だからって、自分の心から目をそらすことはできないわ」

「しかし強い愛があっても、周囲の方々はお相手をお認めにはならないでしょう」

 私は思わずジュノーをねめつけた。

「……あなたは私に諦めろと言いたいの?」

「そうではありません。お二人の身分の差を考えた時、現実はそうなってしまうものと思いまして。ですから一つ、身分差という壁を越える方法があるのです」

「……方法?」

 ジュノーは真剣な表情に変えて言った。

「庶民が王族に加わることはまずあり得ないことですが、逆に王族が庶民になることは可能なのです。つまり、姫様が王族の身分をお捨てになれば、お相手の方と結ばれることはできます」

「私が、王族から、抜けるということ……?」

「その通りです。お相手と同じ身分、お立場であれば、誰も異を唱える者はおりません。お忍びで外出する必要もなくなり、自由にお会いし、お話しもできます」

 私が王女でなくなれば、確かに秘密にせず、堂々と会いに行くことが――

「ですが、その自由を得られるには、現在のお暮らしをすべて捨てなければなりません。城内には戻れず、両陛下とも簡単にお会いできなくなるでしょう。そして城下ではご自分の力だけでお暮らしにならなければなりません。料理、洗濯、買い物、掃除……それらをやってくれる侍女はおりません。生活費も、ご自分で見つけた仕事で稼ぐ必要があります。現在とはまったく違う生活を強いられることでしょう……姫様には、そのお覚悟がありますか?」

 問われて私は想像を試みようとしたけれど、頭には何も描くことができなかった。生まれた時からこの城内で暮らしている私には、城下の暮らしがどのようなものなのか、詳しく知る由もない。アレクに会いに何度も城下へ行ってはいるけれど、見たのは表面的な暮らしぶり。それだけでは想像するには足りなさすぎる。もし庶民になってあそこで暮らすことになったら、私は果たして馴染めるのだろうか――考えても漠然とした期待と不安が胸に湧くだけだった。でも、王族を抜けなければ、私の愛する気持ちが実を結ぶことはない。ずっと苦しいままい続けるしかないのだ。そんなの、私は……。

「……この身分を、捨ててもいいわ」

「では、お覚悟を?」

 私は首を横に振る。

「覚悟は、まだない。王族から抜けるだなんて、私には未知のことだし、正直、怖くも感じることだから」

「お覚悟がないまま城を出ては、きっと後悔を――」

「だから、その強い覚悟をするために、私、アレクに聞いておきたいの」

「何を聞かれるのですか?」

「私のことを、どう思っているのか……私の愛を、受け止めてくれるのかを」

 これにジュノーは丸い目を向けて聞いてきた。

「まだ、お気持ちをお伝えしておられなかったのですか?」

「だ、だって、楽しくお話ししている中で、打ち明けるような雰囲気にはならなかったから……アレクがもし私を受け入れてくれるのなら、強い覚悟もできると思うの。側にアレクがいてくれれば、とても心強いから」

「つまり、城をお出になるかは、あちらのお気持ち次第ということですか?」

「ええ。私の一方通行の気持ちで庶民になっても意味はないもの」

「確かに……ですが、外出禁止にされている中で、お相手のお気持ちはどのように確かめられるのですか?」

「以前のようにジュノーの占いで安全な日を占ってくれないかしら」

「ではまたお忍びで行かれると?」

「ええ。それしかないから。……何か問題?」

「姫様はご存知ないようですが、陛下のご指示で夜間の歩哨の数が増やされ、警戒が強められているのです。その目を抜けて行かれるのは難しいのでは……」

「でも、アレクにお別れを言いに行った日は、すんなりと出て行けたわ」

「あれは、姫様が禁止を言い渡された直後でしたから、まだ陛下のご指示が出されていなかったのです。しかし現在は違います。私が占いで日時を出しても、見つからない確率は低いでしょう。同じ方法で行かれるのはおやめになったほうがいいかと」

「ではどうやって会いに行けばいいというの? 他の方法なんてわからないわ」

「そうですね……」

 私もジュノーも考え込んだ。アレクを城に呼ぶことができない以上、私が行くしかないわけで、だけど外出は許されない。それでも強化された警備の中をこっそり行ったとしても、ジュノーの言う通り見つかる可能性は大きいのだろう。そうなれば父上は私を徹底的に部屋に閉じ込めるかもしれない。それどころかアレクのこともどうにかしようとするかも……。そんな最悪な事態にだけはしたくない。でも私が動かなければ、この状況は何も変わらない。私がアレクを思い続けるだけの日々になってしまう……危険を承知で、それでも城下へ行くべきか、それとも、いつになるかわからないけれど、外出禁止が解かれるその日まで耐えて待つべきなのか……。

「……外出禁止とは言え、姫様は城からまったくお出になれないわけではありません。ご公務の内容いかんでは城下へおもむかれることもあるでしょう」

「そうね……以前は献上品の果物を作っている農家の元へ行ったり、診療所の視察を兼ねて医薬品を届けに行ったりしたことがあるわ。皆喜んで私達を迎えてくれていた」

「そのように、また城下へ行かれるご公務はないのですか? もしおありなら、それを機会にするしかないでしょう」

 私はジュノーを見つめた。

「……公務の最中に、アレクと会えというの?」

「姫様が許される外出はご公務のみ。それ以外でお出になれないのであれば、そうする他ないかと」

 公務中にそんなこと……でも城下へ行く機会がそれしかないのなら、やってみるしかないのかもしれない。周囲に人の目が多いだろうけれど、どうにか二人だけで話すことができれば……。

「いかがですか? 近々城下へ行かれるご公務の予定などは」

「……ええ、一つあるわ。城下の各地区の教会を視察して回る予定があるの。だけど、その予定には西地区の教会は入っていなくて……」

「なぜでしょうか。お時間の問題とか?」

「いえ、治安の問題で……そんなところへ私を連れて行くことはできないと判断したのでしょう。他の公務でも、西地区へは一度も行ったことはないの。だから私もいつものことのように聞いていたのだけれど……侍従長と話してみるわ。西地区の教会も視察したいと。頷いてくれるかはわからないけれど」

「ならば私も、レオノーラ様にお伝えし、お口添えをお願いしてみましょう。妃殿下のお言葉があれば、侍従長もお考え直してくれることでしょう」

「そうね。お義母様が言ってくれるのなら……少しだけ、前が明るく見えてきたわ」

「その明かりが、姫様を温かく包んでくれることを、私はお祈りしております」

 ジュノーの微笑みに私も笑顔を返した。これでアレクと会う方法は決まった。公務中に気持ちを伝えるなんて難しいこと、簡単にできるとは思っていないけれど、でも上手く行くように私は頑張るだけだ。この胸の苦しさが報われると願って。

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