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偶然の運命  作者: 柏木椎菜


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12/16

十二話

「よかったわね。早めに会えて」

 フェリシティは俺の肩を叩いて笑う。

「よく気付いたな。エリーが後ろにいるって」

「賭場を出た直後にはもう気付いてたわ。あまりに下手な尾行だから。アレクはそんな思い人の心配でそれどころじゃなかったみたいね」

「お、思い人って、俺は、そういう――」

「照れなくてもいいわよ。もう顔に書いてあるんだから。それより早く行ってあげないと。私は一人で平気だから気にしないで」

「でも――」

「宿はすぐそこで、危ないことなんてないから。じゃあ、頑張って」

 俺の背中をポンッと押すと、フェリシティは小走りで行ってしまった。変な気を遣わなくてもいいのに。ただ俺は注意を伝えるだけのことだし――一度深呼吸をして、俺はエリーの元へ向かった。姿が鮮明に見えるにつれ、鼓動はドキドキと高鳴った。久しぶりに会うから緊張してるらしい。別に一年以上会えなかったわけじゃないのに、今の気分はそんな感じでもある。また会えた嬉しさ、なんだろうか。

「……エリー、だろ?」

 ぼろい壁の向こう側に声をかけると、ちょっと間があってから、そろりと姿が現れた。以前と同じフード付きマントにロングドレス。長い金髪に上目遣いでこっちを見てくる緑の瞳。その表情は笑ってるようで戸惑ってる感じにも見える。

「……アレク、その……」

「会えてよかった」

「え……」

「でも何でコソコソつけたりしたんだ? 話しかけてくれればよかったのに」

「それは、お二人のお邪魔は、したくなかったので……」

「二人? フェリシティのことか?」

「それが、恋人の方のお名前なのですね……」

「は? 恋人? 違う違う。彼女は別の街に住む親戚だよ」

 そう言うとエリーの丸い目が俺を見つめてきた。

「……恋人では、ないのですか?」

「店が壊されたのを聞いて、資材集めて手伝いに来てくれたんだよ。子供の頃はフェリシティもここに住んでたから、よく遊んでた仲なんだ」

「そう、だったのですか……私は、てっきりアレクの大事な方かと……」

「まあ、大事ではあるけど、また違う意味でだな」

 エリーは胸を押さえてホッとした顔を見せてる。……一体、何の安堵だ?

「ところで、エリーがここにいるってことは、そっちの問題が片付いて、また俺と会えるってことか?」

「ええ、一応……お義母様が外出禁止を解いてくださったので」

「そんなもん食らってたのか? 貴族の家ってのはやっぱり厳しいんだな」

「……貴族?」

「それより俺、エリーに伝えておきたいことがあってさ。時間、いいかな」

「私も、アレクとお話ししたいことがあって……それで今日は来たのです」

「そうか。ならちょうどよかったよ。じゃあいつも通り、幸運のうさぎ亭に行くか」

 俺はエリーを連れて、暗い中で煌々と明かりを灯す幸運のうさぎ亭へ向かった。その店先に差しかかった時、中からちょうどジョサイアが出て来たので、俺は声をかけた。

「よお、入っていいか?」

「おお、アレク……と、久しぶりに見る顔だね。ここの味が恋しくなったか?」

 ジョサイアに言われてエリーは微笑む。

「いただけるのなら、ぜひ」

「嬉しいね。けど残念。今日は客の入りが悪くて、もう閉めようと思ってるんだ。だから厨房も全部片付けちゃったんだよね。出せるのは飲み物ぐらいだけど」

「そうなのか。まあそれでも構わないよ。二人で話せる場所を貸してくれればありがたい」

「それでいいならどうぞ。もう客はいないから、二人の貸し切りだ」

 ジョサイアに付いて俺達は中へ入る。明るい店内は静まり返り、いつもは陽気な客で埋まってる席も全部空いてる。こんな寂しく殺風景な景色も、賭場が再開する明日になれば、また騒がしくごった返すことだろう。

 俺達は座り慣れた奥のテーブル席に着く。そこへすかさずジョサイアが葡萄酒とコップを持って来た。

「帰る時は呼んでくれ。厨房にいるから」

 立ち去るジョサイアを見送り、俺は二つのコップに早速酒を注ぐ。

「葡萄酒でいいかな」

「はい。いただきます」

 差し出したコップを受け取り、エリーは一口飲む。俺も同じように口を付けた。

「……雑貨店と賭場は、もう大丈夫なのですか?」

「ああ、全部直って、明日から営業する」

「それはよかった。ご家族も問題なく?」

「皆やる気見せて元気だよ。俺も含めてね」

「ひどく壊されていたけれど、お怪我などはなかったのですね。……あ、賭場のことは誰にも言っていませんから、安心してください」

「すまない。無理なこと頼んで……」

「何も無理ではありません。確かに公的には違法行為かもしれないけれど、その売上の一部で、アレクは苦しんでいる子供達を助けているのだから――」

「ま、待って。助けてるって……どこでそんな話を……?」

「バレリッツ教会で直接聞きました。保護されている子供達は、アレクがお菓子や服を持って来てくれることをとても喜んでいる様子でしたよ」

「あの教会へ行ったのか? うう……」

 俺が子供達のために寄付してることは家族にも秘密にしてることで、その理由は、まあ、言えば絶対からかわれると思うからだ。特にマキシムなんかには、善人ぶるなよって笑われるのが目に浮かぶ。だから司祭には名前しか教えてなかったんだけど……まさか、エリーに知られるとは。

「恥ずかしがることではないわ。人として素晴らしい行いです。聞いた時、私はアレクがそういう方なのだと改めて知ることができて、とても嬉しく感じました」

「知られたのがエリーでよかったよ。……別に俺はいい格好がしたいわけでも何でもないんだ。ただ道端をうろつく虚ろな顔の子供達を見てられなくてさ。一歩間違えてたら自分もそうなってたかもしれないんだ。この西地区じゃ子供も命懸けで毎日生きなきゃならない。でも周りは他人に構ってる余裕なんかなくてさ。苦しんでるやつがいても、自分には関係ないって無視するだけだ。それが当たり前になってる。だけど子供一人助けられない環境って、俺はもう地獄だと思うんだ。手を差し伸べられない大人達が、ここを地獄に変えてるんだ。だから他のやつよりはちょっと余裕のある俺が率先して助けないとと思ってさ。未来や希望が完全に吹き飛ぶ前に……」

「アレク……」

 ハッとして向かいを見れば、エリーが微笑みを浮かべながらこっちを見つめてた。

「長々と語っちまった……悪い。退屈にさせて……」

「いいえ。アレクのお心を知れて、よかったです。私はよりあなたのことを――」

 何か言いかけてエリーは言葉を切ると、葡萄酒をぐいっと飲み、再び口を開いた。

「……そう言えば、アレクは私に何か伝えたいことがあるのですよね?」

「あ、ああ……でもエリーの話の後でいいよ。そっちの話は何?」

「私が先に話していいのですか? そ、それでは……」

 コップを置いたエリーは居住まいを正すと、緊張したような硬い表情で、ちらと俺を見た。

「今日来たのは、アレクに、お聞きしたいことがあって……」

「うん。何?」

 伏し目がちの視線が、ゆっくりこっちを見つめる。

「私のことを、どう、思っていますか……?」

 頭になかった質問に、俺は思わず言葉に詰まった。

「どうって、言うと……?」

「正直に教えてください。嫌いなら嫌いとはっきり言っても――」

「嫌いなわけないだろ! 久しぶりに会えてこんなに嬉しいのに」

 何でいきなりこんなこと聞いてくるんだ、エリーは……。

「嫌いではないのなら、アレクは、私のことを、好き……ですか?」

 そう言ったエリーの白い頬が、じわじわ赤く染まってく――つまり、そういう意味での好きってのを聞かれてるんだろうか……?

「あ、あのさ、俺も、エリーのことは、好きだ」

「……!」

 エリーは息を呑み、目を見開いた。

「一緒に食べて、話して、楽しい時間が過ごせて……気の合う友達って感じで」

「友、達?」

「そう。いい友達として――」

「私は、魅力的ではありませんか?」

 エリーは強い口調で聞いてきた。

「女性として、好きかどうかを聞いたのです。ずっと、一緒にいたいか……」

 苦しそうな眼差しが俺に問う。わかってたけど、あえて友達と言って俺は逃げようとした。だってエリーに告白したところで、その先はないってわかってるから。それにしても驚いた。エリーが俺なんかを好きになるなんて……。

「これまで俺に会ってたのは、その、そういう気持ちがあったからなのか?」

 聞くと、エリーは小さく頷いた。

「そうか。俺はてっきり遊びに来てるだけかと――」

「アレクはいつも、そのようなつもりだったのですか……?」

 すぐには答えられなかった。頭ではそうだったと言えるけど、心は少し違ったかもしれない。何度も会ううち、俺の気持ちは確実に変わっていった。面倒な金持ち女から、四六時中気になる女になってた。会う時間は遊ぶというより、エリーのことを知れる貴重な時間だった。そんな彼女をただの遊び友達と言えるわけがない。でも――

「……俺なんかが、エリーに惚れちゃいけないだろ?」

「なぜですか? 人を好きになるのに理由などありは――」

「残念だけどあるんだよ。好きになっていい相手と駄目な相手が。それはエリーにもある。俺なんかを好きになったら駄目だ」

「アレクは俺なんかと自分を卑下しているけれど、あなたはそういう方ではありません。誰にも優しい立派な方です。だから私はアレクのことが好きなのです!」

 恥ずかしがりもせず、でも顔を赤らめてエリーは言った。真っすぐ伝えてくれた気持ちにできれば応えてやりたい。けど――

「嬉しいね。そんなことを面と向かって言ってくれるのはエリーだけだ。でも俺を好きになってもいいことなんてないんだ」

「そんなことありません。好きな方と一緒にいられるだけで――」

「周りが許さないさ。俺とエリーじゃ釣り合わなさすぎる」

「周りの声など聞く必要――」

「西地区の違法者と貴族の娘じゃ、どうしたって無理だ。それでも側にいようとすれば、お互い辛い目に遭うだけだよ」

「アレクは私を貴族だと思ってるみたいだけど、違います。私は貴族ではありません」

 エリーは真剣な顔で言ってきた。あれ? 嘘を言ってるようには聞こえないけど、ジョサイアの尾行では中央地区に入るのを見てるし……。

「じゃあエリーは何者なんだ。少なくとも平凡な庶民とは思えないけど?」

 これにエリーは困ったように目を泳がせる。

「しょ、庶民ではありませんが……けれど身分などより、好きだという気持ちのほうが大事なことです!」

「それを、エリーの両親に言えるか? 言って、認めてもらえるか?」

「………」

 エリーはうつむき、押し黙った。……これが現実で、答えなんだ。

「……自分じゃどうしようもない壁ってのがあるんだ。俺のせいでエリーの暮らしを壊したくない。この先の道を間違ってほしくないんだよ」

「アレクを好きになることは、間違ったことなの?」

「そうだ。エリーならもっとふさわしい男を見つけられるよ。俺なんかより――」

「卑下する言い方はもうやめて。それでも私はアレクが好きなの」

 するとエリーは俺に強い視線を向けてきた。

「もう一度聞きます。アレクは私のことを、どう思っていますか?」

 捕らえて逃さない緑の瞳が、わずかに揺れながら俺を見つめてくる――正直に言ってしまいたい衝動もある。でも言ってしまったら、もう気持ちに歯止めがかけられなくなるだろう。エリーのために、俺はエリーを好きになったらいけないんだ。自分を押し殺してでも、彼女の手を引くことはできない――

「……大事な存在だと思ってるよ。それだけだ」

「アレク、もっとはっきりと――」

「これが俺の気持ちなんだ。わかってくれ。エリーの話はここまでにして……こっちの話をさせてくれ。すごく重要なことなんだ。いい?」

 強引に話を終わらせると、エリーは不満げで物足りない表情を浮かべながらも、諦めたようにええ、と小さな声で言った。申し訳ないけど、ここで正直な気持ちを明かされるわけにはいかない。それに俺の話も本当に重要なことだし。

「悪いな……話ってのは、前にエリーを襲った追い剥ぎの男達のことなんだけど、憶えてるよな?」

「ええ、もちろん……アレクと出会ったきっかけだもの」

「あいつら、もしかすると今もエリーのことを狙ってるかもしれないんだ」

 これにエリーは怪訝な顔に変わる。

「襲われたのは随分前のことよ? それ以来見かけてもいないし、私も装飾品は着けずにここへ来て、奪われそうな物をなくして――」

「ただの追い剥ぎじゃなさそうなんだ。実はエリーと一緒にいた時、俺はあいつらの姿を見かけてる。俺達の店が襲われた時にも。その時は金持ちそうなエリーをしつこく狙ってるだけかと思ったけど、店の襲撃であいつらが関わってたことがわかったんだよ」

 エリーは首をかしげた。

「あの襲撃と私が狙われることに、どんなつながりがあるというの?」

「まだはっきりしたつながりはわからないけど、でもあいつらは上流階級の人間とつながってた。襲撃犯のグルーシー一家は金につられて店を襲ったと言ってて、その金を出して依頼したのが、ルシール・ジュノーっていう王侯貴族に人気の占い師なんだ」

「え……?」

「そいつは今、城で暮らせるほど信頼されてる人間だ。そんなやつが追い剥ぎの男達を使って襲撃の依頼をしてたんだよ。……エリー? どうしたんだ?」

 俺の話を聞いてるのか聞いてないのか、エリーは机の一点を見つめたまま、固まったように動かなかったが、話しかけるとハッとした表情でこっちを見た。

「……そ、その、ジュノーという占い師というのは、本当に、間違いないのですか?」

「グルーシーの人間を締め上げて吐かせた情報だから、本当だと思う。エリーならジュノーってやつのこと、知ってるんじゃないのか?」

「どう、でしょう……」

 エリーは曖昧な返事だけをして目を伏せた。

「大事なことなんだ。過去に会ったことがあるとか、間接的でも関係してるとか、何かないか?」

 どこか困惑した顔でしばらく考え込んでたエリーだったが、おもむろに口を開いた。

「か、仮に関係があったとして、なぜ私が今も追い剥ぎの男達に狙われると……?」

「一つは、前にエリーを襲い、その後もエリーのいる場所に現れるからだ。もう一つは、男達が上流階級の人間であるジュノーとつながりがあるから。エリーは庶民じゃなく、あっち側の人間なんだろ? それらを考えると、男達がエリーを付け狙うのは、追い剥ぎ以外に何か目的があるような気がしてならないんだ。そこにジュノーの意思があるかはわからないけど。ジュノーも王侯貴族に使われる身だ。その裏にまた指示してる人間がいてもおかしくはないけど……」

「アレクはジュノーを介して、男達が私を狙っていると考えているのですね。ですが、大きな根拠はないのでしょう? その目的も理由もわからず、アレクの想像でしかないのですよね?」

 そう言われると、何も言い返せないけど――

「根拠は確かにないよ。でもあいつらの動きは怪し過ぎるし、絶対別の目的があるはずだ。俺の考え過ぎでエリーとは無関係だったで済めばいいけど、逆にエリーを傷付けることだったら大変だ。何もわからない状況だからこそ、周りにはよく注意してほしいんだ」

「でも、私には傷付けられる心当たりなど……」

「エリーになくても、向こうが一方的に恨んだり、たくらんでることだってある。万が一襲われて命が危なくなったら、俺は後悔してもしきれないよ。できれば側で守ってやりた――」

 言いかけて俺はすぐに言い直した。

「い、いや、側で守ってくれるやつをすぐに見つけたほうがいい。エリーなら簡単に雇えるだろ?」

 難しい顔でエリーは考え込んでる。

「大げさなこと言ってるかもしれないけど……でも俺は、エリーのことが心配なんだ。独りで出かける時は用心してほしい」

「アレクが、そこまで言うのなら、わかったわ……」

 どうにか聞いてもらえて、俺は一息吐いた。

「そうか……こっちの話はこれだけだ……じゃあ、出ようか」

 葡萄酒を一気に飲み干して俺は立ち上がる。

「…………ええ」

 エリーもゆっくり立ち上がり、俺達はジョサイアに声をかけてから酒場を出た。

「送るよ。危ないから」

 俺の申し出にエリーは頷き返すだけだった。暗い道を並んで歩くが、楽しく話すような雰囲気じゃなかった。エリーは終始うつむいてこっちを見てくれない。それでも何か話しかけようと考えるけど、発しようとする声がそれをためらった。そんな俺の素振りに気付いたのか、それとも沈黙に耐えられなくなったのか、西地区を出る手前に来たところでエリーはここまででいいと礼を言うと、俺が止める間もなく走り去って行った。マントとドレスが揺れる後ろ姿が暗闇に消え入るまで、俺はじっと見送った。エリーのことを怒らせたのか、悲しませたのか、その両方か……。でも気持ちを正直に言うわけにはいかないんだ。俺のせいでエリーの人生を汚したくない。今のままでいてほしい。幸せな暮らしのままで。そのためなら、この胸の痛さぐらい我慢できる。

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