第十四話「試作」
クリスの歓迎会兼ヘレンの親睦会が終わり、一同は再び、通常の生活に戻っていった。
翌日に、クリスが二日酔いで動けなかったことを除けば、さして変化のない訓練の日々が続いた。あえて変化を探すのであれば、その訓練の内容についてであった。白兵戦闘の訓練や遺伝子工学の講義等も引き続き行われてはいたが、次第に訓練は、戦闘機の操縦に重点を移していった。当然のことではあるが、その中には、実機による演習も含まれていた。
クリス着任から二週間が過ぎた頃、六人は初めて、全員揃っての実機演習を行った。
「クリス、大丈夫か?」
少年のヘルメットの内側に、シンの声が響いた。
実機による演習を終え、ヘブンへと帰還する途中のことである。
「はい、大丈夫です」
答える声に、僅かながら悔しさがこもる。
「でも、勝てませんでしたね」
「負けなかっただけ、上等だ」
「ごめんなさい。ぼくのせいで…」
「クリスがいたから、負けなかったんだ。勘違いするな」
通信器越しに二人は言葉を交わした。
実機演習の最後に、六人は模擬戦を行ったのである。クリスはシンと組み、残り四人と戦った。
シンはともかくとして、実機に初めて乗るクリスが、たった二人で残りの四機と互角に戦いきったことは、十分に賞賛に値した。
以前の模擬戦の結果を考慮してか、ヘレンは新鋭機に近い機体を用意し、模擬戦は比較的高いモードで行われた。つまり、機体の爆発や損傷の程度をシミュレートするモードが採用されたのである。
「そうよ、クリス」
「悔しがるのは、おれ達の方だぜ」
ユーキとボーイの声が割り込んでくる。
十分間の模擬戦において、撃墜された機体は一機もなかった。クリスの機体が数条の模擬レーザーを浴びたが、航行不能になるほどの損傷ではなかった。少なくとも、コンピュータはそう判断した。
「あんな手を使うなんて、反則もいいところですわ」
一人憤慨しているのは、ナチアである。
あんな手、とは、クリスが行ったレーダー撹乱のことであった。
「模擬戦でハッキングをかけてくるなんて、論外ですわ。卑怯ですわよ」
ナチアの怒りは納まらない。
模擬戦開始と同時に、クリスはハッキングを始め、相手四機の航空管制機能を沈黙させたのである。四機は即座に対応し機能を回復させたが、クリスのハッキングは、火器管制や操縦機関を次々と侵し、四人は、これの対処に相当な労力を払わなければならなかったのである。
そんな四人の混乱に乗じ、シンが強襲をかけたが、さすがに四対一では勝負にならず、結果として、反撃に移った四機のビームがクリスの機体を掠めたところで、制限時間がきた。
「ごめんなさい、ナチアさん」
「謝るくらいなら、最初からやらなければいいのですわ」
ナチアの言葉には、容赦がない。これはクリスに対してのみのことではなく、誰に対しても、ナチアは平等に遠慮をしなかった。
「許してやれ、ナチア。クリスに指示を出したのは、俺だ」
クリスをかばってか、シンが会話に入ってくる。
「そうですわ。全部少尉が悪いんですわ」
「まあまあ、ナチアもそんなに怒らないで」
声をかけてきたのは、ユーキ。
「初めての実機演習で、機体を操縦しながらサイバー・アタックまでやったんだもの、すごいじゃない」
「それは認めますけれど…」
「そう、そのとおりだぜっ」
ナチアの声を、ボーイの声が掻き消す。
「ほんとうよ、クリス」
クリスの耳に、ユーキの優しい声が届く。「やっぱり、男の子なんだなあって、感心したわ」
「そ、そんな…」
クリスの顔が赤くなる。
「教官も、そう思いますよね?」
ユーキがヘレンに話を振る。
「ええ、そうですね」ヘレンは苦笑する。「ですがクリス、今回ハッキングできたのは、互いのセッティングを知っていたのと、模擬戦故に、通信の完全遮断ができなかったからです。分かっているとは思いますが、実戦では、なかなか使えない手段です」
「はい、教官」
クリスの返答を聞いた後、ヘレンは一同に声をかけた。
全員の名前を呼び、返答を確認すると、いつもどおりの落ち着いた声で五人に伝えた。
「では、これで模擬戦を終了します。また、ヘブンに帰還後、あなた達には見せたいものがあります」
翡翠色の惑星に寄り添う、白銀色の宇宙ステーションに向けて。六つの機体は緩やかな軌跡を描いていった。
それは、Dブロックにあった。
一同は硬化ガラス越しにそれを見つめていた。正確には、それ、ではなく、それら、である。
三隻の大型戦闘機。
「これが、連邦軍最新鋭試作戦闘機“マーベリック”です」
ヘレンの声が耳に届き、シン達は、目の前の戦闘機こそがチームの目的であることを知った。
この人には、いつも驚かされる。
ボーイは横目で、ヘレンの姿を見やった。
演習機でCブロックに帰還後、一同は軍服に着替えてDブロックに戻ってきた。そしてその足で、ここに連れてこられた。Dブロックの専用スペース・ポートに足を踏み入れたのは、これが初めてであった。
硬化ガラスの向こうは真空・無重力であるらしく、宇宙服を着た作業員達が忙しそうに三隻の戦闘機の周りを動いていた。
通常の戦闘機と比べてかなり大きく、全長は百メートル近くある。小型の駆逐艦といっても通用しそうなサイズである。一機、二機と数えるよりは、一隻、二隻と数えるべき。そんな大きさであった。
先端が尖った長細い形状をしており、よく見ると、微妙に三隻の形状が異なることが分かった。
「赤いラインが一号機、青いラインが二号機、ラインが無いのが三号機です」
ヘレンが説明を加える。
三隻の基調となる色は白であり、ヘレンの言うとおり、その内の二隻には赤と青の太いラインが入っていた。ラインの方向は、船首付近から船尾まで続いており、船首から見て左よりのところに引かれていた。
「一号機が攻撃力重視、二号機が機動力重視、三号機が防御力重視の設定がなされています」
ヘレンの説明に耳を傾けつつ、五人は、硬化ガラスの向こうの機体から目を離さなかった。
大口径レーザー。高反射率ミラー・シールド。新型らしき推進機関。
外見からでも、機体の優秀性が見て取れた。戦闘機としては大型の機体が、実際にどれほどの性能を有しているのか、正確な予測は難しい。
「尚、各機体共、複座タイプとなっています」
五人の顔が、ヘレンの方へと向きを変える。
戦闘機は三隻。三隻とも複座。合計六つの操縦席。
「六つの座席は、私達六人のものです」
チームの視線を受け、ゆっくりとヘレンは頷いてみせた。
その直後に、警報が鳴り響いた。
部屋に取り付けられた警戒灯が、赤い点滅を繰り返す。
「あなた達は、ここで待機していなさい」
ヘレンは五人に告げ、手近なインター・ホンへと向かう。
「何があったんだ?」
ボーイの問いに答えられる者は、その場にはいなかった。
見れば、硬化ガラスの向こう側でも作業員達がうろたえていた。
宇宙空間では、ほんの些細な事故が死に繋がる。いくら巨大な宇宙ステーションとはいえ、その事実にかわりはない。ましてや、三隻の戦闘機のあるスペース・ポートは、ステーションの外壁にも近く、危険度は決して低いとは言えない。
内心はともかくとしても、落ち着いている方がめずらしいのである。
シンは、インター・ホンに向かって話す教官へと視線を移した。
どこかしらに通信が繋がったらしく、状況を確認しているようであった。
「あ、とまりましたね」
クリスが上を向いて声をだす。
警報がやみ、警戒灯も点滅を停止した。
「ほんとね。でも…」
ユーキが答え、ヘレンの方を見る。
そこには、いまだ緊張した面持ちで話している教官の姿がある。
しばらくして、インター・ホンを切ったヘレンが、シン達の方に戻ってきた。
「どうしたんです?」
ボーイの問いかけに、ヘレンは直接的な答えをしなかった。
「私はこれから、Dブロック中央管制室へと向かいます」
一同を見まわし、命令を下す。
「あなた達はミーティング・ルームに戻り、別命あるまで待機とします。ここから出るためのルートは確保しますので、即時移動しなさい」
解散、と言い残し背を向けるヘレンを、五人は見守るしかなかった。
<次回予告>
ミーティング・ルームに戻った五人は、ヘレンからの別命を待ち続けた。
五分待ち、十分待った。
インター・ホンは鳴らなかった。
次回マーベリック
第三章 第十五話「暴露」
「…ほんとうに、へんなことじゃ、なければ」




