ルーパスの屋敷 part2
「うう……ううう……もう、もうやめて……
おねがいだから……もう、許して……」
そのうめき声は、屋敷の二階にある、ルーパスの部屋から聞こえていた。
室内はウォルズリー家の膨大なコレクションの中のほんの一部ではあるが、古今東西の貴重な美術品ー彫刻や絵画が所狭しと飾られた、豪華で悪趣味なインテリアになっていた。
ルーパスは、ロココ調の巨大なベッドの中で頭からシーツをかぶって縮こまり、小さな子供のように泣きじゃくり続けていた。
「ああ……あああ……なんで、なんで……
誰か、誰か助けてよう……」
シーツから、ズルズルという鼻水をすする音と、カチカチと歯噛みする音がひっきりなしに聞こえ続けている。
緩やかなウェーブがかかった黒髪の女が、ベッドにそっと近づき声をかける。
「……ルーパス様」
シーツの動きがピタリと止まり、恐る恐るといった感じでとルーパスが顔を出した。
「……だ……だれ?メリッサか?」
涙と鼻水にまみれたみっともない顔は弱々しく、ウォルズリー家次期当主候補の威厳も何も感じさせない。
「ニナでございます。ルーパス様」
胸元が大きく開き、体にぴったりと沿ったシルエットの黒いドレスを纏ったニナは、枕元近くに座ると、彼の頬に手を添え愛おしむようにゆっくりと撫でまわした。
「あ、ああ、そうか、ニナ、そうだな」
自分に支えているメイドと間違えたことを恥ずかしく思い、ルーパスは視線を逸らせる。
「……如何なさいました?よくない夢でもご覧になられましたか?」
「わしは、怖いのだ……」
「……怖い?」
爪を噛みながら、聞き取れないほど小さな声でルーパスは訴える。
「本当に、これでいいのだろうか。このイギリスを、いや、世界を……」
不安げなルーパスの声を聞くと、ニナは手を止め、冷たく言い放った。
「……それでは、また以前のような自分に戻りたいとおっしゃるのかしら?」
「い、いや、そういう訳では……」
「蔑まれ……見えない影に怯え……みじめな思いを抱えたまま…生きていきたいと?」
「嫌、嫌だ!わしはもう、あんな思いはしたくない!!」
ニナは、絶叫に近いほどの大声をあげながら首を振るルーパスの胸元に手を当てると、体を密着させるようにベッドに滑り込んでゆく。
「……ルーパス様」
ニナは穏やかな微笑みを浮かべると、いつのまにか手に持っていたグラスから赤ワインを含み、口づけをしながらゆっくりと彼の口腔内に流し込んだ。
ゴクリ。
「う、うまい」
あれほど怯えていたルーパスの声に落ち着きが戻ってきた。
「あなたには私がついています。もう、怯える必要などないのですよ」
ニナはルーパスにまたがると、艶然と微笑みながらドレスをするりと脱ぎ捨て、豊かな乳房をあらわにした。
ルーパスは上半身を起こし、ニナの裸体を抱きしめると、自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「そ、そうだ。おまえがついている。わしはもう昔のわしとは違うのだ」
「そう……あなたはもう、昔のあなたではないのです……」
ニナは微笑みながら、ワインを口移しでルーパスに飲ませ続ける。
一口飲むごとに、ルーパスの目に狂気じみた光が宿ってゆく。
「ううう、うまい、たまらん、たまらんぞ!この深紅の色合いと重厚な味わい。これを飲むと身体中に力がみなぎってくるようだ。おまえはこれほどのワインを、いつもどうやって手に入れているのだ」
「……それは秘密でございます」
ニナは微笑みながらルーパスに覆いかぶさると、彼の耳元でそっと囁いた。
「ルーパス様のためにたくさんの人間が関わった特別製。いずれ王となる偉大な方にそれだけご堪能いただければ、皆さぞかし喜ぶことでしょう」
「う、うむ、そうだ、そうだな、わしは王となるのだ」
「さあ、ルーパス様。素晴らしい未来のために」
見つめ合うニナの瞳がゆっくりと黒く塗りつぶされて、だらだらと両目からしたたり落ちた黒い影は見つめ合うルーパスの目に流れ込んで行った。やがてルーパスの目もどす黒く変化して漆黒の闇をまとっていった。
ふと一瞬、ニナがむけた視線の先には浴室があり、ほんの少し開いたドアの隙間から血まみれのほっそりとした腕が何本もバスタブから突き出していた。




