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泣き虫魔法少年アーサーと白猫ノーラの奇妙で憂鬱な冒険  作者: ヨシオカセイジュ


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メリッサの屈辱

 夜も更けたルーパスの屋敷で、メイド頭のメリッサがある決意を胸にルーパスの寝室を訪ねていた。


「旦那様、ルーパス様。メリッサでございます」

 コンコンコン、コンコンコン。


 声をかけ、ノックをするが、返事はない。


「旦那様、旦那様。大切なお話がございます」


 コンコンコン、やはり返事は返ってこない。

 メリッサが諦めようか迷っていると、不意に声がした。


「ルーパス様なら、ぐっすりとお休みよ」

 いつのまにそこにいたのか、黒いナイトドレス姿のニナがメリッサのすぐ後ろに立っていた。


「ニ、ニナ様」


 振り返ったメリッサは、ニナの姿に目を見張った。


 ナイトドレスの胸元は大きく開き、今にも豊かな乳房がこぼれ落ちそうに見え、体に張り付くような薄い生地は全裸よりもそのシルエットを強調している。

 それは同じ女性の目から見ても、妖艶と言う言葉が子供騙しに思えるほどの色香に満ちていて、メリッサは自分の鼓動が早くなるのを感じていた。


「ついつい頑張りすぎる方だから、お疲れみたい」

 ニナはクスクスと笑いながら、廊下の大きな花瓶に生けられているバラの一輪を手折ると、その花弁を二度、三度とゆっくりと指でなぞる。


「で、お話ってなあに?お目覚めになられたら私の方から伝えておくわよ」

「……いえ、結構です。また旦那様のご都合の良い時間に出直します。失礼いたしました」


 メリッサが頭を下げ、立ち去ろうとしたその時。


「ねえ」


 メリッサが振り向くと、ニナは壁にもたれながら、妖しい微笑みを浮かべている。

「その話って、私に関係があるんじゃないの?」


 黙り込むメリッサに背を向けると、離れたバルコニーへと向かい、歩き出した。


「今まで、あなたとはろくに話もしてこなかったわねえ。せっかくの機会よ、二人っきりでゆっくりお話しない?ここなら誰に見られることもなく、ルーパス様にも聞こえない。いかがかしら」


 手すりにもたれ、月の光に照らし出されたニナの姿は、この世のものとは思えないほど神秘的に見える。

 メリッサは決意を固め、ニナの後を追いバルコニーへと歩み出ると、話を切り出した。


「お願いがございます。これ以上、ルーパス様に、関わらないでください」

「……へえ、なぜ?」


 ニナは微笑みを絶やさぬまま、その深く暗い群青の瞳でメリッサから視線を外さない。


「あなた様と関わって、ルーパス様は変わってしまわれました。以前は地位や権力に囚われることもなく、私たち使用人にも分け隔てなく優しい方だったのに」


「ふうん。分け隔てなく、優しく、ねえ」

 ニナは手に持ったバラに、口づけをする。


「ルーパス様に仕えていた多くの使用人も辞めてしまいました。お願いいたします、もう、これ以上当家と関わらないでくださいませ。」


 頭を下げるメリッサに対して、ニナが小さく笑いながら囁きかける。


「あらあ、あなたにとっては、その方が都合がいいんじゃないの…?」


「……どう言う意味でしょうか」


「夜毎、ルーパス様が自分のベッドに若い女を連れ込むのを盗み見して、身悶えしなくて済むじゃない……」


「わ、私は決してそんな!」

 いつの間に見られていたのか⁈メリッサは、あまりの恥ずかしさに顔の火照りを止めることができなかった。


 ニナがグイッと顔を近づけてきてメリッサに囁き続ける。

「自分に正直におなりなさいな」


 艶やかな黒髪にシミひとつない真っ白な肌。すぐそばで見るニナの美貌は、女から見ても心が蕩けるほどの妖しい魅力に満ちている。

 だが、その笑顔からは毒の香りが漂ってくる。


「ルーパス様の初めての夜伽のお相手は、あなただったんでしょう?」

 メリッサは愕然とした。

『なんでこの女は、そんなことを知っているの?……まさか、ルーパス様が⁉︎』


「年上の婢女メイドと、何も知らない貴族のお坊っちゃま。まあ、なんと淫らで、そそられる関係なのかしら……!」

 ニナは芝居じみた喋り方で囁き続け、メリッサが心の奥に秘めた気持ちを引きずり出し、ゆっくりと味わいながらじわりじわりと追い詰めてゆく。


「自分だけは、他の遊び相手とは違う、本当の愛情と思っていたんでしょう?

 だからこそ、ウォルズリーの家を追われたあの人に付いてきて、何十年も側にいるのでしょうからねえ。

 いくら他の若い女を抱いていても、いつか、いつかまたきっと、愛しいあのルーパスに抱いてもらえると思っていたんでしょう?」


 そこまで話すと、ニナはメリッサからすうっと離れ、嘲る様に大きな声で笑い出した。

「でも残念!あの方はねえ、誰でもいいの!」


「あの男は、幼稚で、自己中心的な寂しがり屋。己の空っぽの心の埋め草になるなら、誰かれ構わずみっともなく求めているだけなの!盛りのついた犬の様にね!!

 なのに、そんなことにも気づかずわずかな逢瀬の思い出を胸に長年慕い続けるなんて、

 まあなんて美しく健気なんでしょう!」


 それは怒りか、悲しみか。

 青ざめて震えるメリッサを前に、ニナは歌うように話し、笑い続ける。


「でもねえ、さすがのルーパス様も、お婆さんにはもう興味がないみたいよ……?

 ああ、何て哀れでかわいそうなの?

 ほんとうにかわいそうなメリッサ婆さん!」


 ニナは笑いながらバルコニーでくるくるくると回る。

 その度に乳房や美しい脚がドレスから扇情的に顔を出す。


 どうだ、美しいだろう?

 おまえにはもう手に入れることのできない、

 あの男の愛情がたっぷり注がれた身体だと主張するように。


 やがて、メリッサに背を向けてバルコニーにもたれかかった。


「……ひどい、酷すぎる。なんで、そんな、あなたは、なんて、なんて酷いことを言うんですか!」


 気がつくとメリッサは震えながら、涙を流し続けていた。


 ささやかな、秘めた思いすら暴き出して笑い者にする。

 やはり、この女は許せない。

 この女と一緒にいるからルーパス様は変わってしまった。

 許せない!許せない!許せない!許せない!

 この女、この女さえ、いなくなれば!


 溜まっていったどす黒い感情が遂に限界点を迎え、メリッサの心と体を塗りつぶした。


 メリッサはバルコニーにもたれるニナを背後から思い切り突き飛ばした。

 声も上げずにニナはバルコニーから転落した。


『下はちょうど敷石が敷き詰められている場所だ。

 あの女もたとえ死ななくても、ただでは済まないだろう。

 あの高慢ちきな顔がどうにかなれば、構わない』


 ドス黒い気持ちのまま、メリッサはバルコニーから下をのぞいた。

 ……だがそこに、ニナの姿はなかった。

『いない!どこにも落ちた形跡がない?』


 どういうことか動揺するメリッサの背中を誰かがポンと叩いた。

「なあに、勇気あるじゃないの」

 気がつくと落下したはずのニナがすぐ側にいて、肩に手を回してきた。


「ひいいい、こ、こんな事って!」

「ふふふ、不思議よねえ」

 ニナの美しい目が真っ黒に塗りつぶされ、黒い影がぞろり、ぞろりと流れ出して足下からメリッサに這い上がっていく。

「あ、あああ、ああああ、いやああああ!」


「あなたも、私の手駒のひとつになってもらうわ。しっかり働いてね」


 黒い目のニナが微笑みながら呟く。

 メリッサが完全に影に飲み込まれ、屋敷はまた不気味な静けさに包まれた。

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