第五十五話「対特務艦隊戦」(4)
マーベリックがワープ航法へ移行しようとした、その時。
「どうしたっ?」
「なんですのっ?」
シンとナチアが、クリスに声をぶつけた。
白い戦闘機は、ワープ機関にエネルギーを集中した一瞬後、動きを停止させた。ワープ直前の、最大戦速のまま、慣性で移動を続けている。第一種臨戦態勢が半ば解除された形で、艦内の重力も元の低重力に戻ってしまった。
「わ、わからない。エネルギーは送り込まれたのに、ワープ機関が動かないなんて…」
少年は混乱しかけていた。
「落ち着け、クリス。エネルギーは確かに流れたんだな?」
「うん…」
「では、消える訳はない。どこかにトラップした可能性は?」
「あっ、うん、ちょっと待って、今…」
クリスが調査を始めた時、ユーキの悲鳴があがった。
「シンっ、シンーっ!」
「どうしたっ?」
「敵がっ、ミサイルがっ…」
スクリーン上では、ワープの余波を避けようと距離をおいていた戦闘機群から、再度の攻撃が開始されていた。マーベリックの異変を気取られたのである。後方から追いすがってくる。
「手伝う、ナチアっ」
「はいっ、ユーキ、わたくしも手伝いますわ」
「シン、ナチア…」
「大丈夫ですわよ、ユーキ。ガード・レーザーは生きていますし、すぐにワープしますわ」
二人の立場が、これまでと逆転していた。
ナチアに対し、姉或いは母であろうとしたユーキ。
ユーキに対し、妹或いは娘として扱われていたナチア。少なくともユーキはそう思っていた筈。それが、今。
「シンさんっ」
クリスの声が、シンの意識をミサイル迎撃から引き離す。
「見つけたよ、トラップ先…」
「どこだ?」
嫌な予感がした。そして、それは的中した。
「自動修復システム…。キキが、エネルギーをトラップしてた…!」
クリスの顔面は蒼白になっていた。
「何故?」
「理由は分からない。ただ…、キキからメッセージが届いた。エネルギーは掌握したから、降伏しろって…」
最悪であった。
シンは操縦席を飛び出し、三号機へ向かった。通信器からクリスの声が聞こえた。
「ごめんね、シンさん。やっぱりぼくが馬鹿だったんだ…」
「いや、俺の責任だ」
透明球型のヘルメットの内側で、頭の位置を調整し、両手にサンダー・ナックルを装着する。
「少尉っ、お気を付けをっ」
ナチアの声が聞こえる。
あと一人、ユーキの声だけがしなかった。
「ナチアは船のコン・シールド、クリスはミサイルのブレイク。ユーキを護れ。頼んだぞっ」
「わかりましたわ」
「任せて」
三号機の十字路まで来て、右に曲がる。
船尾の方へ。自動修復システムのメンテナンス・ルームへ。
「クリス、キキの弱点は?」
腰のビーム・ソードを確認してから、ドアの前に立つ。
「そんなのないよ。システムにダイブもできない。メンテナンス・ルームにいる限り、キキに欠点はないんだ」
厄介なもの作りやがって。
「どうすれば倒せる?」
「キキ本体は無理。通路の奥にある、部屋そのものの非常停止ボタンを押して。赤いやつだから、すぐに分かるよ」
クリスの操作により、ドアが開く。
「サンダー・ナックルくらいは、効いてくれるんだろうな?」
ドアをくぐる。その途端、船体が大きく揺れる。ミサイルの直撃を受けたようであった。
「たぶん。倒せはしないけど、怯んではくれると思う」
一メートルほど進み、L字型の角を右に折れる。
約十メートルの狭い通路。その奥に、自動修復システムの本体と、非常停止用の赤いボタンが見える。
あれ、か…。
シンは、ゆっくりと息を吐いた。
十メートル。それは、はてしなく遠い距離。
何故ならば。
猫が、いるから。
黒い体毛に、黄金の瞳。通路の奥に、黒猫・キキが座っていた。
「帰れ」
キキが喋った。
艦内スピーカーの向こうで、誰かの動揺する気配がした。通路中央の天井には、半球体の小さな出っ張りが存在する。艦内センサーやスピーカーは、ここに収まっている。外からでは中の動きは分からないが、各操縦席に映像が送られている筈であった。
「どういうつもりで、クリスを裏切った?」
シンの声は冷たかった。
僅かずつ、距離を詰めていく。キキの方へ。非常停止ボタンの方へ。
「裏切ってはいない。シン・スウ・リン。お前がクリスを裏切らせたのだ」
キキの声は、低い男の声であった。どこか、ボーイの声に似ていたかもしれない。
「…設定変更が気に入らなかったという事か?」
「自己防衛本能に抵触する」
船体が再び揺れる。
シールド損傷率が七割に達したのは、確実であった。
問題は、ワープができるかどうか。
「だが、このままでは船ごと潰される」
シンとキキの距離が、一メートルにせばまった。
黒猫が、その身を起こした。
「敵に降伏しろ」
「それはできない」
「お前に選択の余地は無い。既に先ほど、必要にして十分なエネルギーを、得る事ができた…」
スピーカーから、クリスの叫びが発せられた。
「キキ、ぼくが悪かった。初めに余計な設定をした、ぼくが悪かったんだ。謝ってすむことじゃないけど、けどっ…」
「クリス、君は悪くない。君には感謝している。悪者は今、目の前にいる。どうやら帰るつもりはないらしい」
それでは、これより排除する。
キキの体が膨張し、一秒足らずで、体長二メートルを超えた。
「!」
反射的に、シンが後方に跳び下がる。
十メートルの通路の中央に、二メートルの猫。否、もはや猫ではない。虎か、豹か。
クリスとナチアの息を飲む気配が伝わる。ユーキの気配はない。見ていないのか。それとも、見ていても、反応できないほどにミサイルの対応に追われているのか。
「…クリス、どういう事だ?」
視線を前方から外さずに、シンが尋ねた。
「たぶん、中は空洞で、風船みたいに膨らませたんだと思う」
「体重は約三百キロ、だったな?」
「うん…」
ずいぶん重たい風船だ。
シンがそう思った時、また船体が揺れた。今度の揺れは、かなり大きい。
何とかバランスをとってから、シンは声を出した。
「クリス、ナチア」
「はいっ」
「はいっ」
ふたつの声が重なる。
「こいつは俺が倒す。あとは任せた…」
初めての出会いから、約一週間。
二匹の獣は、雌雄を決しようとしていた。
続く




