ルーパスの悲劇 part4
ルーパスの不幸は、生まれた時から始まっていたと言える。
長男ハワードが誕生した後、長い間子宝に恵まれなかった父親は、保険がわりに愛人に産ませたルーパスを金で買い取った。
ルーパスがわずか三歳の頃である。
だが、皮肉なことに、翌年から立て続けに二人の男の子が生まれ、しかもその弟二人が長兄ハワードと同じように、伝統的なウォルズリー家の容貌と魔力の才能を持っていたこともあり、ルーパスは兄弟の中で浮いた存在になってしまったのだ。
長男ハワードは幼い頃から“獅子の子‘’と称えられるほど頭脳明晰、強固な意志と威厳に溢れており、次期当主として両親はもちろん一族全員が認める特別な存在となっていた。
下の二人の弟も、三男リチャードはハワードに次いで一族の長老たちも認める高い魔力を持ち、四男エドワードは魔力はさほどでもないが、スポーツ万能、社交的で明るい性格の人気者として愛されている。
そして、この三人に共通しているのがウォルズリー家伝統の美しいブロンドに碧眼という事だ。
翻ってルーパスはと言うと、母親の血を継いで親族の中で唯一の黒髪、黒い瞳。
体格だけは兄弟の中でハワードと並ぶ長身だが、性格的にもシャイで、緊張するとうまく喋れない。運動も学問もすべて並の人間以下であった。
そして何より致命的だったのが、ウォルズリー十二親族の中で唯一、魔力を持たずに生まれてきたことだった。
いつからか当主候補からも外され、両親や他の親族も重要な話は他の兄弟としか交わさない様になっていた。
まるでその姿が見えないかのように、誰にも愛されず必要とされない存在となっていったのだ。
決定的な事件はルーパスが十八歳になりパブリックスクールを卒業し、寄宿舎を出て帰郷した時に起こった。
「……この家を出ていけ、と言うことですか、母上?」
城に帰った早々、ルーパスは母親から信じられない言葉を突きつけられた。
「出ていけ、などと誰も言っていません。あなたももう十八歳なのですから、自分の居を構えてもおかしくはありません。幸い、ヨークにある別宅が改修工事を終えたところですので、そちらに移ることを薦めているのです。
使用人は必要な人数をつけるようにしますから、生活に困ることは何一つ無いはずです」
ルーパスは膝にぎゅうっと爪を立て、怒りを抑えながら聞いた。
「父上は……父上はどこですか?何と仰っているのですか?」
「お父様は重要な用件でバッキンガムへお出かけになられておりますが、もちろん同じ意見です」
「兄様や、弟たちも同じ考えなのですか?」
「ハワードは現在お父様の代わりに、北欧を訪れていますが、弟たちと同じく賛成しています。用意はすべて整えており、あとは貴方だけです、ルーパス」
ルーパスは、母親と別れて、自分の部屋へ戻った。手際のいいことに室内のものはすべて運び出されていた。
ガランとした室内をぼんやりと眺めて、あちこちを指差し今までの出来事を思い出していた。
「あそこにベッド。いつもシーツを頭からかぶって泣いていた」
「あそこに机。家庭教師に厳しく躾けられて、いつも怒られてたっけ」
「あそこに本棚。隠しておいた花や虫の図鑑はすべて捨てられたな」
「あそこに……」
次第に指先が震え出し、涙がこぼれ落ちそうになるのを必死でこらえて作り笑顔で呟いた。
「なんだ、なんの思い出もないじゃないか。いいよ。構わないよ。どこへでも行ってやるよ!」
その時ルーパスは、メリッサの姿を見ていないことに気づいた。
「そうだ……メリッサ、メリッサはどこだ?」
慌てて部屋を出ると、まだ執事見習いのレスターがいた。
「馬車のご用意ができました、ルーパス様」
「レスター、メリッサは?メリッサはどこにいる?」
「あまり詳しくは存じませんが、メリッサは結婚するため、故郷に帰ったと聞きましたが…」
「……なんだって!そんな、そんな馬鹿な!」
「ルーパス様、そろそろ出発のお時間です。参りましょう」
呆然としながら馬車に乗り込もうとするルーパスの元に、丸顔のメイドが走り寄ってきた。
「ルーパス様、お待ちください!」
「君は……確か」
「フローレンスです、ルーパス様、聞いてください、メリッサはー!」
走り出した馬車の中でルーパスは、フローレンスの言葉を思い出していた。
「メリッサは、結婚のために故郷に帰ったわけではございません。
奥様がルーパス様を別宅へ出されることを考えているという話を聞いて、なんとか考えを改めていただけるように直接お願いに参ったのです。
その結果、奥様の怒りをかって、暇を出されてしまったのです。せめて……このことだけはお伝えしたくて」
「何ということだ……僕のせいで彼女はそんな目にあっていたなんて」
暗澹たる気持ちで馬車の窓から外を眺めていたルーパスは、道端の木陰に誰かが隠れて立っているのを見た。
「馬車を、馬車を止めてくれ!!」
ルーパスは馬車から飛び降り、駆け寄った。
そこには、見慣れたメイド服姿ではない、粗末な格好のメリッサが恥ずかしそうに立っていた。
「……申し訳ありません、ルーパス様。未練がましいとは承知しておりますが,田舎に帰る前に、最後にせめてお姿をー」
ルーパスは何も言わずに、メリッサを抱きしめた。
「ルーパス様……」
「お願いだ、君だけは、君だけはそばにいてくれ」
メリッサの耳に、ルーパスのくぐもった嗚咽が聞こえる。
「はい……メリッサはどこにも行きません。ルーパス様のお側にいます」
メリッサも涙をこぼしながら、ルーパスを抱きしめた。




