第十三話「親睦」
パーティーは夕方から始まった。
場所は、いつもの黒猫亭である。
出席者は、チーム・マーベリックの全員が揃った。
初めて来た時に四人で座った席に、この日は六人が腰を掛けた。一番奥の席は、今回主役のヘレンとクリスのものである。U字型の席に左から、ボーイ、ナチア、ヘレン、クリス、ユーキ、シンの順に並ぶと、ちょうど席が埋まった。
「えー。それでは不肖、ボーイ・ブロスが乾杯の音頭を取らせて頂きます」
ボーイが立ち上がり、グラスを手にする。
他の五人も同様にグラスを取り、ボーイの掛け声を待つ。
「クリス少年の今後の活躍を期待し、ミズ・スタイナーの美しさに敬意を表しましてぇ…」
ボーイの大声が店内に響く。
「かんぱーいっ!」
乾杯!
六人は、それぞれの高さでグラスを掲げた。
この日一同が集ったのは、クリスの歓迎会兼ヘレン含めた全員の親睦会のためであった。
次に休暇がきたらやろうと、ボーイ達は話していたのだが。その休暇がやってこないまま、クリス着任から十日が過ぎてしまった。駄目で元々の気持ちで、訓練を早めに切り上げたいとの申し出をしたところ、ヘレンはあっさり了承してくれた。こんなことなら早く言えばよかったとボーイは悔やんだが、誰に文句が言えるでもなかった。
「なんですの、さっきの掛け声は?」
ボーイが席に着くと、隣からナチアが文句をつけはじめた。
「感動的だったろ」
平然と答える。
「クリスの分はともかく、教官のあれは、なんですの?」
「おっ、やきもちか、ナチア」
「馬鹿を言わないでいただきたいですわ」
「照れるな、照れるな」
「まったく。店中に注目されてしまったではありませんか」
ナチアの言葉はそのとおりであった。チーム・マーベリックの六人は、従業員を含めた店内中の注目を集めていたのである。
これまでに二回の大喧嘩を繰り広げたシン、ボーイ、ユーキ、ナチアの四人は「クレイジー・ボーイズ」の名称で、すっかり街の有名人となっていた。さらにこの日は、新しい二人も加わっている。一人は、褐色の肌を持つ長身の女性。一人は、明るいブラウンの髪を持つ利発そうな少年。しかも、全員が軍服を着用していた。
軍服の着用はヘレンが要求したものである。チームの連帯感向上という目的がある以上、軍服の着用は当然というのが、その趣旨であった。
理由はどうあれ、数を増したクレイジー・ボーイズが、全員軍服で乾杯をする姿は、壮観ともいえた。
「あらためまして、よろしくね、クリス」
ユーキがクリスに、笑顔を向ける。
「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
対するクリスは緊張気味に挨拶をして、一気にグラスを空けた。こういった場所が初めてであったし、何よりも、美人に左右から囲まれていることが、クリスの体を固くさせていた。短い間とはいえ、ともに過ごしたメンバーではあったが、ここまで接近したことはあまりない。十四歳の少年としては、平常心を保つのに懸命であった。
「教官も、今日はありがとうございました」
「こちらこそ。これからも、宜しくお願いします」
クリスの目の前では、ユーキとヘレンが、にこやかに話しはじめていた。
「どうした、クリス?」
途中で、シンが声をかけてきた。
「は、はい、大丈夫です」
あまり意味の繋がらない返答をする。大丈夫じゃありません、と言っているのと大差ない。この時すでに、クリスは酔っていたのである。
「どうしたの、クリス?」
続いてユーキが覗き込むと、すっかり赤くなった顔がそこにあった。
「ユーキ、クリスのグラスは、アルコールか?」
「ううん。そんなこと、ないんだけど…」
シンに対してユーキが首を振る。ユーキがクリス用に頼んだのは、ただのジュースであった。
「ぼ、ぼく、大丈夫ですから」
クリスの上半身は、緩やかに円を描きはじめていた。
その横からヘレンの腕が伸び、空になったクリスのグラスを、形のいい鼻に近づける。
「…少し、強いですね」
シンとユーキが顔を見合わせた時、横から明るい大声がした。
「おっ、どーしたクリス、もう酔っぱらったかっ」
あくまでも明るいボーイである。
「犯人はお前か」
やれやれ、といった顔でシンが首を振り、ユーキが小さく溜め息をつく。
「また何か、やりましたの?」
ナチアも呆れた声をだす。
「なーに、元気の出る薬さ。な、クリスっ」
ボーイの大声に刺激されてか、ヘレンに介抱されていたクリスが、突然顔を上げた。
「はいっ、ボーイさんっ」
高い声が響く。
ユーキとヘレンが押さえようとするが、逆にボーイが煽り立てた。
「よーし、それじゃあ、なんか言ってみろ、クリスっ」
「はいっ。ぼっ、ぼくはっ…」
「ぼくはっ?」
「ぼくはっ、負けなーいっ!」
制止するユーキとヘレンの腕を払いのけ、クリスはいきなり立ち上がった。何に負けないのかは、無論よく分からない。
「ちょっと、酔うの早すぎ」
「飲んだことありませんの?」
戸惑うユーキと、呆れるナチア。どちらの声も、クリスには届かない。
「負けるもんかーっ!」
「いいぞーっ」
喜んでいるのは、ボーイと店の客達であった。
ボーイの扇動をナチアが咎めたが、あまり効果はなかった。
この頃になると、シンはとめることを諦めて、自分のグラスを傾けている。
「ぼくは大人だーっ! ぼくは、子どもじゃなーいっ!」
テーブルに上ったクリスが絶叫する。
「そのとーりぃ!」
店内から、やんやの声援が上がる。
クリスはテーブル上で何やらポーズを作る。
「見てっ、ガッツ・ポーズだってできちゃうっ!」
クリス自身、自分が何をやっているのか、もはや分かっていなかった。
「見てっ、ぼく…、ぼくっ…」
本人曰くガッツ・ポーズの格好のまま、クリスはゆっくりと、テーブルの上に倒れ込んでいった。
「おーっ」
「よくやったーっ」
少年が倒れたことに対しても、店の客は惜しみなく賞賛の声をあげていた。
続く




