第十二話「六人」
宇宙暦七百九十八年五月一日。シン達一同は、真に天才と呼ばれるべき人物に出会った。
クリスティン・ローゼス。通称クリス。
軍での階級は伍長待遇。チーム・マーベリックの六人目。この少年こそが、その人物であった。
「クリス、おまえって、本っ当にすげぇな」
同年五月七日。昼の弁当を食べながら、ボーイが少年に声をかけた。
「そんなことないですよ」
クリスは、困ったような照れたような笑顔をみせる。
実際の年齢は十四歳であったが、幼い顔立ちのせいか、二、三歳は下に見られてしまう。
「ううん、すごいわよ、クリスは」
ユーキが微笑むと、結ばれた黒髪が小気味よく揺れる。
クリスの最初の挨拶から、一週間。その間の食事の時間のほとんどが、似たような会話で占められていた。
つまり、ボーイとユーキがクリスを褒めて、クリスが謙遜する、という会話である。
ナチアなどは、おだてすぎと思っていたが、無理には口をはさまなかった。シンも、基本的には会話を眺める側にいる。
「いや、まさか、あそこまで突っ込んで知ってるとは、驚いたぜ」
「ほんとよ。あれ、二ヶ月前に発表されたばかりの論文なんでしょ?」
この時の話題は午前中の講義についてであった。
ワープ理論と、その応用。
クリスはその講義の中で、つい最近発表となった論文を引用し、今後の技術革新について自らの見解を披露したのである。発想の着眼点と構成力には目を見張るものがあり、約一時間の講釈を聞き終えた一同は、盛大な拍手をもって少年を称えたのである。
クリスの天才ぶりはあらゆる方面に及び、何やら多忙になってきたヘレンの代わりに、しばしば講師として四人に講義するほどであった。四人がこの数週間で学んできた講義のほとんどは、クリスにとって既知の内容だったのである。中でも、コンピュータやサイバー・スペースに関する知識と能力は素晴らしく、突出していた。
「たまたま、調べていただけです」
「そもそも、それがすごいわよ」
一同の会話は和やかに進む。
「ぼくなんかより、皆さんの方がすごいですよ」
「わたし達が? どうして?」
「だって、あんなすごい白兵格闘、ぼく、初めて見ました」
クリスは目を輝かして四人を見まわした。
如何な天才・クリスといえど、格闘戦においては、他の四人に大きく譲らざるをえなかった。もちろん年齢的な理由も存在するが、たとえ成長しても、シン達四人のレベルに到達することは不可能に近かった。しかしながらこれは、四人の戦闘力が高すぎるためであり、一般的なレベルから見れば、クリスの身体能力は十分に標準的である。特に反射神経などは、頭の回転と比例するかのように高く、戦闘機のシミュレータ訓練ではシン達に匹敵する力を示していた。
「ぼくも、ボーイさんみたいになりたいです」
うっとりとした目で、クリスはボーイの体を眺めた。
そんなクリスを見て、一同は僅かの間沈黙してしまう。クリスの身長はボーイのそれより、頭二つ分は小さい。体重に至っては、二倍どころか、三倍くらい異なる。とてもではないが、同等のサイズになるとは想像できなかった。
「そ、そうか。がんばれよ、クリス」
ボーイの声にも戸惑いが混ざっていた。
その声を聞いて調子を戻したのはナチアである。
「およしなさい、クリス。筋肉馬鹿になど、なる必要ありませんわよ」
「誰が馬鹿だ、誰が?」
「あなた以外に、誰がいると言いますの?」
だから馬鹿は困りますわね、といった表情をつくる。
睨み合いはじめたボーイとナチアの中に、何とかクリスが割り込んでいく。
「あのぉ、でも、やっぱり、男としては、ボーイさんみたいな体に憧れますよ」
「こんなの、どこがよいですの?」
「こんなのとはなんだ、こんなのとは?」
言い合う二人を、ユーキがとめる。
「ほーら、二人とも、クリスがしゃべれないでしょ」
こう言われては、ボーイもナチアも引き下がらざるをえない。
「あの、ぼく、こんな体だし、こんな顔しているから、子どもっぽいとか、よく言われるんです…」
いくら天才少年とはいえ、思春期であることにかわりはない。多分にコンプレックスを抱えていることは、容易に推測できる。
「ナチアさんは、ボーイさんの裸を見たことありますか?」
「ありませんわよ」
即答するナチアを、ほとんど無視してクリスは続ける。
「ぼく、見ました。すごいんですよ、もう、なんか岩みたいで。硬そうで、こう…盛り上がりとか…」
ナチアと、さらにユーキの視線を受け、ボーイが大きく首を振る。
「シャワーの時だ。訓練のあとの。誤解なんかすんな」
「わかってますわよ」
つまらなさそうにナチアは呟き、ユーキは小さく首肯した。
「男なら、やっぱりこうでなくっちゃ、って思いました」
「いずれにしても、ボーイを目標にするのはよくありませんわね」
少年の結論はあっさりと否定され、ナチアとボーイの口喧嘩が再開した。
「何がよくないんだ、え?」
「不細工な筋肉だと、先ほどから言ってますわ」
「なにが不細工だ。戦うために必要な、機能美だ」
「力など不要。反射速度と、事象の予測が肝要ですわ」
「そうやって、ボディ・スーツに頼っていると、最後の最後で寿命を縮めるんだ。覚えておけ」
「最後にしか出番のない筋肉よりも、危機感知システムの習熟にこそ、身を入れるべきですわね。凡人への忠告ですわよ」
「誰が凡人だ」
「気品もなければ、知性もない…。憐れですわね」
「どこの誰に、気品と知性があるって?」
「あら。わかりませんの?」
自らの胸に、そっと片手をあてる。
「…ナチア。おまえ謙虚って言葉、知ってるよな?」
「もちろんですわ。わたくしには不要ですけど」
「どうしてだ?」
「半端な才能しか持たない方々が、後々に恥をかかないためにこそ、謙虚であることの意義がありますもの」
「相っ変わらず、高慢だな、おまえ。この傲慢女」
「あなた程度の人間に傲慢呼ばわりされるのは心外ですわよ」
なおもやり合う二人を、シンとユーキは穏やかに見ていた。もはや、この二人のやり取りはレクリエーションのひとつとなっていた。
シンとユーキほど達観して見ることのできないのが、まだ合流して日の浅いクリスである。はらはらしながら二人の口論を聞き、
「あっ、あのっ、ボーイさんも、ナチアさんも…」
と、仲直りさせようと努力するのである。
「なんだ?」
「なんですの?」
振り向く二人の視線に、射竦められてしまう。
「いっ、いえっ、その、あの…」
「どうした、クリス?」
「何が言いたいんですの?」
「あの、ですから…」
「なんだ、言ってみろ」
「ボーイが恐くて、声が出ないのですわ」
「なんだとっ」
「なんですのっ」
結局、二人をとめられなくて俯いてしまう。
そんなクリスに、ユーキが優しく声をかける。
「いいのよ、クリス。わたしも最初は、どうかしなきゃって悩んだけど。この二人は、これで楽しんでるんだから」
「でも…」
顔を上げたクリスが何か言うよりも早く、ナチアとボーイが割り込んでくる。
「ちょっとユーキ、聞き捨てならないですわよ」
「そのとおりだ」
「わたくし達のどこが楽しんでますの?」
「愛し合っていると言ってくれ」
「お黙りなさいっ、気分が悪いですわっ」
ユーキも加わって、さらに賑やかになる会話を聞きながら。シンは、クリスの横顔を眺めていた。話に入ろうと努力している姿が何とも微笑ましい。
しかしながら違和感は残る。クリスはあくまで、わざと子供の振りをしている。あれほど賢いクリスに、完璧とは言わないまでも、大人としての振る舞いができない訳がない。本当の自分を隠すために演技をしている、と見るべきか。それとも、子供としての役割を果たそうとしている、と見るべきか。どうやら他の三人は、好意的な立場をとることに決めたようである。
「それはそうと、やっぱり、マーベリックの目的は、教えられないか?」
ボーイが尋ね、ナチアが呟く。
「しつこいですわね…」
「おまえに聞いてるんじゃねーよ」
顔を向けられたクリスは、申し訳なさそうに返事をする。
「すみません。教官から、きつく口止めされていて…」
「そうか。仕方ねぇな」
「すみません」
「いいって、何回も聞いて悪かったな。これが最後だ」
「はい」
この少年には知らせていて、自分達には教えられない。それとも、クリスは知っているからこそ呼び寄せられたのか。
いずれにせよ油断はできない。子供とはいえ信用はできない。しかし。
大声で会話を再開したボーイの横で、シンは、自らの立ち位置を確認した。
クリスは、いい子だ。
自分の直感はそう判断を下している。例えその判断が間違っていても、結果は変わらない。正解か不正解かではないのだ。今の自分が選ぶ答えは、最初から決まっていたのである。
よろしくな、クリス。
シンは心の中で、五つ年下の少年に挨拶をした。
<次回予告>
パーティーは夕方から始まった。
場所は、いつもの黒猫亭である。
次回マーベリック
第三章 第十三話「親睦」
「えー。それでは不肖、ボーイ・ブロスが乾杯の音頭を取らせて頂きます」




