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泣き虫魔法少年アーサーと白猫ノーラの奇妙で憂鬱な冒険  作者: ヨシオカセイジュ


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暴君ルーパス誕生 part2

 気がつけばすっかり真夜中になっており、楽団や大道芸人も立ち去って、たくさんいた娼婦たちは三階のそれぞれの部屋に戻り、眠りについていた。

 静かになった一階のフロアにはアルコールと葉巻の強い匂いだけが漂い、ルーパスのお供をしていた男たちも乱痴気騒ぎに疲れ、皆眠りこけていた。


 コツ、コツ、コツ。

 二階からルーパスがニナを連れてゆっくりと降りてくる。

 ルーパスは周りをゆっくりと見渡した。

 そこかしこに積み上げられた空になった酒瓶、娼婦たちが身につけていたであろう、きらびやかなだけで安っぽいアクセサリーや派手な下着が散らばっている。


 今のルーパスからすると、こんな馬鹿げたことに憂さ晴らしを求めていた己が、腹立たしく思えて仕方なかった。


 ルーパスは、娼婦のドレスを引っ掛けてソファーでだらしなくイビキをかく、リーダーの男の頭をステッキで小突いた。


「ん、んん?あ、ルーパス様!」

 男は飛び起きた。

「もうお済みで、いや、よろしいんですか?おい、何してんだ!おまえら起きろ!」


 愛想笑いで話しかけながら、他の酔いつぶれている男たちを起こしてまわる。

「うむ。もうよい。もう充分だ」

「それは結構ですな!それで、その女はいかがでした?お気に召されましたか?」

 他の男たちも媚びた態度でニヤニヤと笑う。

 ルーパスは無表情で、目も合わさず答える。


「もう、充分だ。わしはもう、ここを出る」

「ええ?まだ真夜中ですよ?朝までごゆっくりされては」

「かまわん」


 取りつく島もない。

「そ、それでしたら急いで車の手配をいたしますので!それと、この店の主人がこれを…」

 男はルーパスの態度に違和感を覚えたが、とびっきりの愛想笑いとともに、店の主人に書かせた倍ほどの金額が書かれた請求書を懐から取り出した。

『これでまたひと稼ぎできる。まったくありがたい、マヌケ貴族様々だぜ』


「マヌケ貴族、か」

「ル、ルーパス様?」

 心の内を見透かされ、男は顔色を失った。

 他の男たちも、その異変に気付く。


 ルーパスは男から請求書を取り上げ片手でグシャッと握り潰したかと思うと、拳自体が一瞬で炎に包まれた。

「!!!!!」

 男たちが度肝を抜かれて見守る中、再び手のひらを開くとひとつまみの灰しか残っていなかった。

「あ、ああ、なんて事を!」

 男は慌ててその灰を触るが、もろくも崩れて消えてしまった。


「おまえたちとも、ここまでだ」

 ルーパスはニナと腕を組み、フロアを出て行こうとする。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ旦那!」

 男が、慌てて二人の前に立ちふさがった。

「あんた、その淫売に何を吹き込まれたのか知らないけど、俺たちなしでどうすんだ?

 世間知らずの貴族様がいかがわしい歓楽街で面白おかしく遊び惚けることができたのは、裏稼業に顔の効く俺たちのおかげじゃないのかい?」


 他の男たちも、ジワリ、ジワリと近づいてきた。

「なあ、考え直してくれよ、あんたは楽しく遊べる、俺たちはそのおこぼれをほんの少しいただく。

 お互いハッピーでいいじゃねえか」

 男たちの口調が荒々しくなっていく。


「やはり、な」

 ルーパスは蔑みの眼差しで男たちを見渡した。


「下衆は所詮、下衆でしかないと言うことか」

 その言葉に、リーダーの男が激昂して叫んだ。

「なんだ、てめえ?俺たちが下衆だと?調子に乗ってんじゃねえぞ!俺たちが下衆なら、てめえはどうなんだ!何にもできねえ能無しが、親の名前と金で遊び歩いてるだけじゃねえか!」

 ここが潮時と悟ったのか、他の男たちも口々に遠慮容赦なく罵りだす。

「俺たちはなあ、てめえと違って頭ってもんを使って稼いで生きてるんだよ!てめえみたいな簡単に引っかかるボンクラばっかりじゃねえから、大変なんだよ!」

「ホントだ、おめえみてえなマヌケばかりだと楽して稼げるのによお!」


 リーダーらしき男は睨みをきかせて言い放った。

「まあ、もういいや。とりあえずこの店の代金と、今までおめえに付き合った手間賃、それと手切れ金として有り金全部出しな。ついでにその女も置いていってもらおうか」


 ニナが低い声で囁いた。

「ルーパス様…。ご自分の力をお試しになられては?」

「うむ」


 ルーパスは片手を男に向け、何かを呟いた。その目があっという間に黒く塗りつぶされていくと同時に、

 手のひらからものすごい勢いで炎が吹き出し、男はあっという間に炎に包まれた。

「ぎゃあああああああ!」

 男は悲鳴を上げ、床を転げ回ったが、痙攣を繰り返し、やがて静かになった。


「あ、兄貴!」

「てめえ、何しやがる!」

 今度は反対の手のひらを別の男に向ける。男の体がふわりと浮かんだと思うと、突風を受けたかのように壁に叩きつけられ、潰れたトマトのようになってしまった。


「な、なんだってんだ!こいつ!バケモンじゃねえか!」

 別の男が懐から銃を取り出そうとするが、ニナが、そちらを向くと同時に真っ黒な目から放たれた黒い影が男を包み込んだ。

「あああ〜!」

 声にならない悲鳴が上がり、男は床に貼り付けられたように動けなくなってしまった。


 ルーパスはゆっくりと男に歩み寄ると見下ろして、声をかけた。

「マヌケな貴族…?」

 グシャッと、無表情で男の顔を踏みつけた。

「〜!!!!!!!」

「わしが何も感じないと思っていたのか?」


 男の手足が痙攣してもがくのを無視して、グシャ、グシャッと踏み続ける。


「わしを、わしを!バカにしおって!!!」

 だんだんとルーパスの声に怒りが混じり、絶叫に近いほど大きくなっていく。

「おまえたち!おまえたち!おまえたち!」

 グシャ、グシャ、グシャ、グシャ、グシャッ!

 男の反応が、だんだんと小さくなってゆく。


 ニナはゆっくりと、カウンターの奥で隠れて震えている店の主人に近づいていった。

「ひい、ひいい!い、命だけは、なにとぞ!」

 床に頭をこすりつけながら懇願する男に優しく声をかける。


「あなたのおかげよ…。ありがとうね」

「へ?」

 顔を上げた主人の喉元を掴むと、片手で持ち上げ凄まじい力で締め上げた。

「ぐうううううううううう!」

 主人の顔がどす黒く変色してゆき、眼や鼻、口から大量の血と青白い光が流れ出してくるのを、片手でカウンターの上の飲み残しの入ったワイングラスをとり、その血を受け止めた。

 血はグラスの中で溶け合い、混じり合って複雑な色へと変化してゆく。


 やがて主人が干からびて動かなくなると、ボロ雑巾のように床に投げ捨て、グラスを片手にもう動かなくなった肉体を絶叫と共に踏み潰し続けるルーパスの元へと近づいていった。


「ルーパス様。生れ変わったご気分はいかがですか?」

 ルーパスは声をかけられてやっと止まると、荒い息を吐き続けている。

「お疲れでしょう。さあ、どうぞ」

 ギラギラと目を輝かせているルーパスに、そっとグラスを差し出した。


 ルーパスは何も言わずに受け取り一気にグラスを空にすると、大きく目を見開いて叫んだ。

「う、う、うまい!なんと美味いワインだ!」

「お口にあって、光栄です」

 ニナは静かに微笑んだ。


「おまえのおかげだ、ニナ。わしは自信を取り戻したぞ!もう、何も怖くはない!兄上だろうと、他の一族のものだろうと、わしはもう何も怖れないぞ!」

 高揚した表情で、ルーパスは叫ぶ。


「うふふ…。欲のない方」

 ニナは真っ黒な目で妖しく微笑んだ。

「あなたの本当の力は、そんなものではございませんわ、ルーパス様」

「…どういうことだ、ニナ」

「ウォルズリー家を手に入れることなど容易いこと。イギリス政府、王室もあなたの配下に収める事ができるでしょう。

 そうすれば、この国はあなたのもの…」

「わしが…わしが、この国の真の王になると言う訳か」

「はい。それだけではございません。各国にルーパス様に力を貸してくれる人間もおります。世界をその手の中に治めることも可能なのですよ」


「おお…なんと!」

「さあ、ルーパス様」

 ニナはルーパスの腕に自分の腕を絡めると、黒い目で見つめて囁いた。

「新しい世界への、記念すべき第一歩です」


 二人が建物を出ると、物音に気付いて降りてきた娼婦が凄惨な現場を発見した様で、悲鳴が聞こえてきた。

 三階の窓からは、こちらを不審げに見る女たちの姿も見え隠れしている。

 ルーパスが振り返りざま、獣の咆哮のような叫び声をあげると、建物はあっというまに炎に包まれた。

 泣き叫ぶ悲鳴と燃え上がる炎を背に、二人は立ち去っていった。

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