乗馬とミモザとアーサーと part4
「ぼっちゃま、アーサー様、本当にお手伝いしなくて大丈夫ですか?」
浴室のドアの向こうからフローレンスの呼びかける声がする。
「あー、はいい!大丈夫です、自分でできますから!」
アーサーは泥だらけになった髪や体の汚れを、大きなブラシで擦り落としていた。
ブラシといってもその毛は柔らかく決して不愉快なものではなく、ひと通り洗い終わると柔らかなお湯が満たされた金の猫足付きのバスタブに、ゆっくりと浸かった。
「い、いてててて!」
茂みに突っ込んだ時にあちこち擦りむいていた様で、お湯がヒリヒリとしみる。
アーサーはそのままズブズブと頭の上までお湯に浸かり、完全にお湯の中に水没した。
まるで胎児の様に膝を抱え込みながらお湯の中で目を開けてみると、自分の呼吸の泡と、揺らぐ水面越しに高い天井からバスタブを覆い隠すために吊るされた、幾重にもドレープを重ねる白いカーテンが見える。
『な〜にしてんだろう、ぼく……』
ゆらゆらと、しばらくお湯の中で漂った後、バスタブから勢いよく立ち上がった。扉の横に大きな鏡があり、細い手足のあちこちにあざと傷ができているのがわかる。
洗面台の横に置いていたマジックボックスを取り、片手で握りしめた。
もう片方の手を傷跡に添えて、ノーラに教えられた治癒魔法の呪文を唱えると、傷がゆっくりと消えていく。
何度か繰り返し、痛みがなくなったところで籐で編んだ大きな籠から、純白のふわふわの大きなタオルを取り出して体を拭き、用意されていた衣服に着替えドアを開けた。
「よう、大丈夫かい?アーサー君」
廊下で待っていたヘンリーが声をかけた。
「あ、ヘンリーさん、待っててくれたんですか?」
「ん、まあね。結構ハードなレッスンを受けていたみたいだからさ。痛みの方はどうだい?」
「ええ、うん、まあ大丈夫です」
二人は歩きながら会話を続ける。
「しっかし、白猫のねーさんもキビシイなあ。何でもかんでも一度にやらなくても良さそうなものを」
「ヘンリーさんのせいですよ!」
「え?いきなり何だい?僕のせい?」
「一週間も家庭教師をすっぽかすから、ノーラが『段取りが狂ったから、ついでだから勉強と体験学習をいっぺんに進めよう』って言い出して……」
「マジかよ。そりゃあ悪いことをしたなあ、謝るよ」
ヘンリーが苦笑いしていると夕刻近くということもあり、使用人たちが忙しそうに廊下を行き来し出した。
「アーサー様、お疲れ様です」
「あー、はい、ありがとうございます」
「アーサー様、ごきげんはいかがですか?」
「うん、だいじょうぶです!」
「アーサー様、ダイニングでもうすぐ夕食の準備がー」
「ええ、もう向かいます。ありがとうございます」
その度に律儀に挨拶をするアーサーを見て、ヘンリーは安心して微笑んだ。
「まあ、その辺のグチはディナーの席でゆっくりと聞かせてもらうよ」
「ヘンリーさん、夕食食べていけるんですか?」
アーサーの顔が急に明るくなった。最近は一人ではなくノーラと一緒に食事をすることが多いのだが、食事中もその日の反省点や改善すべきところを延々と説教されて、どんなすごいご馳走も食べた気がしないからだ。
「ああ、この間の約束もあるしね」
ヘンリーがダイニングのドアをゆっくりと開けた。




