乗馬とミモザとアーサーと part2
「しかし、イタリアの新聞社がよく、嘘でもイギリスの公共放送局であるBBCに協力してくれたわね」
ノーラが感心したようにつぶやいた。この頃、すでにムッソリーニのファシスト党が政権を握るイタリアとイギリスの関係は悪化していたのだ。
「まあ、連中も腹の中ではムッソリーニの天下も永くはないと思っているし、基本的にジャーナリストは反権力の使命に燃えている連中だからね。同じように平和を愛し、独裁に反対する立場に共感してくれたんだと思うよ」
その時、袋から、はらりと一枚の写真が落ちた。
それは、ちょっとセクシーなイタリア系の女性とヘンリーのベッドでの2ショットだった。
全員の視線が集中するなか、ヘンリーはすました顔でポケットにその写真をそっとしまい込む。
「まあ、あちらの記者といいコミュニケーションが取れたのも大きいんだけどね」
「アンタ、寝技使ったの?サイッテー」
ノーラがジロリと睨む。
「ヘンリーさん、寝技ってなんですか?今のひと誰ですか?なんで裸だったんですか?」
アーサーの素朴な疑問を無視して、ヘンリーは話を続ける。
「向こうの資料室を漁らせてもらったら、ファシスト党の検閲でボツになった写真の中から、ほら」
その写真はサン・マルコ広場で記者に囲まれ取材を受けるルーパスを、建物の屋上から撮影したものだった。
そしてよく見ると、背景として写り込んだ広場を見下ろす高級ホテルのバルコニーに、ファシスト党の上級将校らしき人間たちと同じテーブルに座るナチ党の幹部と黒い服の女らしき姿が映し出されていた。
「な・る・ほ・ど。あの女はこの時にルーパスに目を付けたって訳ね」
「かもしれないし、それ以前から知っていて接近するチャンスをうかがっていたのかもしれない。そしてもう一つ注目して欲しいのは、ナチ党と一緒にいるこの男だ」
ヘンリーが指差したのは、ナチ党の幹部たちに混じって座っている、黒い立て襟の服装の男だった。
「ちょっと待って。この服装って、キャソック(カトリックの司祭の平服)じゃないの。なんでカトリックの神父がドイツ側の人間としてこの場にいるのよ」
「こいつは通称マルコと呼ばれており、かつては現法王ピウス11世の側近だったと噂される男だ。頻繁にイタリアとドイツを行き来し、ナチ党とファシスト党との連絡や折衝を受け持っていると考えられる」
それまで沈黙を貫いていたレスターが、顔色を変えて話に割り込んで来た。
「まさかヴァチカンがナチと?噂は本当だったわけなのか、ヘンリー」
アイルランド系であるレスターにとって、カトリックがナチ党に協力的だと言う噂は、信じがたいものだった。
「詳しくはわからないんだ、父さん。こいつの単独行動の可能性もある。ただ、今回の件で僕が上司から聞いたのは、イタリア政府からも捜査の中止要請が来ていると言うことだ」
ノーラがふんっと鼻を鳴らした。
「と、言うことは。ルーパスの背後にいるのはドイツだけじゃないってことね」
「まあ、そうなるな。ファシスト党ーイタリアもあの魔女の支配下の可能性が高い」
アーサーは話がどんどん複雑化していくことに戸惑っていた。
『単にルーパスさんをやっつけて、おじいちゃんを助けるだけじゃなかったの?なんだか話がよくわからなくなって来たぞ。イタリアにドイツ。どうなっちゃうんだろう』
ヘンリーは違う新聞を取り出した。
「そしてこれは、その数日後のフランスの地方新聞だ」
「あんた、今度はフランス人のおねえちゃんに手を出したんじゃないでしょうね?」
「……ここに興味深い記事が出ている」
「やったわね……」
ヘンリーが紙面を開くと二面目の中ほどにさほど大きくはないが、写真付きの記事が出ている。
「二軒の火災の記事だ。一軒は元ロシア貴族の古い別荘。実はここは現在は金持ち相手の娼館だったらしい。
真夜中に出火し、全焼。店の主人らしき男と、身元不明の数名の男、そして雇われていたほとんどの娼婦が焼死体で発見された。死体のほとんどが損傷が激しく死因は不明。
唯一助かったのは、三階から飛び降り、全身を大火傷し両足を骨折した娼婦だが、錯乱状態で『悪魔が来た、悪魔がみんなを殺して巨大な火を放った』と繰り返すばかりで入院中。
おそらくこの娼館で二人は出会い、ルーパスはやつらの仲間になったんだろう。そしてー」
少し間を開けてヘンリーは口を開いた。
「そしてもう一軒は、ウォルズリー家の別荘」
「えーっ!あそこ燃えちゃったの?紺碧海岸を見下ろす最高の場所にあったのに!」
ノーラが悲痛な叫び声をあげた。
「こちらもほとんどの使用人が死亡。長年仕えていた執事が生き残ったが、彼は地元警察の取り調べに対して一切口を開かず沈黙を貫いた後に釈放され、現在は消息を絶っている」
「じゃあ、この火事は……」
「娼館の方は、証拠隠滅だと考えられる。別荘の方は、ルーパスの決別の儀式といったところかな」
「決別って、何とですか、ヘンリーさん」
「このウォルズリー家。そして、自分の過去とだろうね」
その時ノーラは、ヘンリーがまだ説明していない資料を手元に置いたままなのに気づいた。
チラッとアーサーを見てから、こちらに目で合図をして来たのを見てピンと来たノーラはレスターに告げた。
「レスター、あれを持って来てちょうだい」
「ノーラ様……あれを始めるのには少し早いのでは?」
「いいから、ほら、早く!」
しばらくするとレスターは、長い棒の先に短い棒を取り付けた変形のT字型の棒とボールを運んで来た。
「アーサー、休憩は終わりよ。ほら、これ持って」
ノーラはその不思議な形をした棒をアーサーに渡した。
「え、何コレ?乗馬はもう終わったの?」
「いーえ。次は馬に乗ったまま、これをやるの。これはポロと言って、貴族に人気のスポーツなのよ」
「……はい?」
「時間は有効に使わないとね。ほら、行った行った!」
「えーーーーーーー!」
アーサーは馬術係と新しく加わったポロのコーチに、両腕を掴まれて連れて行かれた。
「ノーラのバカー!!!!」




