ホタル狩り part1 アーサー独白
ゆっくりと眠りの底へと落ちていくアーサーの耳に、またあの声が聞こえてきた。
『アーサー……アーサー……』
遠く、小さく、聞いたことのない声。でも、なぜだか心が安らぐ響きに満ちた声。
『ああ……アーサー……アーサー……』
でも、今日はなんだか悲しげに聞こえる。まるで泣いているようにも、途方にくれたため息のようにも聞こえる。
眠りの帳に包まれ、おぼろげな意識の中でアーサーが声の主の事を考えていると、またどこからか、違う声が聞こえてきた。
『……太郎、太郎……』
『太郎……?その名前で呼ばれたのは、いつ以来だろう。
イギリスに来てからは、みんながぼくのことをアーサーと呼ぶ。ノーラですらそうだ。
いつしか自分でもアーサーと呼ばれるのが自然になっていったけど、違うよ、ぼくは太郎だ』
『太郎……太郎……』
『あの声は……パパ?
でも、そんな訳がない、
だって……パパは、ずっと入院中だし……』
『最後にあったのは、日本を発つずっと前、まだ桜が咲いている頃だった。
パパはうちの町から離れた、山の中の小さな病院に入院していたんだ。
ママに連れられて華子と一緒にバスに揺られ、最後のバス停からもずいぶん歩いた場所にその病院はあった。
訪れたその病院の、いろいろな花が咲いているキレイな中庭に面した病室に、パパはいた。
ママは病室に入れたけど、ぼくたちは感染るといけないから中には入れてもらえず、ぼくと華子は庭からパパに手を振ったんだ』
『パパは随分痩せていて……それでもぼくたちを見ると、笑って手を振ってくれた。
ぼくはパパに会いたくて、昔みたいに飛びついてぎゅうって抱っこしてもらいたかったけど、ガマンしたんだ。
だって、ぼくはお兄ちゃんだから』
『華子は庭のお花を摘むと、パパに見せようと走って行こうとしたけど、ぼくは一生懸命に華子を引き止めた。
癇癪を起こした華子に顔や頭をいっぱい叩かれたけど、ぼくはガマンしたんだ』
『だって、だって、ぼくはお兄ちゃんだから』
『入院する前に、パパが言ったんだ。ママと、華子を頼むよって。
お兄ちゃんなんだから、頼んだよって言ったんだ。
ぼくは胸を張って、パパ、だいじょうぶだよって言ったんだ。
これは、男と男の約束なんだ』
『病院から帰るとき、パパはぼくに言った。
病室から、大きく手を振り、精いっぱいの声で言ってたんだ。
退院したら、夏になったら、またホタル狩りに行こうって。
だから、寂しくなんかないんだ』
『太郎……太郎……おきなさい……』
『パパ、パパなの?』
『ホタル狩りに行くよ、おきなさい』




