ディナーはみんなで楽しく part1
「アーサー様、ヘンリー様、お席にどうぞ!」
フローレンスが満面の笑みで二人を招き入れた。
「お約束通り、夕食をいただきに来ました、フローレンスさん」
ヘンリーもにこやかに応える。
並んで席に着こうとした時、アーサーはレスターの姿がないことに気づいた。
「あれ、フローレンスさん、レスターさんはいらっしゃらないんですか?」
「ああ、先ほどご当主様のところにサパーをお持ちになられました。もうすぐお帰りになると思いますよ」
「サパー?サパーってなんですか?」
アーサーの知らない単語がまた一つ出て来た。
「夕食です。ただ、何と申し上げたら良いのかしら…」
困っているフローレンスに、ヘンリーが助け舟を出す。
「アーサー君、ざっくり言うともともと夕食はサパー(suipper)って呼んでたんだよ。ただ、最近は夕食をしっかり摂るようになって来たのでディナー(dinner)と呼んで、軽めの夕食や夜食をサパーと呼ぶようになったんだ」
ヘンリーの解説を受けて、フローレンスが続ける。
「そうなんです、ご当主のハワード様は、夕食を仕事の合間に軽く取られることがほとんどなので、ついサパーと使ってしまいました」
「へええ、知らなかった。やっぱり英語って難しいや」
「いや、この一週間でアーサー君の英語は信じられないほど上達しているよ」
お世辞抜きでヘンリーはアーサーの上達ぶりに驚嘆していた。
普通ではありえないスピードで、あれだけぎこちなかった発音が、まるでイギリス生まれの貴族の様に違和感なく変化していっているのだ。
「本当ですか?ノーラには怒られてばかりですよ、あれ、そう言えばノーラもいない。先に帰ったはずなのに…」
「そうなんですよ。せっかくノーラ様の大好物を農場から取り寄せたのに」
次々と料理が運ばれてくるが、普通のコースだとアーサーは食べきれないので、メインは肉料理か魚料理のどちらか一種類になっている。
「今日のメインは鹿肉料理にいたしました。アーサー様、お腹いっぱいお召し上がりくださいね」
フローレンスの笑顔を見て、魚好きのアーサーとしてはちょっぴり複雑な心境になったが、若い使用人が運んで来た鹿肉のステーキから立ち昇るガーリックとバターの香りは、食欲をそそられた。
「おお!こいつはすごい、美味そうだな!」
ヘンリーが歓声をあげて、飛びついた。夢中で食べるヘンリーを見てアーサーはたずねた。
「ヘンリーさんは、鹿肉が好きなんですか?」
「好きも何も、僕が子供の頃はほとんど肉料理なんか食べられなかったからね。恥ずかしい話、大人になった今でも目がないんだよ」
「えーそうなんですか?まさかおじいちゃんがレスターさんのお給料をケチっていたとか…」
「ははは、ハワード氏はそんなしみったれた人間じゃないだろう」
「じゃあ、レスターさんが厳しかったんですか?」
「残念!それも違う。」
ヘンリーは笑いながら言った。
「僕は孤児院育ちだからね。養子なんだよ。親父とは血が繋がってないんだ」
「……え、あ、あの、ごめんなさい…」
アーサーは食事の手を止め、不注意な発言を反省した。喉の奥の方で、なんだか熱いものが詰まる感じがする。
「気にしなくていいよ。小さい頃は色々あったけど、十五歳で父さんと出会い学校にも行けたし、希望する仕事にもつけた」
ヘンリーはおだやかに微笑みながら、アーサーの肩を軽く叩いた。
「人生はどうなるかわからないから楽しいんだから。さ、冷める前にいただいちゃおうぜ!」
「はい!あの、フローレンスさんは夕食はどうするんですか?」
「私ですか?この後、下の階の使用人用の食堂でいただきますが」
「せっかく作ってもらったノーラの分の料理、残しても仕方ないから一緒に食べましょうよ!」
フローレンスは目を丸くして驚いた。
「いけませんいけません!貴族の方々と使用人が一緒にお食事を取るなんて、聞いたことがございません!」
「だってぼく、まだ貴族でもなんでもないもん」
アーサーがフローレンスの手を引っ張り、ヘンリーが二人の間に席を作って座らせた。
「アーサー君もこう言ってるし、たまにはいいじゃない、フローレンスさん」
「……本当に、よろしいのでしょうか?なんだか夢のようで、レスター様に叱られそうです」
「だーいじょうぶ!親父が怒ったら僕たちも一緒に怒られるから!さあ、ディナーはみんなで楽しく!」
アーサー、フローレンス、ヘンリーが三人並んで夕食を楽しむのを廊下から見て、レスターは庭師との打ち合わせを思い出し、そっと中庭に降りていった。




