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第六話「翌日」

 いつもどおりに訓練は始まり、いつもどおりに訓練は行われ、いつもどおりに訓練は終わった。

 つまり、つらい一日であった。

 Bブロックでの喧嘩騒動から、明けて翌日。

 シンとボーイは、痛む体を引きずりながら、白兵戦闘の模擬戦を行った。

 ユーキとナチアは、それぞれ二日酔いと寝不足の頭を押さえながら、ワープ航法の講義に集中した。

 ヘレンは、といえば、少なくとも表面上は素知らぬ顔で、訓練と講義を実施した。

 そしてようやく、訓練は終了した。

「疲れた」

 四人はミーティング・ルームをあとにして、自室に向かって重い足を動かしていた。

「疲れた」

 ミーティング・ルームから自室までの距離は、歩いて五分足らず。

「疲れた」

「うるさいですわね」

 ミーティング・ルームを出てから、すでに幾度も、ボーイの「疲れた」発言が続いていた。堪えきれず非難を開始したのは、もちろんナチアである。

「疲れたって、言ってんだろ」

「うるさいって、言ってますでしょ」

 自室まで、角をあとひとつ曲がる距離に来ていた。そこで二人の足が止まった。少し先で、シンとユーキも、言い争いを始めた同僚達を振り返る。

「なんでおれが疲れたか、わかってんのか、おまえ」

「あなたの大好きな殴り合いをなさったのでしょ、知ってますわよ」

「誰のためだと、思ってんだ」

「頼んでなんかいませんわよ」

 せまい通路の真ん中で、巨体のボーイと、女としては長身であるが、頭一個分は低いナチアが睨み合う。

「ふざけんなよ。おれだって、べつに恩を着せようとか、そういうつもりでやったわけじゃあ、ねーんだ。…けどよ。仮にも、おまえは、助けられたんだ。ちがうのか?」

「その態度が、恩着せがましいと言うのですわ」

 即答するナチア。一瞬、眉を動かすボーイ。

 あーあ…。

 ユーキは頭を押さえたくなる。とても見ていられない。

 シンはといえば、二人をとめるでもなく、ただ興味深そうに眺めている。

「ちっ」

 ボーイの口から、吐き捨てるような舌打ちが漏れる。

「あなた方が、あなた方の意思で、喧嘩をしたのです。それでも今日一日、ユーキに優しくされて、よかったですわね」

 ユーキが、シンとボーイに優しかったのは事実である。だがナチアは、それ自体、あまり気分のよいものではなかった。ルーム・メイトの姿が媚びているように見えた。

「ユーキの話をしてるんじゃない。おまえの話をしてるんだ」

「どうして欲しいと言いますの?」

 ボーイの方に向き直り、腕を組むナチア。

「なにかしろって言ってんじゃあ、ないんだ。同僚として。人間として。一言でいい、礼は言うべきだろう」

「嫌ですわ」

「おれにはいい。シンには言え。こいつは、おまえ達のいるテーブルを、常にかばっていたんだ」

「嫌ですわ」

「じゃあ、ユーキに言え」

「くどいですわよ」

 棘のある会話に、そうっと、ユーキが入ろうとする。

「ボーイ。わたしには、ちゃんと…」

「ユーキ」

 ナチアに睨まれ、ユーキは最後まで言えない。

「話は、それだけですわね。帰りますわよ」

「おい…」

 伸ばされたボーイの手を、ナチアは振り払う。

 いくら喧嘩を売られた側とはいえ、危機に乗じて女の歓心を買おうなど、ナチアにとっては侮蔑の対象でしかない。しかもボーイは、ナチアが買った筈の喧嘩を、横から奪い取ったのである。

「気安く触るんじゃないですわよ」

 言い捨て、自室の方へと歩きだす。

「ナチア…」

 声をかけるユーキの脇を抜け、ナチアは無言で、通路を曲がった。

 ルーム・メイトの消えた角を、ユーキがシンと眺めていると、隣にボーイが並んできた。

「ちぃと…、説教くさかったか?」

 ボーイが呟く。

「ごめんなさい、ボーイ」

「ユーキが謝ることじゃないだろう」

「でも…」

 ボーイとシンは自分達のために戦ってくれた。ユーキは、そう思っている。守ってもらえたことが、単純に嬉しかった。

「ナチアだって、ほんとは感謝してる。と、思うけど…。あの子、ボーイとシンが戦ってる途中で、寝ちゃったから…」

 事実であった。

 あろうことかナチアは、眼前で激しい肉弾戦が展開する中、早々に眠ってしまったのである。

「まず、そこが気に入らないんだが、な」ボーイが苦笑いで答える。「しかも、終わる頃に、都合よく起きてきやがった」

 目を覚ましたナチアの第一声が、

 あら、まだ終らせていませんですの。

 で、あった。

 ナチアにとっては、自分が戦っても勝てたし、眠っていたとはいえ、いざとなれば目も覚ました。ましてや記憶にない出来事に対して礼など必要ない、ということになるのだろうか。それにしてもと、ボーイは考えてしまう。

 昨日、ボーイとシンは結果として十三人の男をねじ伏せた。最初の四人はともかく、残り九人の強さは尋常でなく、ボーイ達二人といえど苦戦を強いられることになった。最後の一人をボーイが沈めた時には、喧嘩の開始から十五分以上が経過していた。

 通常ならば、ステーション・ポリスなどが到着してもおかしくない時間であった。あとでボーイがバーの主人に聞いたところ、二人が倒した男達は、以前より店での素行が悪く、ボーイ達が倒すのを待って、警官を呼んだということであった。二対十三、という人数差を考えれば、喧嘩が始まった瞬間に通報しそうなものであったが、そうはならなかった。二人が負ける場合は、警官の到着よりも先に決着がつくから意味がない、と主人は判断を下したのである。したたか、と言えばそれまでであるが、この主人をボーイはいたく気に入り、また来てやろう、などと考えていた。

「やつら、トスポリの第十三小隊だそうだ」

 やや真剣味を帯びたボーイの声が、せまい通路に響いた。

「ほう」

「あの人達が…」

 シンが、もっともだな、という顔をし、ユーキが息を飲む。

 トスポリ平原守護艦隊所属第十三機甲小隊、というのが正式な名称であったが、通常は略されて呼ばれていた。平原とはいっても、どこかの惑星上の平原を指すものではない。内惑星連邦と銀河帝国を隔てる広大なワープ不可空域の中でも、比較的厚みが薄い空域が、戦場として両陣営に共通認識され、その形状によって、様々な名前が付けられているのである。「平原」というのは、比較的広い戦場に用いられる言葉で、この他にも「海」や「回廊」、「沼」や「谷」等の名称が用いられていた。いずれにせよ、トスポリ平原が最激戦区であることにかわりはなく、その中でも第十三小隊は、連邦屈指の白兵戦部隊として、その名を轟かせていたのである。

「ここへは休暇で来ていたらしい。他にも仲間がかなりいる、という話だ」

 ボーイの情報は、バーの主人が、去り際に教えてくれたものであった。

「じゃあ、しばらくは出歩かない方がいいわね」

 ユーキの言葉に頷いてから、固くなりかけた表情を元に戻す。

「ま、休暇があればの、話だがな」

 肩をすくめてみせる。

 三人はじきに自室の前に着いた。無論、ナチアの姿はすでにない。

 シンとボーイの部屋の前まできて、ユーキが二人を振り返る。

「シン、ボーイ」

「なんだ?」

 ユーキの声に対し、ボーイが返答し、シンも顔を向ける。

「助けてくれて、ありがとう」

 にっこり笑って、深々と頭を下げる。

「いいって、いいって」

「気にするな」

 いったん頭を上げたユーキだが、さらにもう一度頭を下げた。

「これは、ナチアの分よ。ほんとうに、ありがとう」

 いつまでも頭を上げようとしないユーキを何とか立たせて、部屋へと向かわせる。ユーキとて、疲れている筈なのだ。

 よくここまで気を使えるな。と、ボーイは感心する。

 ひとつ隣のドアの前に立ったユーキに、太い声がかかる。

「ユーキ」

 振り向くと、肩をすくめた巨漢の姿がある。

「ナチアのこと、頼んだぜ」

 ボーイの言葉に笑顔で応え、そして部屋へと入っていく。

 少女の笑顔に満足し、ボーイとシンも、自分達の部屋へと入っていく。最後に見せたユーキの笑顔は、この日一番の笑顔であった。

<次回予告>


 初めての休暇から一週間。一同の訓練は、滞りなく進んでいった。

 訓練時間は若干の減少を見せ、四人の睡眠時間は一、二時間ほどではあるが延長されていた。


次回マーベリック

第二章 第七話「実機」


「全機、加速準備」

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