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「言うのは心苦しいのですが、人心が離れた殿下に国民はついて行くのでしょうか。帰還式で聞きました。ローラムの竜王との約束は殿下がいないと始まらないのでしょ。殿下はアメリアを留守にするのです」
最悪、俺の居ない間に国を乗っ取ってやるぞ、っていう脅しか。
「もし、俺がローラムの竜王との約束なんてクソくらえだ、って言ったら?」
「殿下は王座のために国民を見捨てられた。それこそ人心は離れていくでしょう。帰還式でエンドガーデンの危機を公にしたのです。今も国民はガリオンやザザムの竜王に怯えています」
エリノアは、ただ権力闘争のためだけにブライアンを王にしようっていうわけでもないらしい。
「ブライアンを王にすれば、俺の手助けを国を挙げてやるのだな?」
「はい、そのつもりです」
引き出せるものは引き出せたか。ごねるのもここまでだな。
「言ったこと、忘れるな」
「はい、リーマン殿が証人です」
床に這いつくばってうなだれているリーマンは、ひょこっと顔を上げた。今までずっと石板タイルの模様を見て、俺たちの話を聞きつつ舌を出していたのだろう。それがきょとんとした顔をしている。
「さぁ、立つのです。リーマン殿。ブライアン王に挨拶を」
毅然とした声であった。エリノアは今、王太后陛下となったのだ。リーマンはおずおずと立ち上がり、ブライアン王の前にひざまずくとその手に口づけをした。
「ブライアン王にお子がおりませんから現時点、王太子の称号を持つ者はこのアメリアでは不在となります。ですが、殿下にはそのまま継承権第一位の王嗣でいて頂きます」
俺はブライアン王の前に立った。ひざまずき、その手に口づけをしようかと思った。だが、そのしぐさを見せるとエリノアが俺を止めた。
「口づけは今後よろしかろう。殿下は今日、国王とならず、エンドガーデンの英雄となったのです」
国王に対して口づけをしないというのは破格の待遇と思っていい。だがなぜか釈然としない。乗せられたような気もする。俺たちは謁見の間のあと、先王陛下アーロン・バージヴァルの寝室に通された。
リーマンはアーロン王の手を握って泣いていた。本心から泣いているのかウソ泣きなのか、定かではない。アーロン王の顔は安らかだった。苦しんだ様子もない。むしろ微笑んでいるかのようだった。楽しい夢を見ているんだろうなと思ってしまう。
その笑顔から、カール・バージヴァル暗殺にアーロン王から手渡された毒薬を連想してしまっていた。アーロン王曰く、無味無臭、幻覚作用もあり、眠るように逝ける。眠るようにとは、夢見てとも取れる。
部屋を出るとリーマンに誘われて、リーマンの部屋に入った。リーマンが言うには、アメリアにとってブライアン王は上手くないそうだ。
これから順次、葬儀のための式典や行事を重ねていくという。そこには必ずと言っていい、他国の王族が来ることになっている。
言うまでもなくブライアン王は幼少だ。十八になっていないからもちろん、エトイナ山には登っていない。この世界では魔法が使えて初めて王族の正式メンバーとなる。ブライアン王は魔法も使えないどころか、まだ王族の正式メンバーですらない。それはつまり、継承権はまだ持ち合わせていないということだ。
そのブライアンを王にするのだ。アメリアの国民は納得しても、他国の王族が黙っていない。エリノアは市民の出だから他の王族との付き合いもなければ考えも進歩的なのだろう。俺に軍を与え、エトイナ山に行くことも許した。
その点からいっても、他国の王族との軋轢を生む。そのうえでの、ブライアン王だ。アメリアは他国からどんな嫌がらせを受けるか分かったものではない、ということになる。最悪の場合、戦もあり得るってことだ。
「十八に満たなかった王が過去にもいたんだろ。その時はどうしたんだ」
この世界にはまだ科学が発達していない。子が生まれる、生まれない、男か女かは人の力ではどうにもならない。だが、永く王家が存続したからにはその対処法もあるはずだ。
「五つの王族は文化もしきたりも違いますが、兄弟のようなものです。一つの王族に男子がいないとなれば、別の王族から男子を貰い、王にする。今回の件で言えばユーア国がいいでしょう。古くから血の繋がりがありますし、そうですね、女子をあてがうならさしずめアリスがいいでしょう。彼女を妃にする。もし、アリスがお子を多く産めばブライアンは他国に出される。そういう意味で言えば、エリノアは大罪人です。エンドガーデン全体の秩序を乱したのです。本来ならあなたという健康な男子がアメリアにいるというのに」
困っているかのように見せてリーマンは、実は喜んでいる。人生諦めたが、このわたくしめも捨てたもんじゃない、って思っているのであろう。説明するリーマンの表情はそんな風である。そもそもこいつ自身も王族たちの誓いを反故にし、アーロン・バージヴァルを皇帝にしようとしていたのではないのか。
エリノアと何ら変わらない。俺としても、エンドガーデン全土から人を集め、エトイナ山に向かうつもりだった。他の王族との軋轢は避けては通れない道なのだろうが、いずれにしても聞けば聞くほど全くのいばらの道だ。俺はローラムの竜王にエライ仕事を請け負ってしまったと今更ながら後悔してしまう。
ともあれ月日は、俺たちのことなんて構ってはくれない。夜が明けてアーロン王の死が公表される。棺は竜王の門から市街地の大聖堂へと運ばれていった。先王を送るセレモニーやら、葬るための儀式やら順次行われていく。
リーマンの指摘通り他国の王族の姿はまばらだった。リーマンの説明にあったが、比較的血縁の近いユーア国の王太子だけがブライアン王に謁見したようだ。他は葬儀には出てもブライアン王に挨拶をせずに帰って行った。アーロン王には敬意を払ったのであろう。だが、ブライアンを王として認めていない。
かといって、この俺を焚き付ける者もいなかった。キース・バージヴァルの裁判は王族の間では知らぬ者はいまい。悪童のうえ、変わった性癖の持ち主。唯一褒められた俺の英雄譚、ローラムの竜王との契約の話は誰にも相手にされていない。どの国でも帰還式では作り話をするそうだ。そのうえブライアンに王を譲ったことで俺の評判はさらに落ちている。誰も俺に近づこうとはしなかった。
アーロン王の死を疑問視した他国の王族もいたようだ。リーマンが教えてくれた。スパイを使ってエリノアのことを嗅ぎ回っていたという。動かぬ証拠を掴んでブライアンを廃し、自分の一族の中からアメリアの王を出す。
証拠なんて見つからない。暗殺はおそらく、執政や大臣ら、国民議会議長や大司教等々、この国の重鎮全ての同意、全員が犯人みたいなものだ。この秘密は誰も彼もことごとく、自分の墓場まで持って行くに違いない。




