3-2
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ベッドに入り、雨脚が激しさを増すのに不安に思いながら、眠りに就くと、まだ夜も明けない時間帯に牧場の扉を激しく叩く音を聞いて、目を覚ます。
「なんだ!」
俺は、反射的に飛び起き、廊下に出る。
レスカもパジャマ姿の眠たげな目を擦りながら、警戒するように唸り声を上げるペロと共に扉の方に近づく。
「なんで、こんな時間に?」
ヒビキが防犯魔法を使っているので悪意のある人間は近づかない。なら、誰がこんな時間に、と思ったところで扉の向こうから声が聞こえた。
「コータス、起きたか」
「バルドルか?」
俺が、扉を開けるとそこにはランタンを持ち、雨具を着た先任騎士のバルドルが立っていた。
「すまんが、川の監視に急遽人手が必要だ。準備をして来てくれ」
「わかった。すぐに向かう!」
俺は、自室に戻り着替えをする。
そして、腰に圧縮木刀を差してバルドルのところに戻ると、レスカも軽く着替えを終えて、雨具を手に待っていた。
「コータスさん、気をつけて下さい」
「ああ、わかった」
俺は、レスカから昨日使った雨具を受け取り、バルドルと共に外に出る。
外は、夜明け前で真っ暗であり、夜中の激しい雨は弱まっているが、それでも視界が悪い。
「バルドル、状況は?」
「川が増水しているから養殖所と潅漑用の水路の水門は、塞いである。昨日お前たちが積み上げた土嚢の近くまで水が来ている。これから水量が増えれば、危ない」
「了解!」
俺たちが辿り着いた時には、既に自警団だけではなく他の牧場主たちも集まり、ランタンを掲げて辺りを照らしていた。
ランタンによって照らされた川は、茶色く濁った泥水となっており、激しい勢いで流れている。
「バルドル、俺は何をすればいい?」
「今は、土嚢を積むのを手伝え! それから万が一に、上流から魔物が流れてくる場合もある。もし、危険な魔物が襲ってきたら討伐しろ。動け!」
他の自警団や牧場主たちも土嚢を積んで補強する中、俺とバルドルも手伝う。
微かに土嚢の隙間から染みる水は、町中に敷かれた緩やかな溝に従い、南の方向になだらかに流れていく。
牧場町の住人としては、例年に比べて雨が激しいらしく、少しだけ水位が高く何も対策なしだったら、町の西側の一部は浸水していただろう。
そして明け方に掛けて、雨脚は弱まり、日の出ではっきりと川の様子が分かる。
「これならこのまま土嚢を積んでおけば、大丈夫だろうな。早く帰ってシャルラの顔を見たい」
バルドルは、婚約者となった女性のことを思い出し、にやつく顔を落ち着けるように顎髭を撫でるが、全然落ち着けてない。
「そうだな。だが、何もなくてよかった」
俺は、そんなバルドルの様子に溜息を吐き、少しずつ事態が収束し始めたために先に牧場主が牧場仕事を始めるために帰って行き、自警団がまだまだ様子見で残る。
その直後――
「クソ! 端の方が決壊したぞ! 水が流れ込む!」
俺たちは、最も負担の掛かる場所に土嚢を積んで水を堰き止めていたが、端の方は土嚢が薄く、一部が押し崩されたようだ。
「お前たち、土嚢を運んで積み上げ……待て、離れろ! 魔物が流れてくるぞ!」
バルドルの警告と共に茶色の濁流の中を泳ぐ平べったく太くて長い魚類のような体にワニのような頭部を持つ魔物が水面から飛び出し、土嚢を持った自警団たちに襲い掛かる。
「うわぁぁっ――!」
襲いかかってきた魔物に身動きできない自警団の青年は、反射的に土嚢袋を盾にして身を守っている。
ソレはすぐにギザギザの歯によってズタズタに引き裂かれ、中に詰められた土が零れ落ちる。
俺は、腰の圧縮木刀を引き抜き、再起不能にしようと動く前に――
「させるかぁぁっ!」
ちょうど近くに居たオリバーが鉄板入りのブーツで魔物の横っ腹を蹴り飛ばす。
だが、その方向は、川の方向や俺やバルドルなどの戦える者のいる方向とは違い、南の方向に逃げていく。
「オリバー! 町中に逃げ込んだらどうする!」
「な! すみません、バルドルさん!」
「とにかく、自警団は、土嚢を積んでその決壊を塞げ! コータスは、あの魔物を追え! 俺は、引き続きここに新たな魔物が来ないか見張ってる!」
「了解した!」
バルドルの指示に従い、自警団は、激しく水が溢れる場所を塞ごうと土嚢を積み上げていく。
そして、俺は、バルドルの指示で魔物を追うが、その時オリバーも付いてくる。
「オリバー、なぜ付いてくる?」
「うるせぇ、左遷野郎! 俺様が自分で後始末をきっちり付けるんだ」
先程の魔物は、土嚢の隙間から染み出る水の流れが形成する溝にそって、ある場所に向かっていた。
その場所は、オリバーの家の牧場の敷地内だ。
「オリバーの家のブラックバイソン牧場に逃げ込んだぞ!」
「やべぇな! うちのバイソンたちが危ねぇ!」
共に駆け込めば、泥濘んだ牧場の敷地には、先に帰ったオリバーの親父さんが早速ブラックバイソンを放牧していた。
ブラックバイソンは、水牛系の魔物であるために、水浴びなどを好み、雨などを浴びて気持ちよさそうにしている。
「うおっ! アーガイル! なんでこんなところに!」
放牧のために出ていたオリバーの親父さんが、魚とワニの合わせたような魔物――アーガイルを見て叫ぶ。
アーガイルは、そのままブラックバイソンの中に、突如として乱入し、ブラックバイソンがパニックになって方々に散り始める。
「くっ、危ない! ――《ブレイブエンハンス》《デミ・マテリアーム》!」
俺は、身体強化と半物質化した魔力の籠手を纏い、オリバーの親父さんと突進するブラックバイソンの間に割り込む。
そして、角を掴み、泥濘む地面を押し込まれながら、受け止める。
「うぉぉぉぉっ!」
雨で濡れた足元では、いつもと感覚は違うが、リスティーブルのルインの突進を受けているために、押さえ込み、オリバーの親父さんが撥ね飛ばされるのを防ぐ。
「大丈夫か?」
「ああ、騎士の兄ちゃん、助かった。って、うちのバカ息子は!」
俺は、オリバーの親父さんを助けるために動いたが先行してアーガイルを狙ったオリバーを探す。
「うおりゃぁぁぁっ! ――《破斬》!」
腰のベルトに持っていたナタを振り下ろし、アーガイルの首の半分まで食い込む。
そして、魚類の体とワニの頭部を振り回して反撃しようとするが、オリバーの体格と体重で泥濘んだ地面に押し付け、ナタを一気に押し込む。
そして、ゴリッと硬い音が離れていた俺のところまで響き、アーガイルの血がオリバーの手や雨具を汚す。
首の骨を断ちきられたアーガイルは、痙攣するように体を震わせ、しばらくして身動きを止める。
「はぁはぁ、この、クソ魔物が! どんなもんだ!」
魔物との戦闘で興奮したのか、肩で息をする中、オリバーの親父さんが静かにオリバーに近寄る。
「親父、うちの牧場を襲う魔物を退治したぞ!」
「オリバー、今はそんなことより興奮したバイソンたちを落ち着ける方が先だ!」
振り返ったオリバーは、父親に諭されて、落ち着いたのか少し罰の悪そうな表情をする。
そして、魔物の乱入によって気が立っているブラックバイソンたちを牛舎に戻す中、バイソンたちの数が足りず、また牧場の柵の一部が踏み倒されていた。
「まさか、あのパニックで逃げ出したんじゃねぇのか!」
「とりあえず、後を追ってみよう」
俺は、オリバーと親父さんと共に、牧場の外に逃げたブラックバイソンを追う。
そして、見た光景は、何故か増水した川の中で立ち往生しているブラックバイソンだった。
「なんで、あんなところにいるんだ」
「ブラックバイソンは、水牛系の魔物だから、水を嫌わない。むしろ、外敵に襲われた時は川を渡って逃げ切る事だってある。だが……」
元々、元が水を嫌わず、自身が生き残る生存戦略が本能に従った結果だったのだろうが、今はタイミングが悪く強い雨の後の濁流となっている川だ。
「8号! クソ、俺があのとき魔物よりもバイソンたちを気にしていれば!」
アーガイルにブラックバイソンたちは襲われそうになったが、あの場ではキチンと逃げ出した。
陸地では、アーガイルは、魚類の体とヒレで這うように動いていたので、早々追いつけない。
また元々が種を生き残らせるために、群れの命を差し出して生き残ろうとする従属的な魔物なので、パニック直後、オリバーが上手く命令を出して誘導すれば、川を渡ろうともしなかっただろう。
「オリバー、諦めろ。むしろ、不幸な事故だ」
『ヴモォ~』
オリバーの親父さんが膝を付き、自身の行動を後悔するオリバーを慰め、濁流の中で立ち往生しているブラック・バイソンは、悲しそうに鳴いている。
「くそっ! 諦めきれるか!」
「おい、オリバー、何をするんだ!」
突然、弾かれるように駆け出すオリバー。
俺も後を追おうかと迷うが、オリバーはブラックバイソンを助けるために戻ってくるのでここで信じて待つ。
そして、しばらくして、オリバーは、自警団で使われる脱走した魔物を捕獲する投げ縄を持って戻ってきた。
「うぉぉぉっ! 今助けるぞ! 8号、おりゃぁぁぁっ!」
勢いよく振り回した投げ縄の輪っかが、河川の真ん中で立ち往生しているブラックバイソンの首に掛かり、縄を引くことで輪が締まる。
また、ブラックバイソンの大きな角があるので、もし首の縄が外れそうになっても大きな角が抜けないだろう。
だが――
「ぐっ! 動かねぇ!」
「バカ野郎! 危ない真似しないで、諦めろ!」
オリバーの引く縄はビクともせず、逆にミシミシと嫌な音を立てる。
体重500キロのブラックバイソンと濁流の圧力ではオリバー一人では、引っ張り上げるのは難しい。
「だから、無理なんだよ! こうなったら引き上げられねぇ! お前まで濁流に巻き込まれちまう!」
冷静な判断をするオリバーの親父さんに俺も同意見である。
下手に手を出して共倒れなど、なお危ない。それに捕獲用の投げ縄は、一本では効果が薄く、何本も掛けて、人間が体重を掛けて押さえ込むのに使うものだ。
オリバーだけでは、力が足りない。
そして俺は――
「――手伝う」
「左遷野郎!?」
「しっかり握れ、俺は、縄が切れない様に魔力を通す! ――《デミ・マテリアーム》!」
トレントの圧縮木刀のように魔力の通しやすい素材ではないが、握ったロープから浸透するように半物質化した魔力で強化する。
それにより投げ縄の強度が飛躍的に上がり、不穏な音を立てずにピンと張る。
「これは色々とキツイな!」
投げ縄のロープを手で握っているとは言っても、距離が離れるほど魔力の維持が難しくなる。
体を半物質化した魔力の籠手で覆ったり、魔力武器を作るより何倍も魔力を消費する。
「ぐっ、引っ張る力が足りない!」
ブラックバイソンは、ロープに引っ張られて数歩歩くが、再び止まってしまう。
その間にもロープに通した魔力を維持するために、体に貯蔵された養分を魔力に変換して不足分を補い続ける。
だが、このままジリ貧になりそうな中、助けが来た。
「オリバーさん、コータスさん、手伝いに来ました!」
「お前ら! 決壊した土嚢はどうした!?」
俺は、首を動かし、後ろを振り返ると、次々と自警団の面々が集まってくる。
「積み上げて塞いだ後、帰ってくるのが遅い二人の様子を見にきたら人手が必要だったんで、急いで半数を集めてきました!」
そう言って、俺とオリバーの後ろのロープを掴み、ブラックバイソンを引くのを手伝う。
「全員、息を合わせて引張れ!」
『『『オー、エス! オーエス!』』』
自警団たちが手伝う中、腕組みをして冷静に見ていたオリバーの親父さんも仕方がなさそうに溜息を吐いてロープを引っ張るのを手伝う。
そして、引っ張られたブラックバイソンは、川の真ん中から移動して、ゆっくりと歩いて、川から抜け出す。
「よかった! 本当に、良かった! 8号!」
『ヴモォ~』
少し疲れたような力ない泣き声とぐっしゃりと濡れた体を振われたブラックバイソンは、そのままオリバーの親父さんの誘導で牛舎に戻された。
怪我や衰弱している可能性があるので、少し様子見をするようだ。
そして、再び土嚢の場所に戻ろうとする帰り際――
「悪いな、オリバーの我が儘に付き合わせて。でも、なんであんな無茶したんだ。いや、Bランクの魔物や神竜と対峙する騎士の兄ちゃんに聞くことじゃないのかもしれないけど」
申し訳なさそうにする牧場主に対して俺は――
「王国民の人命や生活を守るのが騎士としての役割だからな。財産を守るのも俺の務めだと思ったからな」
「……そうかい。無粋なことを聞いたな。けど、次からは無茶しないでくれよ」
そう言って、自分の仕事に戻るオリバーの親父さんを見て、俺も自分の持ち場に戻る。
その際――
「おい、コータス」
「オリバー、お前……」
「助かった。だが、まだ、お前を認めたわけじゃないからな!」
言い捨てるように駆け出していくオリバーと小走りで集まった自警団たちの後ろ姿を見て、俺もバルドルのところに戻ろうと後に続く。
モンスター・ファクトリー1~3巻が発売中です。
書店で見かけた際には、ぜひ手に取っていただけたらと思います。
また、Web版第4章は、毎日投稿の予定です。
改めてよろしくお願いします。