ロマの王・マリオ part3
「はじめまして、ウォルズリー家の次期当主候補、アーサー様。」
男は微笑みを浮かべながら、アーサーに話しかけてきた。
どこかで見た気がするのだが、アーサーには思い出せない。
「……ぼくのこと、知ってるんですか?」
「もちろんですとも。よく存じ上げていますよ。
はるか極東の島国からやってきて、相続争いに加わった少年。
小さいながらも強欲と野心を持つ、
まさに大貴族ウォルズリーの後継者にふさわしいお方。」
「そんな……!ぼく、そんなつもりじゃあ!」
「ほう、それでは何故?」
男は相変わらず微笑みを浮かべながら、そばにある倒木にゆっくりと腰掛けた。
「ぼくはただ、おじいちゃんの事が心配で……」
「心配?有り余る資産を持ち、贅の限りを尽くした生活を送ってきた老人。
その豊穣なる人生の最後のほんのひとときが、多少憂鬱な結末を迎える事が、それほどまでに守られなければいけないほど大切なものなのですか?」
アーサーは、ハワードを小馬鹿にした様な男の物言いに我慢できずに叫んだ。
「どんな人間だろうと、命は大切じゃないんですか⁈あなた、神父なんでしょう⁈」
「どんな人間の命も大切……?」
男の微笑みに、そこ知れぬ冷たさが加わった。
「おお、何という世間知らず!何という傲慢!
この世界の不条理と残酷さを知らぬ子供が、
何と軽々(けいけい)に命の価値を語るのか!」
男は立ち上がると、芝居掛かった仕草で両腕を大きく広げると、くるりと半回転してアーサーに背を向けた。
「アーサー様、ロマという民族をご存知ですか?」
「……ロマ?」
「かつてはジプシーと呼ばれ、国を持たず、ヨーロッパ全域を放浪していた民族です。
彼らは理由もなく忌み嫌われ、差別され迫害され続けてきました。
ただ平和に家族や仲間とともに暮らしたかっただけなのに、それが許されなかったのです。」
そこまで述べると、再び回転してアーサーの方を振り向いた。
「私はね、ロマの出身なんですよ」
そこにはもう、笑顔はなかった。
「ある日、私たちのグループは、立ち寄った田舎の村で些細な出来事から酷いリンチを受けました。
私の家族や、大切な旅の仲間はみんな殺されてしまいました。
まだ小さかった私だけがお情けで助けられ、教会の経営する孤児院に収容されました。
…助けられたと言っても、決して善意からではありません。
私は、そこの責任者の慰み者にされたのですよ。
来る日も来る日も、私はその男の相手をさせられました。
私は必死で相手が喜ぶようなやり方を覚えました。
すべては生き延びるために、ね」
言葉の出ないアーサーの前で、男はとうとうと語り続ける。
「そのうち、男は私の頭の良さに気づき、様々な教育を受けさせてくれるようになりました。
言語、歴史、哲学、神学、数学。いずれも素晴らしい成績を上げる私を気に入った男は、
私を養子にして“マリオ”という名前を与えてくれ、都会の神学校に入学させました。
そこでも私は創立以来と言われるほどの好成績で、遂にはヴァチカンへと推薦されることになったのです。
一介のロマの薄汚い子供であった私が、
名前をいただいて聖職者になったのですよ!
これぞ、まさに神の奇跡!」
そこまで話すと男は両手を下げて、小さな声でつぶやいた。
「違う。私の名前は、フロリン・チョアバ。
マリオなんかじゃない」
だが再び、大げさなそぶりで話し出した。
「ヴァチカンでも私は懸命に働きました。一生を神に捧げる覚悟で皆が嫌がる汚れ仕事を請け負い、認められていったのです。
厳しいながらも、充実した日々でした。」
「ところがある日。上層部の人間による未成年への性的虐待が発覚すると、連中は私にすべての罪を被せ、ロマの血が入っているというだけで卑しい者として追放いたしました。
それだけじゃありません。シチリアの連中に頼んで、口封じのために私を殺そうとしたんですよ」
「そんな、まさか、そんな非道いこと!」
「ほう、信じられないと?これではどうですか?」
アーサーの叫びを聞くと、男は笑いながら服を引き裂いた。
裸になった男の上半身には、生きているのが不思議なほど、心臓を中心におびただしい銃痕が刻まれていた。
「そんな…神に仕える人たちが、そんな」
また一つ、この世界の残酷さを突きつけられたアーサーは、大粒の涙を流した。
「…あなたは他人のために、泣けるのですね」
返す言葉もなく泣き続けるアーサーの姿に、一瞬動揺したかのような男だったが、再び話し始める。
「生き絶える寸前の私を助けてくれたのが、ニナ様です。
あの方は弱かった私に、権力を持つ者たちと闘うための強い力を与えてくれた。
あの時から私は、差別され、迫害されるロマ民族の復興の為に生きるという希望を得たのです」
そこまで語ると、男はアーサーをじっと見つめた。
あの、光のささない黒く塗りつぶされた眼で。
「アーサー様。あなたには何の恨みも憎しみもありませんが、あの方を悲しませるような事は許すわけにはいかないのです」
アーサーと男の周りの空気がピリピリと緊張し、渦を巻いていく。
男は四つん這いになると、唸りを上げながら巨大な猪のような姿へと変わっていった。
怪物へと変貌した男の周囲の地面から、無数の人型の土塊が出現し、じわり、じわりとアーサーに迫る。
「何で……何で!どうして!戦わなければいけないんだよ!!」
逃げ出すアーサーを猪のような怪物と泥人形のような魔物が追いかけ、林の奥へと消えて行った。




