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泣き虫魔法少年アーサーと白猫ノーラの奇妙で憂鬱な冒険  作者: ヨシオカセイジュ


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破滅 part1

 アーサーとヘンリーがロンンドンを訪れている同時刻。

 ルーパスの屋敷では、ニナが二階のバルコニーで目の前にひざまずいたメリッサに何事かを申し付けている。


「自分のやるべきことはわかっているわね、メリッサ?」

 跪いたまま、メリッサは小さな声を返す。

「……はい、ニナ様」

「あなたがうまくやる事で、ルーパス様の未来が栄光に包まれたものになるのだから」


 顔を上げるメリッサだか、その瞳は一切の光を拒絶して黒く塗りつぶされている。


「……はい、ニナ様。承知しております」

「念のため、お供をつけてあげるわ」


 片手を上げ指を鳴らすと、屋敷を取り囲む木に止まっている大鴉のうちの二羽が、メリッサの側に舞い降りてきた。

 ニナが小さく呪文をつぶやき出すと、どす黒いモヤ状の影が大鴉たちを包み、見る間にその姿を変えていく。

 やがて黒い影がゆっくりと消えていくと、その場には全身を黒い衣装で固め、双子のようによく似た二人のメイド姿の美少女が立っていた。


「おまえたち、頼むわよ」


「仰せのままに。ニナ様」

「仰せのままに。ニナ様」

 二人は何の感情も感じられない抑揚のない声で同時に応えると、顔を見合わせて無言で微笑んだ。


「それでは行ってまいります。ニナ様」

 メリッサは立ち上がると、二人のメイドを連れて歩き去った。


 三人が屋敷の玄関を出ようとしたその時、お供を連れたルーパスが漆黒の馬車で帰宅するところに遭遇した。

 ルーパスは見るからに上機嫌で、その顔は以前の気弱な世捨て人のような顔つきとは違い、自信に満ちている。


「……お帰りなさいませ、ルーパス様」


 メリッサは深々と頭を下げた。二人のメイドもその後に続く。

「おお、メリッサ。何処へ行くのだ?」

「……ニナ様のお使いで、少し出かけてまいります」

「おお、そうか。それはご苦労」

「……ルーパス様は、どちらへお出かけになられていたのですか?」


「わしか?ふふふふふ」


 ルーパスは子供のような無邪気で、残酷な笑顔を浮かべると自慢げに語り出した。


「おまえも覚えておるだろう、十二親族の中でも長老格のウォールデンを。あの鼻持ちならぬジジイの屋敷に行ってな、今度の親族会議で次期当主に誰を推すのが正解か、わからせてきてやったのだ!」

「……と、申しますと?」

「あいつの目の前で、執事やメイドをまとめて焼き殺してやったのだ!

奴め、やっと気づきおったわ。自慢の屋敷も、家族も、わしがその気になれば一瞬にして灰になってしまうことをな!」


「ルーパス様、いくら何でもそれはやり過ぎでは……」

 そのあまりの残酷な仕打ちに、思わずメリッサの口から非難の言葉がこぼれた。

 いつも従順なメリッサの思いがけない反応に、ルーパスは声を荒げて反論した。

「何を言う、メリッサ!おまえも覚えておるだろう、あいつが、ウォールデンのやつめが、わしが幼い頃からどんな仕打ちをしてきたか!

 聖なる力を持たぬ忌み子とわしを嘲り、蔑んでいたことを!

 それだけではない、わしの本当の母親をも売女扱いして親族みなで笑い者にしていたのだぞ!」


 幼い頃を思い出し、ルーパスの瞳が怒りで黒く染め上げられていく。

「それがどうだ!わしの絶大な力を見て、今にも小便を漏らすかのように腰を抜かして震えておったわ!

 おまえにも見せてやりたかったぞ、あの無様な様を!いっそこの手で、ひねり殺してやればよかった!

 もう、何も恐れるものなどない!わしは、わしは自由なのだ!」


「ルーパス様……」

 興奮して叫ぶルーパスを見つめるメリッサの瞳に、哀れみと悲しみの影がよぎる。


「メリッサ!」

 ルーパスは叫ぶと、メリッサの体を強く抱きしめた。

「もう少し、あとほんの少しの辛抱だ!

 次の親族会議で、わしは当主に選ばれる!

 そうすればハワードも、他の親族たちも、もう何も言えぬ!

 わしとおまえを追い出したあの城に!

 憎き一族の前に!

 今こそ当主として胸を張って凱旋できるのだ!

 長年にわたり辛い思いをさせてきたおまえにも、やっと報いてやれるのだ!」


「ルーパス様……」

 抱きしめられ、その温もりでメリッサの瞳から黒い闇が少しずつ引いていき、涙が溢れていく。

「ありがとうございます、でも、私は…」

「……どうした?何を泣いておる?喜びの涙にはまだ早いぞ」


 泣き続けるメリッサを見て動揺するルーパスの背後から、鋭い声が飛ぶ。


「メリッサ!!」


 ルーパスが振り向くと、二階のバルコニーから、仁王立ちしたニナがこちらを見下ろしている。


「大事なお使いに遅れてしまうわよ?メリッサ」

 メリッサは静かにルーパスから離れると、頭を下げた。

「行ってまいります、ニナ様」


 顔を上げると、その目は再び感情を失い、漆黒に染められていた。

「お、おい、メリッサ」

 戸惑うルーパスを振り返ることもせず、メリッサは歩き出す。

「ルーパス様!」

 見上げるルーパスに向かって、ニナが微笑みかける。

「ドイツから、親書が届いております。どうぞ中へお入りください」


 立ち去る三人の後ろ姿を名残惜しそうに眺めるルーパスを見下ろしながら、ニナは心の中で呟く。


『これはほんの始まりに過ぎない。いよいよ地獄の蓋が開くのよ、ルーパス』

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