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泣き虫魔法少年アーサーと白猫ノーラの奇妙で憂鬱な冒険  作者: ヨシオカセイジュ


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孤児院

「あ、あの、初めまして、アーサーです」

「まあ、あのアン様の!お母様はここにもよくお手伝いにきてくださいました」

「ええ、そうなんですか?」

「血筋なんでしょうね。あなたのお母様は、慈善事業やボランティアに大変熱心な方でした。

 中でお茶でもいかがかしら?」


 アーサーは院長先生に連れられ、建物を案内してもらった。内部は決して豪華ではないが清潔感にあふれ、沢山の子供達が遊んだり授業を受けている。

 院長先生は二人を自分の部屋に招き入れ、紅茶を入れながら話しだした。


「ここはもともと私設の古い孤児院でしてね、戦争で親を失った子供や、貧しくて捨てられた子供たちを引き取っていたんですが…」

「その実態は、政府からの援助金や寄付が目的の、最低の施設だったんだよ。」

 ヘンリーが吐き捨てるように話す。

「粗末な黒パンに、ほとんど湯のようなスープだけの食事。衛生状態も最悪で、病気になる仲間もたくさんいた。そして少しでも反抗すると暴力を振るわれ、食事も与えられないまま狭い部屋に閉じ込められたんだ」


 院長先生は小さくうなずくと話を続ける。

「そのため早くに亡くなる子や、脱走してギャングの仲間に入ったり、薬物中毒で無くなる子など悲惨な状況が続いていたんです」

「僕がその代表さ。ギャングたちと付き合って、いい気になっていた」

 ヘンリーは自嘲めいた口調で話した。


「私もヘンリーと同じく、ここで育ちました。どうにか改善したいと思っていたところ、ある出来事がきっかけでヘンリーがあなたの家の執事のレスターさんと知り合い、ここの事情をハワード様に伝えていただいたんです。

 その結果、ハワード様がロンドン警視庁スコットランドヤードを動かしていただき、当時の責任者たちは逮捕されることとなりました。


 その後もハワード様とレスターさんのご協力で寄付金集めが上手くいって、この孤児院は再建することができ、沢山の子供達が救われました。

 特にレスターさんは今でもお仕事の合間に、施設の運営や子供達の奨学金集めを協力してくれているんです」


「ぼくもその奨学金のお世話になった一人さ」

 ヘンリーが照れ臭そうに笑う。

「おまけに政府機関で働く際の保証人として、養子にしてくれたんだ」

「そうだったんですね。それでお父さんなんだ」


「アーサー様。ハワード様、あなたのお祖父様は、この孤児院の子供達の恩人です。

 それと身分の隔てなく、すべての子どもたちに優しく接してくれたあなたのお母様のアン様。

 あなたのご親族は、人間にとって必要な高潔な魂をお持ちの方々です。

 この孤児院の名前をウォルズリー孤児院と名付けたのも私たちのせめてもの感謝の現れなんです」


 院長先生はアーサーの目を見つめると、深々と頭を下げた。


 アーサーは院長先生にお礼を言うと、ヘンリーとともに部屋を出た。

 並んで廊下を歩いていると、小さな部屋の前でヘンリーが足を止めた。


「どうしたんですか?」

「…さっき、院長先生が僕と父さんがある出来事がきっかけで出会ったって言ってただろう?」

「ええ」

「強盗なんだ」

「え?」

「僕が金目当てに父さんを襲い、逮捕されたんだ。今からちょうど十年前、十五歳の時だった」


 アーサーが驚きのあまり黙っていると、ヘンリーが小さな部屋のドアを開けた。


「この部屋も今じゃあすっかりキレイになっているけど、その当時は酷い有様でさ」

 部屋の隅を指差し、話を続ける。


「僕の弟分が病気にかかっても、医者にも見せず、そこにあった汚いベッドに寝かされていたんだ」


 ヘンリーの声が、小さく、低くなっている。


「金はなかったけど、せめて薬だけでも手に入れようとして、見るからに裕福で真面目そうな紳士を襲ったんだ。

 それが、ハワードさんの使いでロンドン市内を訪れていた父さんだった。

 そうしたらさあ、びっくりするぐらい強くて!あっという間に取り押さえられちゃったんだ」


 アーサーには、そんなレスターの姿は想像もできなかった。


「警察に連れて行かれる途中も、見逃してくれ、弟を助けなきゃいけないんだって必死に頼んだよ。せめて孤児院に医者を呼んでやってくれってね。でも、そんなの警察が聞いてくれる訳がない。

 ところが、警官から話を聞いた父さんが身元引き受け人になってくれて、数日後には釈放してもらった上に、ここまで車で送ってくれたんだよ」


「警察署から車を飛ばしてもらったんだ。すごいスピードでさあ、ル・マンでも優勝する速さだったな、あの時の父さんのドライビングは」


 小さな笑い声がヘンリーの口からこぼれた。


「でも、結局間に合わなくって。最後の瞬間まで、ずうっと僕の帰りを待ってていたって聞いた」


 ドン!鈍い音が室内に響く。ヘンリーが拳で壁を叩いたのだ。

 アーサーはビクッと身をすくめた。


 表面の漆喰にヒビが入り、パラパラと剥がれ落ちた。

 アーサーに背中を向けたまま、ヘンリーは話し続ける。


「大切なものを守れずに、俺は何をやってるんだろうって自分の馬鹿さ加減に愛想が尽きたよ。

 その時、決めたんだ。もう少しまともな人間になろう。そして、弱い者を守ろうってね」

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