表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/243

第二十一話「憶測」

「大丈夫?」

 ユーキが声をかけてきた。

 メンテナンス・エリアの騒動から、明けて翌日のことである。

「大丈夫だ」

 シンとしては、冷たく答えたつもりはなかったが。結果として、ユーキにはそう受け取られたらしかった。

「本当に、大丈夫だ」

 ゆっくりと言い直す。

 自分らしくない。

 そうは思ったが、目の前で安堵の表情を浮かべる少女を見ていると、

 これもいいか。

 とも、思う。

「どうですか、調子は?」

 ドアが開かれ、ヘレンが部屋に入ってきた。シンとユーキが話していた部屋は、戦闘機のシミュレーション・ルームであった。

「順調です」

 シンが答える。

 自分の身体についての質問ではないと、返答した方は心得ていた。ヘレンが尋ねたのは、あくまでも、シミュレータ訓練の進行具合についてであった。

「すでにユーキが落とされましたが、残りも決着がつく頃です」

 シンが説明を終えるのとほぼ同時に、大きな箱型のシミュレータの扉が開き、残りのメンバーが姿をみせた。

 開いた扉の数は、三。出てきたメンバーの数も、三。

「はっはっはっ。勝たせてもらったな、ナチア」

 大きな声で笑うのは、ボーイであった。

 昨夜、シンを庇って爆弾の衝撃を受け止めたことなど、微塵も感じさせない明るさと元気であった。

 ナチアからの反撃がくるよりも先に、ヘレンの姿を見つけて敬礼の姿勢をとる。

「敬礼の必要はありません。結果は?」

 ヘレンが事務的に尋ねる。

 ボーイとしても、必要がないのは分かっていた。敬礼はあくまでも、ナチアに対する当てつけである。

「戦闘時間三十二分。ボーイ機とクリス機が、ナチア機を撃墜しました」

「損傷は?」

「ボーイ機四十パーセント、クリス機五十二パーセント」

「ユーキの撃墜時間は?」

「二十九分です」

「では、ほぼ互角ですね」

「はい」

 ヘレンは少し考え、そして指示をだした。

「では、継続して訓練を開始しなさい」

「了解」

 内心はともかく、一同は即座に返答した。

「メンバーは、ボーイ、ユーキ対、ナチア、クリスとし、制限時間は二十分、設定はグリューン大気圏外周とします」

「了解」

「では、始めなさい」

 了解、と一同が答え、指示された四人が、再度箱型のシミュレータに入っていく。

 シミュレータの扉が閉じ、四機の擬似戦闘機が模擬空間に飛び出すと、あとには、シンとヘレンの二人が残された。

「どうですか、調子は?」

 ヘレンが尋ねてきた。今度は、訓練の内容についてではない。

「順調です」

 答えるシンも、それが分かっている。

 まったくの無傷ではありえなかったが、動けなくなるほどの怪我でもない。

「ボーイの方はどうです?」

「問題ないようです。人間ではありませんよ、あいつは」

 シンの口元に、小さな笑みが浮かぶ。

 事実、庇われたシンの方が、負傷しているくらいであった。爆風が収まったあとの服装の破れ具合から考えると、呆れるくらいに頑丈なボーイであった。

「爆発地点では、生存者は確認されませんでした」

 ヘレンの声が淡々と語った。

「残された遺体からも、身元が割れる様な物は見つからなかったそうです」

「爆弾の特定はできたのですか?」

「まだ完全には済んでいませんが、グリューンで正式採用されている物の様です。いずれにせよ、その線からも、身元の確認は難しいでしょう」

 ヘレンは机に腰を乗せながら話しており、シンは直立して聞いている。

「ウイルス迎撃戦との関連は、ないのでしょうか?」

 尋ねるシンに対し、ヘレンは軽く首を振った。

「それも判りません。問題のサイバー・ビーングは痕跡を消しました。ハッカーの特定も難航している様ですし、第一、あなた達の情報は、レベル・セブンほど高くない階層にあります」

 あなた達、とは言ったが、本作戦、とは言わなかった。

 ヘレンは、いまだすべてを明かしていなかった。

「ただし、ハッカーは実在しないだろう、というのが、上層部の判断の様です」

「実在しない?」

「そうです。ウイルスのハッキングは主目的ではなく、あくまでもフェイク。ヘブンの破壊が目的だろう、という事です」

「信じていますか?」

「どうでしょうか。けれど、いくらデータの送信箇所が多数とはいえ、情報を受け取った人間がいないのであれば、これほどに特定が難航しているのも頷けます。…それと、これはまだ未発表ですが、今回の件で、ヘブン首脳陣の大幅な入れ替えが行われる様です」

「どこかに得をする人間がいる、という訳ですか?」

 シンの質問は、そんな人間がいるのかどうかを聞いた質問ではなかった。それならば、いるに決まっているのである。あれだけのウイルスが送り込まれた目的が、その程度の利益のためであろうか、という質問であった。また同時に、本当にそんな推測をヘレンの上層部は立てたのか、という疑問と、ヘレン自身がそれを信じているのか、という懐疑も含まれている。

「何とも言えません。今回のサイバー・ビーングがどれほどの脅威であったかは伝わった筈ですが…。影では、新たな宇宙ステーション建造の計画もある様です。明確な答えは出ません」

 ウイルス迎撃戦の時の犯人も不明。今回の襲撃犯の身元も不明。それらの関連性も不明。シンとしては、何とも嫌な気分であった。

「マーベリックの計画が、原因ではないのですか?」

 単刀直入に尋ねた。

 チーム・マーベリックの目的が、単純な、新型試作戦闘機のテスト・パイロットの育成であるとは、シンは考えていなかった。でなければ、ここまで優秀なメンバーを集める必要がない。

 何か、まだ裏がある。

 そう考えるのが妥当であった。

「現時点で、それに答える権利は、私には有りません」

 ヘレンは、柔らかい口調で対応した。

「少なくとも、昨日の事件は、関係あると思いますよ。…これは、個人的な見解ですけどね」

 逃げられたな。

 シンとしても、簡単に答えてくれるとは思っていなかったので、悔しさはない。だが一方で、自分達が、このヘレン・スタイナーの手のひらの上で踊らされているような気がするのも、確かであった。

「では、やはり我々二人は出頭した方が、よろしいのでは?」

 別な方向へと、話を振ってみる。昨夜、爆発の現場から逃げたシンとボーイは、そのまま歩いてDブロックに帰ってきており、翌朝自分達の上官に事情を話した以外は、どこにも通報していない。とは言え、各所のセンサー等の情報から、シン達の関与は誤魔化せない筈である。

「必要ありません」

 ヘレンの返答は、朝の返答と変化がなかった。

 先日、トスポリの第十三小隊と喧嘩をした時も、同様の質問をして、同様の答えが返ってきた。その際は、両部隊が協力した実地訓練である、と憲兵隊に対して説明をしたらしい。今回も似たような解決方法をとるのだろうか。

 分かりました、と言って素直に引き下がるシンに対し、今度はヘレンが話を振った。

「それでも、噂はされている様です」

 ヘレンの声に多少の変化があった。どうやら笑っているようだと、シンは理解した。

「噂?」

「ええ、そうです」

「どのような噂ですか?」

「こんな大爆発を起こすのは、クレイジー・ボーイズに違いない、という噂です」

 シンは肩をすくめる。ボーイが聞いたら、大喜びしそうな噂であった。

「何といっても、ヘブンの支柱を曲げた程の爆発ですからね」

 この発言には、シンも驚いた。

 大きな爆発とは思っていたが、まさかそこまでの威力があったとは予想外であった。ウイルス騒ぎに続き、後始末に忙しい管制官達の姿が目に浮かぶようであった。

「それはそうと…」

「何です?」

「ユーキが、髪を切った様ですね」

 再び、シンが肩をすくめる。

 昨夜、大きな振動があったあとも帰ってこない男達を心配して、ユーキは寝ないで、シン達の帰着を待っていたのである。クリスは待ちきれず寝てしまったが、ナチアは同室のユーキに付き合っていた。そんな少女達のもとに、ボロクズのような二人が帰ってきたのは、爆発から一時間も経過した時のことであった。

 出迎えてくれたユーキの髪が、肩のあたりまで短くなっていたことに、男達は目を引かれた。だがそれ以上に、ユーキの方が二人の格好に驚いていたので、シンもボーイも、ユーキをなだめるのにかかりっきりになってしまったのである。

「褒めてあげましたか?」

 柔らかな口調でヘレンが尋ねた。

 それに対し、シンは軽い戸惑いを感じる。そういったことに関与するような上官ではない、と思っていたのである。

「…一応ですが」

「そう、それは良かった」

 微笑みながら答えるヘレンに、どう対応するべきなのか。シンが僅かに迷う間に、ヘレンは、元の教官に戻っていた。

「シン」

 部下の名を発する声は、よく通る落ち着いた、いつものヘレンの声であった。

「はい」

「近々、実機による演習を行います。心構えだけは、しておきなさい」

 遂に、きた。

 シンは、その日が近づいたことを知った。

 ヘレンの言う「実機」が、シン達が一度だけ見た、白い三隻の戦闘機を示しているのは、間違いない。試作戦闘機“マーベリック”に、搭乗する日が近づいたのである。

「了解しました」

 シンの回答に、ヘレンは小さく頷いた。

続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ