愛しのノルディア part2
ノーラは久しぶりに夢を見ていた。
それは遥か昔、まだ世界が秩序なく混沌としていた時代に、ウォルズリーの初代当主とともにヨーロッパをはじめ、世界各地を旅していた時代の夢だった。
「ノーラ!早く早く!どうだい、あの夜空の神秘的な輝き!あれがオーロラだよ。美しいだろう?あれを見せたかったんだよ!君は嫌がっていたけど、デンマークから寄り道してまで来た甲斐があるだろう?」
あんた、はしゃいじゃってバカじゃないの?
確かにキレイだけど、あたしは寒いのは大嫌いなの!
「見てごらん、あの動物!あんなに巨きくて、なんて奇妙で長い鼻をしているんだ!この大陸は不思議な生き物でいっぱいだなあ!」
暑いって!もう、訳のわからない虫はいっぱいだし、
なんでこんな遠い野蛮な地まで来ちゃうのよ!
「どうだい、この地方の葡萄酒は、最高に美味いだろう?地元の肉料理と合わせるとまた格別なんだ」
うん、まあ美味しいのは認めるけど、これなら
フランスで良かったじゃないの?
「こうやって二人で旅をして、いろいろなものを見て。君は楽しくないのかい?」
楽しくない訳じゃないのよ。
でもね……
「君は生き延びたことを後悔しているけど、世界はこんなに美しいんだよ。こうやって、ただ生きることを楽しんで過ごすのも悪くないと思わないかい」
アンタにはわかんないのよ。あたしが
どんな思いで生き残ったのかなんてね!
「今より、少しだけこの世界が良くなるようにするのが、私に与えられた使命なんだと思う」
だからと言って、頼まれたら何でもかんでも
引き受けてちゃあ、あんたが潰れちゃうでしょ!
ちょっとは自分の体のことも考えなさいよ。
「この土地から、すごいパワーを感じる。ここなら、私の力もさらに強くなる。決めたよ。この地から始めることにする。少しでも多くの人を救うんだ」
本当にこの島国に落ち着いて、城を建てるの?
あたしはもっと南の海岸沿いが良かったのに!
でもまあ、あんたがそう言うなら。住めば都だしね。
「こんな……こんな馬鹿なことが……!」
ちょっとどうしたの?
未来でいったい何を見てしまったの?
絶望するなんて、アンタらしくないじゃない、
ねえ、ねえってば!
「お願いだ。泣かないでおくれ、ノーラ」
あんたバカよ!そんなに弱るまで、
力を使い果たして!
あんた一人がどう頑張ったって、
世界が変えられる訳ないじゃないの!
「……ありがとう。愛しているよ、ノーラ。
いや、ノルディア。
いつかまた、再び会えるかも知れないさ」
アンタ、本当にバカじゃないの⁈
あたしをひとりにしないで!
……わかったわ。いつかまた会える日のために
あんたの血を引くものはあたしが守る……!
『ノーラ……ノーラ……ノーラ姉さん……』
誰かの呼びかける声に、ノーラは目を覚ました。
白く揺れるものが目に入り、訝しげに眺めているうち、
それが天蓋から吊り下げられたレースという事に気がついた。
あたりを見渡すと見覚えのある巨大な天体望遠鏡と大型の地球儀、
大きな本棚や美しい化粧台が見える。
「ここは……おチビのアンの部屋?いいえ、アンはもう大人になって……」
そうか、あたし気を失ってたのね」
「目が覚めたかい?」
心配顔のヘンリーがシルバーのトレイを手に近寄って来た。
「飲むかい?親父やフローレンスさんに頼むのは気が引けたから、俺が淹れたから味には自信はないけど」
「ありがとう。あたし、どれくらい眠ってた?」
ノーラはベッドの上でティーカップを受け取るとヘンリーに尋ねた。
「三、四時間ってところかな。フローレンスさんがディナーのメニューは鱸スズキと鴨料理で言いか聞きにきたから、姉さんは寝てるからそれで良いって言っといたが、問題ないかな?」
「鱸かあ……この季節の鱸は……まあ、いいわ」
「大丈夫かい、いきなり気を失うから驚いちまったよ」
「このところ、魔法を使うことが多かったから、ちょっと疲れただけ。大丈夫よ」
「本当にそれならいいんだけど」
「まあ、アホの子二人を乗せて、ドイツからイギリスまで飛んだりしたしねえ」
「ああごめん!ドイツまで飛べば良かったなんて軽口叩いて。俺が悪かったよ!」
「冗談よ。おかげで久しぶりに懐かしい夢も見れたし。あら?」
ノーラはヘンリーが持って来たティーカップを改めて眺めた。白地に青色の可憐な花が描かれている。
「ロイヤルコペンハーゲン*のブルーフラワーか。あんな夢が見られたのは、このカップのお陰かしらね。いいチョイスじゃないの」
ゆっくりとお茶を飲むと微笑んだ。
「美味しい。あんた、レスターよりセンスあるかもね」
「そいつは何より、光栄だ」
ヘンリーはベッドに腰掛けると無邪気に笑った。
その顔は、どこかあいつに似ているなとノーラは思った。
*ロイヤルコペンハーゲン…デンマークの陶磁器メーカー。




