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 俺は玉座の前にひざまずいていた。正面の玉座にはアーロン王がいて、その両サイドには執政を始めとする多くの大臣、長官が並んでいた。


 アーロン王の頬は痩せこけていた。よっぽど神経をすり減らしているのだろう、精気が全く感じられない。ただ、プールポワンの詰め物はがっちり入れられていて、肩は盛り上がり、胸板は厚く見える。


 頭には王冠、手には王笏おうしゃくと宝珠があった。飾りばかり目立って本人の存在感は全く感じられない。大きな玉座も、持て余すように座っている。


 執政が前に出て、紙を読み上げる。高らかに、そして、ぎょうぎょうしく、文を読む。


 かいつまんで言えば、ドラゴンと契約して来いってことだ。慣例では幾つかの行事や儀式を経たのち、十八歳の誕生日になって初めてそれが許される。内外の王族を招いて酒宴も、その中にはあった。


 どうやら俺はそのどれもをやっていないようだった。それで、なのだが、主だった臣下を集め、あたかも過去からずっと続いてきた式典のようにこの場がそうなっている。


 これは俺にとって都合のいい事だ。思いもかけず、アーロン王に会える機会を得たのだ。しかも、公式のようで公式ではない。伝統を無視したことなのだから、俺がどう出ようが誰にも咎められない。


 大司教に会う理由はもう考えている。あとは切り出すタイミングだけだった。


 執政が全ての文を読み上げた。この後、王による有り難い言葉があるのだろう。そして俺は、それに対して受け答えをしなければならない。その時こそチャンスだ。大司教と会うことを訴えてやる。


 ところが、アーロン王は黙して動かない。寝てしまったのだろうか。いや、目はきっちりと開いている。何ともやりにくい男だ。謁見の間は水を打ったように静かだった。


 俺もイライラとしたが、執政もイライラしたのではないだろうか。だが、それをおくびにも出さず執政は、すでに王の御言葉を頂いた風を装って、言った。


「キース・バージヴァル殿下」


 俺も有り難い言葉を頂いたつもりでうやうやしく立ち上がり、如何に国王が偉大かを言い、今回の決断への感謝の意を述べた。ちょっと調子に乗り過ぎて嫌味に取られたかもしれない。だが、それくらいが丁度いい。兵隊の行進では足を高々と上げるだろ。見ようによっては滑稽だが、こういうことはぎょうぎょうしく、大げさにやるものなのだ。


 王権の権化で、伝統の担い手たるアーロン王は誰よりもそれを分かってくれるのではないだろうか。なのにだ、反応が薄い。いや、全くない。


 おそらくは、ご立腹なのである。俺は儀式を経ずしてローラムの竜王と会う。アーロン王は、自分が考えているものとこれは違う、と叫びたいはずだ。


 そもそも一足飛びにこうなったのは例の、罪なき兵団騒ぎが原因である。カールはどうしてそこまで古代の遺物にこだわるのか。


 カールと組んでいた学匠のハロルド・アバークロンビーは考古学者で冒険家だそうだ。王立騎士学校で教鞭を取っていたこともある。罪なき兵団は実在し、天から人を運んできた箱舟ラグナロクは今もどこかに眠っていると信じている。


 今回の事件で逮捕されたらしい。ハロルドは牢獄で、罪なき兵団を追え、と叫んでいるという。そこに箱舟があるらしい。


 もしかしてカールはドラゴンを滅ぼすため、過去の遺物を引っ張り出そうとしていたんじゃぁないだろうか。ハロルドの論だとラグナロクは眠っているだけ、だそうだ。


 言うまでもなく、王権はローラムの竜王によって保障されている。これは王権への挑戦に他ならないと、そう思うのは俺だけだろうか。


 今日、俺がアーロン王に会っているのもおそらくは、カールを廃嫡させるためだ。キースを真の王族として迎え入れ、王の後継者として内外に示す。


 俺の立場は悪くはなかった。当然、言葉の最後は自分の望みで締めくくった。


「私は一度、命を落としました。ですが、生かしていただきました。これはひとえに国王陛下のおかげであります。国王陛下の威光が天にも及ぶあかしなのでございます。ただ、大司教にも感謝したいと思っております。彼の言葉は国王陛下に及ばないまでも天に祈りを捧げてくれました。その努力は王家への尊崇の証でもあります。私は王家の人間としてそれに答えなくてはなりません。ローラムの竜王と契約に旅立つ前に一言礼を申し上げたく、それについて国王陛下に許可が頂きたいと思っております。どうかお許しを」


 アーロン王は立ち上がった。ひょろっと背の高い男である。それが言った。


「来い」


 無表情で一見、機嫌が悪いのか、悪くないのか分からない。まぁ、悪いに決まっているのが、ただ一言、来いと残してアーロン王は、玉座の後ろ、王の私室へ去ってしまった。


 式典が台無しって感じである。大臣やら衛兵やらが白い目で俺を見ている。俺のせい? いいじゃないか。あんたらが咎められるわけじゃぁない。


 俺は王の私室に入った。アーロン王以外誰もいない。部屋には大きなデスクがあり、書類が山となっていた。アーロン王は一日中、あの書類を読み、サインを続けているのだろう。ちゃんと仕事はしているようだ。


 俺の前に骨ばった手が差し出された。この仕草は見たことある。ムーランルージュで俺がやらされた。この場合、あれとは逆におれがあの支配人のようにやればいい。


 俺は進み出てひざまずき、アーロン王の手を取って、そこに口づけをした。


 アーロン王は何もなかったかのように、机に移動し、座った。


「立派な口をきけるようになったな」


 褒めてるのか、嫌味を言っているのか。俺は深々と頭を下げたままで、次に発せられる言葉を待った。


「そちの願い、聞き届けよう」


「有り難き幸せ」 俺はまた、頭を下げた。


「そちの願いをきいたのだ。の願いを聞き届けてくれるのだろうな」


 そう言うとアーロン王は引き出しから小瓶を取り出し、机の上に置いた。


「これをカールに飲ませよ」







 俺は、侍従武官のカリム・サンと侍従フィル・ロギンズを連れて長い廊下を自室に向かって移動していた。俺が無口なので二人とも喋らない。


 部屋に戻って来るとシルヴィア・ロザンに、おれ達でお祝いをしたい、なんかうまい物でもかき集めてくれと言い、部屋から追い払った。フィル・ロギンズには大司教との面会について言伝ことづてさせるため、教会に行かせた。


 カリム・サンと二人きりとなり、この状況に何か察したのか、カリム・サンの方から先に口を開いた。


「何か問題でも?」


 俺は小瓶を差し出した。


「なんです、これは」


「毒だ。無味無臭。幻覚の作用もあるらしい。苦しまず、眠るようにけるそうだ」


「こんなもの、どうして」


「旅の途中、カールに飲ませと国王陛下がおおせだ」


 ドラゴンとの契約にはローラムの奥深く、エトイナ山の山麓まで行かないといけない。言うまでもなく、危険な旅となる。それ相応の装備をした専門の部隊が必要だ。エスニックグループ“シーカー”と呼ばれる武装集団がその役を担う。その他には、契約を手助けするための介添人が旅に同行する。


 介添人は契約の経験のある王族の一員が選ばれ、カールの場合、アーロンの弟がその役を担った。因みにその弟とは賜姓降下しせいこうかし、ウォーレン州の知事となっている男である。俺の場合、アーロン王が介添人に指名したのはカールであった。


「それで、殿下はどう答えたのです」


「断ることなぞ出来まい」


 カリム・サンは言葉を失っていた。“十人の後見人”によるとカリム・サンは議会の回し者で、カールを守るためなら何でもやるという。


「俺を殺すか? カリム・サン」








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