魔法の夜に part3
怪物は二階へと階段を駆け上がって行った。
「ま、待て、待てってば!」
アーサーはガクガクと震える足で、必死にその後を追う。
『なんだよ、なんで足がちゃんと動かないんだよ!』
焦る気持ちとは裏腹に、恐怖が身体を支配して、ここにいろ、危険を冒すなと身体を縛り付けてる気がする。
二階の長い廊下を怪物は跳ぶ様に駆け、あっという間に母親と妹がいる突き当たりの部屋の前までたどり着いた。
「ダメ、ダメ、ダメ、ダメ!待って!」
怪物は必死に叫ぶアーサーをあざ笑うかのように、一旦ゆっくりとこちらを向き口を開くと、踵を返し、ドアを突き破って部屋に飛び込んだ。
「きゃあああー!」
母親の悲鳴が響き渡る。
遅れて部屋に飛び込んだアーサーが見たのは、窓から差し込む月の光のもと、巨大な爪で床に倒れている母親を踏みつけ妹のベッドに覆いかぶさっている怪物の姿だった。
「やめろおおおおおおおおおおおおおー!」
アーサーは無我夢中で怪物に飛びかかっていったが、巨大な蛇のような尻尾になぎ払われ、床に叩きつけられた。
「ううっ!くうっ、ううう~」
背中に受けた衝撃で、息ができない。床に這いつくばったまま酸素を求める様にぱくぱくと口を開け、苦痛に歪めながら顔を上げると、怪物は大きく口を開き妹をひと飲みにしようとしている。
「だめー!だめ、だめ、やめ、やめ、やめてえええ!」
手を伸ばして叫び続けるが、怪物は目の前で妹をくわえると、ゴクリと飲み込んだ。
「いやああああああああああああ!」
アーサーの悲鳴が家中に響き渡った。
『いやだいやだいやだいやだ、なんで、なんでこんなことになったんだよ!だれか、だれか、だれか、だれか、たすけて!』
身体を震わせ、声にならない叫びをあげながら、アーサーは泣き続けた。
「ああああ、あああああああ〜!」
ふぅぉん。
背中を丸め、泣き続けるアーサーの身体に異変が起こり始めていた。周りの空気がふるふると震えだし、身体全体がうっすらと光りだしたかと思うと、だんだんと強くなっていき、室内を光で満たしていく。
だが本人は気付かず、ただただ泣き続けている。
その時だ。
誰かの声、いや意識がアーサーの頭の中に流れ込んできた。
『……顔を上げなさい』
アーサーは涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をあげ、あたりを見回した。
「え、ええ?だ、誰なの?」
室内には倒れている母親と、自分と怪物以外は誰もいない。
『……立ち上がりなさい……愛するものを……助けることができるのは…あなただけです』
「だれ?だれ?無理だよそんなの!助けてよ!」
アーサーが泣きながら叫ぶと、声が頭の中に響く。
『強く……強く念じなさい…あなたにはその力があります……』
怪物はアーサーの異変に気付いたのか、体の向きを変えると唸り声をあげながらゆっくりと迫ってきた。
『……倒すべき相手をしっかりと見据えて……強く、強く念じるのです…』
アーサーは目の前の怪物を必死で睨みつけた。不思議と、先ほどまで感じていた恐怖が薄れ、体に少しずつ力がみなぎっていくのがわかる。
「妹を……華子を返せ……!ぜったい…ぜったい、許さない!」
恐れに負けないように、両手を固く、強く握りしめて、ただひたすらに念じ続けている。
アーサーのくせ毛気味の金髪がざわざわと逆立ちはじめ、蒼い瞳が段々と炎の様な深紅に染められてゆく。
「あーーーーーーっ!」
絶叫が響き渡ると同時に、アーサーの身体全体から光があふれ、怪物を包み、反対側の壁まで一気に吹き飛ばした。
「グオオオオウウ!」
怪物の喉から苦しそうな声が絞り出された。
『や、やっつけたの?』
アーサーが動きを止めると、再び声が頭の中に響いた。
『……まだ、まだです……ガウンのポケットの中の箱を取り出しなさい……』
ポケットの中には、さっきまで触っていた寄木細工の箱が入っていた。
『……それを握りしめて……強く念じなさい……倒すことだけに集中するのです』
「うああああああ!」
アーサーは夢中で箱を両手で握りしめ、強く念じた。
ママと、妹を救うんだ、ぼくにしかできないんだ、やるんだ!
身体からひときわ強くあふれ出した光が、今度は小さな箱に注ぎ込まれていく。
すると、あれだけ触ってもびくともしなかった箱が、カチカチカチと音をたてて複雑に動き出した。
そして手の中でぐるぐると激しく廻り出すと、全部の面が輝きながら開き、強烈な光が無数の矢の様にいっせいに怪物に襲いかかった。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
もだえ、苦しみ続ける怪物を見ながらアーサーの怒りがどんどんと増大していく。
『許さない、許さない、許さない!焼き尽くしてやる!』
光の矢が、さらに強く激しくなり、怪物に降り注いだ、その時だった。
「そこまで!」
力強い声が、今度こそは頭の中ではなく、実際に部屋中に響いた。
アーサーがハッと我にかえると、光の矢はぴたりと止まり、箱は開いていた面をすべて閉じてしまった。
それに合わせ、逆立っていた髪も、紅い瞳も、ゆっくりと元に戻ってゆく。
ふと見ると、怪物の姿はどんどん小さくなっていき、最後にパアッと弾けると、そこには飲み込まれたはずの妹をかばうように覆いかぶさっている飼い猫のノーラがいた。
「え、え?これって?ええ?」
状況が理解できないでいると、ノーラが二本足でスックと立ち上がり、つかつかと近づいてくると、いきなりアーサーにバチーンと部屋中に響き渡るほどのもの凄いビンタをお見舞いした。
「あんたバカなの?」
ノーラは事態が飲み込めず呆然とするアーサーを尻目に、ものすごい早口でまくし立てる。
「あやうくまる焦げになる所だったじゃない!見なさいよ、このシッポ!ちょっと焦げたじゃないの!」
え、ええ?なんで二本足で立って、言葉を喋ってんの?なんでビンタしてくるの?
「合格よ。予想以上だったわ」
呆気にとられるアーサーに声をかけてきたのは、さっきまで踏みつけられて倒れていたはずの母親だった。
「え?ママ!!大丈夫なの?ええ?これって一体なんなの?」
ママは優しく微笑みかけてきた。
「偉大な魔法使いの血は、あなたに受け継がれていたのね」




