第二十一話「憶測」
「大丈夫?」
ユーキが声をかけてきた。
メンテナンス・エリアの騒動から、明けて翌日のことである。
「大丈夫だ」
シンとしては、冷たく答えたつもりはなかったが。結果として、ユーキにはそう受け取られたらしかった。
「本当に、大丈夫だ」
ゆっくりと言い直す。
自分らしくない。
そうは思ったが、目の前で安堵の表情を浮かべる少女を見ていると、
これもいいか。
とも、思う。
「どうですか、調子は?」
ドアが開かれ、ヘレンが部屋に入ってきた。シンとユーキが話していた部屋は、戦闘機のシミュレーション・ルームであった。
「順調です」
シンが答える。
自分の身体についての質問ではないと、返答した方は心得ていた。ヘレンが尋ねたのは、あくまでも、シミュレータ訓練の進行具合についてであった。
「すでにユーキが落とされましたが、残りも決着がつく頃です」
シンが説明を終えるのとほぼ同時に、大きな箱型のシミュレータの扉が開き、残りのメンバーが姿をみせた。
開いた扉の数は、三。出てきたメンバーの数も、三。
「はっはっはっ。勝たせてもらったな、ナチア」
大きな声で笑うのは、ボーイであった。
昨夜、シンを庇って爆弾の衝撃を受け止めたことなど、微塵も感じさせない明るさと元気であった。
ナチアからの反撃がくるよりも先に、ヘレンの姿を見つけて敬礼の姿勢をとる。
「敬礼の必要はありません。結果は?」
ヘレンが事務的に尋ねる。
ボーイとしても、必要がないのは分かっていた。敬礼はあくまでも、ナチアに対する当てつけである。
「戦闘時間三十二分。ボーイ機とクリス機が、ナチア機を撃墜しました」
「損傷は?」
「ボーイ機四十パーセント、クリス機五十二パーセント」
「ユーキの撃墜時間は?」
「二十九分です」
「では、ほぼ互角ですね」
「はい」
ヘレンは少し考え、そして指示をだした。
「では、継続して訓練を開始しなさい」
「了解」
内心はともかく、一同は即座に返答した。
「メンバーは、ボーイ、ユーキ対、ナチア、クリスとし、制限時間は二十分、設定はグリューン大気圏外周とします」
「了解」
「では、始めなさい」
了解、と一同が答え、指示された四人が、再度箱型のシミュレータに入っていく。
シミュレータの扉が閉じ、四機の擬似戦闘機が模擬空間に飛び出すと、あとには、シンとヘレンの二人が残された。
「どうですか、調子は?」
ヘレンが尋ねてきた。今度は、訓練の内容についてではない。
「順調です」
答えるシンも、それが分かっている。
まったくの無傷ではありえなかったが、動けなくなるほどの怪我でもない。
「ボーイの方はどうです?」
「問題ないようです。人間ではありませんよ、あいつは」
シンの口元に、小さな笑みが浮かぶ。
事実、庇われたシンの方が、負傷しているくらいであった。爆風が収まったあとの服装の破れ具合から考えると、呆れるくらいに頑丈なボーイであった。
「爆発地点では、生存者は確認されませんでした」
ヘレンの声が淡々と語った。
「残された遺体からも、身元が割れる様な物は見つからなかったそうです」
「爆弾の特定はできたのですか?」
「まだ完全には済んでいませんが、グリューンで正式採用されている物の様です。いずれにせよ、その線からも、身元の確認は難しいでしょう」
ヘレンは机に腰を乗せながら話しており、シンは直立して聞いている。
「ウイルス迎撃戦との関連は、ないのでしょうか?」
尋ねるシンに対し、ヘレンは軽く首を振った。
「それも判りません。問題のサイバー・ビーングは痕跡を消しました。ハッカーの特定も難航している様ですし、第一、あなた達の情報は、レベル・セブンほど高くない階層にあります」
あなた達、とは言ったが、本作戦、とは言わなかった。
ヘレンは、いまだすべてを明かしていなかった。
「ただし、ハッカーは実在しないだろう、というのが、上層部の判断の様です」
「実在しない?」
「そうです。ウイルスのハッキングは主目的ではなく、あくまでもフェイク。ヘブンの破壊が目的だろう、という事です」
「信じていますか?」
「どうでしょうか。けれど、いくらデータの送信箇所が多数とはいえ、情報を受け取った人間がいないのであれば、これほどに特定が難航しているのも頷けます。…それと、これはまだ未発表ですが、今回の件で、ヘブン首脳陣の大幅な入れ替えが行われる様です」
「どこかに得をする人間がいる、という訳ですか?」
シンの質問は、そんな人間がいるのかどうかを聞いた質問ではなかった。それならば、いるに決まっているのである。あれだけのウイルスが送り込まれた目的が、その程度の利益のためであろうか、という質問であった。また同時に、本当にそんな推測をヘレンの上層部は立てたのか、という疑問と、ヘレン自身がそれを信じているのか、という懐疑も含まれている。
「何とも言えません。今回のサイバー・ビーングがどれほどの脅威であったかは伝わった筈ですが…。影では、新たな宇宙ステーション建造の計画もある様です。明確な答えは出ません」
ウイルス迎撃戦の時の犯人も不明。今回の襲撃犯の身元も不明。それらの関連性も不明。シンとしては、何とも嫌な気分であった。
「マーベリックの計画が、原因ではないのですか?」
単刀直入に尋ねた。
チーム・マーベリックの目的が、単純な、新型試作戦闘機のテスト・パイロットの育成であるとは、シンは考えていなかった。でなければ、ここまで優秀なメンバーを集める必要がない。
何か、まだ裏がある。
そう考えるのが妥当であった。
「現時点で、それに答える権利は、私には有りません」
ヘレンは、柔らかい口調で対応した。
「少なくとも、昨日の事件は、関係あると思いますよ。…これは、個人的な見解ですけどね」
逃げられたな。
シンとしても、簡単に答えてくれるとは思っていなかったので、悔しさはない。だが一方で、自分達が、このヘレン・スタイナーの手のひらの上で踊らされているような気がするのも、確かであった。
「では、やはり我々二人は出頭した方が、よろしいのでは?」
別な方向へと、話を振ってみる。昨夜、爆発の現場から逃げたシンとボーイは、そのまま歩いてDブロックに帰ってきており、翌朝自分達の上官に事情を話した以外は、どこにも通報していない。とは言え、各所のセンサー等の情報から、シン達の関与は誤魔化せない筈である。
「必要ありません」
ヘレンの返答は、朝の返答と変化がなかった。
先日、トスポリの第十三小隊と喧嘩をした時も、同様の質問をして、同様の答えが返ってきた。その際は、両部隊が協力した実地訓練である、と憲兵隊に対して説明をしたらしい。今回も似たような解決方法をとるのだろうか。
分かりました、と言って素直に引き下がるシンに対し、今度はヘレンが話を振った。
「それでも、噂はされている様です」
ヘレンの声に多少の変化があった。どうやら笑っているようだと、シンは理解した。
「噂?」
「ええ、そうです」
「どのような噂ですか?」
「こんな大爆発を起こすのは、クレイジー・ボーイズに違いない、という噂です」
シンは肩をすくめる。ボーイが聞いたら、大喜びしそうな噂であった。
「何といっても、ヘブンの支柱を曲げた程の爆発ですからね」
この発言には、シンも驚いた。
大きな爆発とは思っていたが、まさかそこまでの威力があったとは予想外であった。ウイルス騒ぎに続き、後始末に忙しい管制官達の姿が目に浮かぶようであった。
「それはそうと…」
「何です?」
「ユーキが、髪を切った様ですね」
再び、シンが肩をすくめる。
昨夜、大きな振動があったあとも帰ってこない男達を心配して、ユーキは寝ないで、シン達の帰着を待っていたのである。クリスは待ちきれず寝てしまったが、ナチアは同室のユーキに付き合っていた。そんな少女達のもとに、ボロクズのような二人が帰ってきたのは、爆発から一時間も経過した時のことであった。
出迎えてくれたユーキの髪が、肩のあたりまで短くなっていたことに、男達は目を引かれた。だがそれ以上に、ユーキの方が二人の格好に驚いていたので、シンもボーイも、ユーキをなだめるのにかかりっきりになってしまったのである。
「褒めてあげましたか?」
柔らかな口調でヘレンが尋ねた。
それに対し、シンは軽い戸惑いを感じる。そういったことに関与するような上官ではない、と思っていたのである。
「…一応ですが」
「そう、それは良かった」
微笑みながら答えるヘレンに、どう対応するべきなのか。シンが僅かに迷う間に、ヘレンは、元の教官に戻っていた。
「シン」
部下の名を発する声は、よく通る落ち着いた、いつものヘレンの声であった。
「はい」
「近々、実機による演習を行います。心構えだけは、しておきなさい」
遂に、きた。
シンは、その日が近づいたことを知った。
ヘレンの言う「実機」が、シン達が一度だけ見た、白い三隻の戦闘機を示しているのは、間違いない。試作戦闘機“マーベリック”に、搭乗する日が近づいたのである。
「了解しました」
シンの回答に、ヘレンは小さく頷いた。
続く




