第七話「実機」
初めての休暇から一週間。一同の訓練は、滞りなく進んでいった。
訓練時間は若干の減少を見せ、四人の睡眠時間は一、二時間ほどではあるが延長されていた。一般的な睡眠時間に比べると、まだ少ないかもしれないが、四人にとっては有り難い変更であった。また、この頃になると、訓練の目的が漠然とではあるが分かるようになっていた。ヘレンが特に説明したわけではないが、訓練の内容からおおよその推測ができた。
戦闘機、或いは駆逐艦の操縦士の育成。
それも、遊撃的な強襲艦であれば、なおさらぴったりくる。
訓練と講義の内容があまりに多岐にわたるため、目的が把握しづらかったが、少なくとも、何かを操縦させようとしていることは、確かなようであった。
中でも四人のお気に入りは、
「高速強襲艦で、敵・銀河帝国の旗艦に攻撃を加え、白兵戦で皇帝を打ち倒す」
と、いうものであった。
幼稚な夢物語のような設定ではあるが、この四人ならば、という気持ちもないわけではない。
いや、四人ではない。ヘレンと、いまだ合流していないもう一人を足せば、六人となる。
どのような人物が加わるのかは不明であったが、現在揃っている五人の能力の高さを考えると、期待せずにはいられなかった。
そして同時に、不安もある。
ここまでの五人に肩を並べる者が本当にまだいるのか、という疑問である。だがしかし、訓練に追われるシン達に深く考える時間はなかったし、心配してどうにかなる問題でもなかった。
待とうではないか。チーム・マーベリックの六人目を。
それが、四人の共通した気持ちであった。
六人目の登場ではなかったが、四人が予想していた、もうひとつの出来事が実現した。
実機演習である。
フライト・シミュレータでの訓練は、繰り返し行っていた。小型戦闘機に始まり、駆逐艦のシミュレーションも高いレベルでクリアしていた。くるべくして、きた。そんな感じであった。
宇宙服に着替えた四人とヘレンは、演習機のあるCブロックに移動した。ヘレン保有の一台も使用し、二台のエア・カーに五人が分乗した。Cブロックは、シン達の生活するDブロックと隣接しており、移動自体に多くの時間はかからなかった。Cブロックは、また、連邦軍専用のブロックでもある。ユーキなどは、例の第十三小隊に会うのでは、などと心配したが、幸いそのようなこともなく、五人は無事に演習機の射出ポートへと到着した。
正規の宇宙港はAブロックにあるため、大型の戦艦や空母はそちらを使用する。その一方で、演習機や試作機の類は、ほぼすべてが、このCブロックのポート群に集中していた。
うわぁ…。
ユーキは、心の中で息を漏らした。
専用のゲートをくぐり終えると、そこには、五機の戦闘機が並んでいた。
全長約四十メートル。オレンジの機体。
高性能機、とまではいえないが、演習機としては、もったいないくらいの機体であった。この時代、新しい技術の発見というのは決して多くない。そのため、新しければよいというわけではないが、量産型の汎用機は自己修復の機能も不十分で、古い機体になるほど、性能が低下する傾向がある。
ユーキも、士官学校時代に実機演習をした経験があったが、その時は、連邦軍払い下げの機体であった。
横を見ると、ナチアもユーキと同じような顔をして、眼前の機体を眺めていた。
視線に気付いたのか、ユーキの顔を見て、少し困ったような顔をつくる。
喧嘩騒動の翌日、ボーイと口喧嘩をしたナチアに対し、ユーキは何も言わなかった。いつもどおりにシャワーを浴びて、就寝した。ナチアも口を開かなかったが、少しずつ態度は軟化している、とユーキは思っている。
困惑の表情など、出会った頃のナチアならば、見せなかったであろう。
そんなナチアが、どのような経緯で連邦軍に入ったのか。ユーキもまだ、詳細を聞いていない。少なくとも、実戦に参加はしていないし、階級がユーキと同じであることを考えると、士官学校を飛び級で卒業した、と考えるのが妥当であった。その一方で、ここに来る直前まで、実家であるクラーギナ財団の経営に関わっていたようでもあった。
そうして単純に、話を統合して考えてみると。ナチアは士官学校に通わずに「卒業だけした」と、そういうことになる。
ありえない話ではなかった。財団の影響力と少女の能力をもってすれば、卒業証書を手に入れるなど、造作もない筈。ただし、その推測が正しいとすると、ナチアは実機で宇宙空間を飛んだ経験がない可能性が高い。
この差は大きい。ユーキはそう思う。
シミュレータでいかに点数をだそうとも、現実ではないのである。
宇宙という名の「死」と直面しての操縦は、気の弱い者でなくとも、人間を狂わすことができる。一般客船や戦艦などとは、大きな違いが存在する。戦闘機の操縦席の数メートル前方は、暗黒の世界なのである。そして何より。戦闘という特殊な目的で使用される以上、その安全性には限界がある。
「搭乗、開始」
ユーキの思考を遮るように、ヘレンの声がヘルメット内に響いた。
射出ポートは真空状態になっており、会話はすべて、宇宙服に取り付けられた通信器を介して行われる。通信器はいくつかの設定が可能であったが、今は制限付きでオープンになっており、五人の間では、会話は筒抜け状態であった。
大丈夫。
ナチアに向かって、頷いてみせる。
言葉にはしない。言葉では、ナチアの心に届かない。
ユーキの笑顔を見てから、ナチアは指定された自分の機体へと歩きだす。
その背中を確認して、ユーキも移動する。
大丈夫。
今度は、自分に対して、頷く。
胸の鼓動が速くなっているのが分かった。
実機に乗るのは一年ぶり以上。
指定された、自分の機体に近づいていく。近づいてくる。すぐ、目の前にくる。手の、触れられる距離にくる。操縦席に続く、タラップの前にくる。
違和感がユーキを包み込んだ。
なに?
胸の内で問いかけ、すぐにその理由に気が付く。
整備員がいないのである。通常なら飛行の寸前までいてもおかしくない整備員達の姿が、見えない。
…それだけ、秘密厳守なんだ。
ここに来るまでも、あまり多くの人間とすれ違わなかったことを思い出した。
整備も、ちゃんとされているって、ことよね。
言い聞かせた。
不安は消せなかったが、怖気づいている時間はなかった。
オレンジの機体に、そっと手を伸ばす。ひんやりとした感触が、宇宙服越しに伝わってくる。
よろしくね。
声にしないで、話しかける。士官学校時代からの、ユーキの癖であった。験かつぎといってもいい。
問題ない。
突然、機体が答えた。
えっ?
顔を上げる。機体が答えた。そう聞こえた。
シンの声であった。
おそらくは、小声でシンが呟いたのだ。その呟きが、通信器に届いただけなのだ。
呟き?
ううん、そうじゃない。
ユーキは確信する。シンは、わたしを応援してくれたんだ。そう、思う。
久しぶりの実機に緊張する自分と、おそらくは初めての経験になるナチアに対して。
………。
ユーキは操縦席を見上げた。
タラップに手をかけ、昇りはじめる。
大丈夫。
わたしには、みんながついていてくれる。
Cブロックの射出ポートから飛び出して、約三時間。演習は順調に進んでいた。
ナチアも、機体の動きを見る限りにおいては、問題なく他の四機と同調していた。
やっていること自体は、基本動作の繰り返しである。緊張さえしなければ、できるのが当然であった。たとえ緊張していても、他の人間よりは遥かに器用にこなす。そんな五人の筈であった。そうして、ユーキの心にも、若干ではあるが余裕が生まれてきた。
メイン・スクリーンには、満天の星が広がっている。無音なる世界の真ん中で、計器の発する音だけが、ユーキを取り囲んでいた。
レーダー上、並んだ光点には僅かな乱れも見つからない。前から順に、ヘレン、ボーイ、ユーキ、ナチア、シンの五つの機体が、緩やかな孤を描くように飛行していた。五機はこの時、第三惑星グリューンを離れ、第四惑星マギスタンまで来ており、その衛星リュゼの外周を、ゆっくりとまわっている。
ナチアも、心配ないみたいね。
ユーキは胸を撫で下ろす。そして同時に、初めて自分が実機演習をした時のことを思い出す。
操縦を完璧にこなし、着床も優雅にきめた。その日の残りの講義もきちんと受け、友人達と食事もとった。最年少の、しかも女性ということで広報部のインタビューを受け、初の実機演習の感想を答えた。部屋に戻り、シャワーを浴び、着替え、ベッドに入った。
そして泣いた。
涙がとまらなかった。あれほど泣いたのは、幼い頃に母親を亡くして以来のことであった。宇宙というものを、また少し知った気がした。
…今日は、ナチアも泣くのかな?
あまりイメージができない。しかし、もしもそうだったなら。
一緒に泣きたいな。
ユーキは物心ついた時から、あまり泣いたことがなかった。母親を失った時は、一人、寝室で泣いた。
ナチアとなら、いいな。
一緒に泣いてみたいな。そう、思う。
「全機、加速準備」
ヘレンの声が、ヘルメットに響いた。
「五分後に、リュゼの重力圏を離脱します」
エネルギー・メーターを見ると、残量が少なくなっていた。通常よりも、かなり早く減っている。
一瞬、心臓の鼓動が速くなる。
通常の戦闘機に、演習機としての機能を追加したために、エネルギー消費量が大きくなっているのだ。そう気付くのに、多少の時間がかかった。
帰還するのに、ちょうどいいタイミングであった。
「重力圏を離脱後、模擬戦を行います」
ヘレンの言葉が、ユーキの喉元を掴む。
「私の機体が先行します。残りの四機で本機を追撃し、これを落としなさい」
何か反対する言葉を言いたかったが、かろうじて自制する。
「同じ演習機とはいえ、私の機体は指揮命令用です。設定上、あなた達の機体性能を大きく凌駕します。遠慮はいりません。全力でかかってきなさい。模擬戦のモードはD‐Ⅱに設定。制限時間は重力圏離脱より、十分間とします」
半ば無意識でモードを合わせる。
モード「D‐Ⅱ」とは、コンピュータの演算処理を簡略化し、ミサイルを使用しない設定である。ただし、低出力に抑えたレーザーを使用するため、実戦さながらの模擬戦闘となる。
低出力とはいえレーザーを使用し、最大戦速で十分間も飛びまわったら、ヘブンに帰ることができなくなる可能性がある。ヘブンどころか、グリューン公転軌道上にすら、到達できないかもしれない。
「エネルギーの残量と、リュゼ、並びにマギスタンの重力には、気を配るように」
ヘレンの言葉に、はっとなる。
エネルギー残量の関係によっては、衛星リュゼや惑星マギスタンの重力に捕まりかねない。質量の小さいリュゼはともかく、マギスタンの重力に捕まったら最後である。惑星を覆う硬質な岩盤台地に対抗する手段など、ユーキ達の演習機にあるわけもない。
「以上です。何か質問は?」
ヤメマショウ。
ユーキの心が叫んでいた。
シン、ボーイ、なにか言って!
ユーキの祈りに、ボーイが応えた。
けれど、それは決してユーキの望む対応ではなかった。
「賞品はあるのでしょうか?」
…え?
困惑するユーキを余所にして、ヘレンとボーイの会話は続く。
「賞品?」
「はい」
「褒賞、見返りが欲しいという事ですか。その必要は認めません」
「ですが、エネルギーも少なく、重力圏も近い状況で、D‐Ⅱの模擬戦を行う以上、生命の危険も生じます。で、ある以上…」
「話は解りました。ですが、与えられる物はありません。それでは、これより先、本機とあなた達との通信を切ります」
「今度の休日、おれとデートをしてほしい」
ユーキの頭が真っ白になった。
この男はいったい、何を言っているのか。
対するヘレンの応答は、無音。
否。
「要求を認めましょう。心してかかってきなさい」
そして、通信は切れた。
<次回予告>
ユーキは呆然として、喜びの奇声を聞いていた。
そうだ、シンならば。
そう思ったユーキの希望は、続くシンの返答で、もろくも崩れ去る。
次回マーベリック
第二章 第八話「模擬」
「教官には悪いが、全力で敵機を撃墜する」




