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 辺境の牧場町で起きた異変の最初の場所がこのレスカの牧場ではないか、と感じた俺だが、それをレスカに伝えることはできなかった。


「まだ確証もないしな」


 リスティーブルが身体強化の魔法を使うようになったのも偶然かも知れない、それに他の魔物にも変化があれば、レスカに伝えることを決め、俺は裏手の井戸に来ていた。


「ピュアスライム。進化していてくれるなよ」


 日常的に使っている浄化水を供給してくれるピュアスライムの浄化装置の前に立ち、組まれた足場を上っていく。

 そして、水の注ぎ口の蓋を大きく開け、中が見えるように陽光を入れる。

 巨大な特注樽の浄化装置の底に蠢くスライムの核。そして、ゲル状の塊が底に存在している。

 細かなゴミや埃を取り込み消化し、浄化された水を溜め込むピュアスライム。

 とりあえず、見た感じ、ピュアスライムに変化はなさそうだ。

 ここ数日、使用している浄化水も味や品質の変化などについてレスカから話は聞いていないのでやっぱり杞憂だったか、とそっと蓋を閉じ、特注樽の中に減っていた水を補いために井戸から水を運び始める。


「ん?」


 ふと、視線のようなものを感じて振り返る。

 また放牧されたリスティーブルのルインが様子見に来たか? と振り返る先には、コマタンゴが数匹集まって俺を見上げていた。


「どうしてここに……いや、ここは湿気が多いから過ごしやすいか」


 井戸の側でもあるし、井戸やピュアスライムの浄化装置から蒸発した水分でやや湿気が多い。それを求めてきたのか、と思い気にせずに水汲みをすれば、いつの間にかコマタンゴたちは居なくなっていた。


「コータスさん。ご飯ですよ~」

「わかった! 今行く!」


 俺は、レスカに呼ばれて朝食の席に着き、のろのろと眠たげに起きてくるヒビキ。

 オルトロスのペロと暗竜のチェルナも集まり共に朝食を取る。


「そう言えば、今日は、魔物牧場の異変についてバルドルたちに伝えるだけで終わりか?」

「それは配達のついでにしちゃいましょう。今日は、リスティーブルのミルクとピュアスライムの浄化水、コマタンゴや動く野菜の畑で採れた野菜を売りに行きましょうか」


 俺やレスカ、ヒビキは沢山食べるが、それでも借りた畑で食べきれないほど出来る。そのために、一部の野菜は、少量だが売って現金化する予定だ。

 俺は、レスカの予定に頷く一方、ヒビキが気の抜けた声を上げる。


「あー、午前中は、革細工職人の製品に魔法を付与する仕事があるわ。それが終わって、明日の打ち合わせと次の納期が決まれば、数日の休暇よ」

「休暇かぁ。休みは何をするんだ?」

「そうね。気分転換にジニーちゃんに牧場町のお店とか案内してもらう予定なのよ! ほら、ジニーちゃんは、冒険者になるために剣の素振りとか魔法の練習とかしてるでしょ? でも休みも必要だと思ってね!」


 そういうヒビキに一理あるか、と思う俺だが、ヒビキの次の一言にガクッと肩を落とす。


「うへへっ、ジニーちゃんとデートよ。牧場町だから、服飾系のお店もあるって聞いたし、色々と着飾って可愛い姿とか見れるわよ」


 うへへっ、って、年頃の少女が口にしてはいけない言葉だろ。と思う俺。


「レスカちゃんも働き詰めなんだから、たまには休まなきゃだめよ。体壊しちゃうんだから」

「えっ、その、私、無理してませんよ? ちゃんと休んでいますよ」


 ヒビキに指摘されて、小首を傾げながら答えるレスカ。

 確かに、午前中は、自身の牧場や畑の管理をするが、午後に他の牧場主の手伝いがない日は、自由に過ごしている。

 食材の買い出しなどのついでに、好きなお店を見て回るそうだ。


「それに無茶するとどうしてもペロに止められちゃいますから」


 困ったように苦笑いを浮かべるレスカと朝食の肉を食べている途中で話題に上がり、当然とばかりに胸を張るペロ。

 そんなペロの頭に自然と手を伸ばし、撫でる。

 ちゃんと主であるレスカを見ていて偉いぞ。


「そうですね。そろそろ雨季も近いですし、雨期が過ぎれば夏ですから今のうちに洋服を仕立てて貰わないと」

「俺も少ない衣服でこの牧場に左遷されたからな。衣服の替えは欲しいな」


 日常的にリスティーブルの突撃を受け止め、撥ね飛ばされたり、魔物を相手にして衣服の消耗が激しい。

 激しい戦闘では、Bランクの魔物の襲来や真竜・アラドのブレスで衣服が駄目になることもあり、当初持っていた衣服は大分捨ててしまった。

 今は、レスカの叔父が残した服を借りているが、やはり自分の衣服を新しく買いそろえるべきだろう。


「それなら、一緒に服を買いに行きましょうか。今日は予定がありますので明日にしましょうか」

「そうだな。ちょうど、騎士団の方も非番だから問題はないだろう」


 俺とレスカが予定を決める一方、ヒビキが若干悔しそうにしている。


「ぐぬぬっ、明日、革細工職人との打ち合わせがあって、レスカちゃんの可愛い姿を見れないなんて! お義姉ちゃんに対する罰なの!」

「お前は、姉じゃないだろ。あと仕事だろ」

「そうとも言うわね」


 相変わらずなテンションに溜息が漏れる俺と苦笑いを浮かべるレスカ。


「それじゃあ、今日もお仕事頑張りましょうか」


 そう言って、食事を終えた俺たちは、それぞれの仕事に向かう。

 リスティーブルのルインを牧場内に放牧した俺とレスカは、リアカーを用意してそこにリスティーブルのミルクやピュアスライムの浄化水、収穫したコマタンゴ、朝の採れ立て野菜を載せてオルトロスのペロに牽いてもらう。

 いつもの巡回ルートをリアカーで配達し、リア祖母さんの薬屋にも訪れる。


「今日も配達ご苦労だね」

「レスカ姉ちゃん、コータス兄ちゃん。こんにちは」


 リア祖母さんの後から軽く会釈してくるジニーに俺とレスカは、微笑み返す。


「少しお邪魔して良いですか? 魔物の集団進化現象について話したいことがあるので」

「わかったよ。それならリアカーは裏に回して中に入りな。浄化水の運び入れもそっちから頼むよ」


 そう言って、俺とレスカをリアカーを裏手に回し、裏手からピュアスライムの浄化水のタンクを運び込む。

 その時、リアカーの見張りにペロがお座りの状態で待ち、チェルナは滑空して俺の背中によじ登ってくる。

 薬屋の中に入る俺とレスカは、リア祖母さんに勧められて座る中、レスカがリア祖母さんと対面し、俺は、ジニーの近くの椅子に座り、話に耳を傾けている。


「バルドル経由であんたらに調べて貰ったけど、何か分かったことはあるのかい?」

「現状、進化や変化の内容や時期を整理した結果、即座に討伐する必要のある魔物の誕生は確認されませんでした」

「おや、珍しいね。扱い切れない魔物が出る可能性があるのに」

「現状の牧場の延長上で対処可能らしいですね。あと、行える仕事の幅や生産物の幅が増えたそうです」


 そう言って淡々と話すレスカ。

 途中、ジニーが飽きてきたのか、本を取り出して読み始めるので、ちらりとその本を見る。


「ジニー、その本は?」

「あたしの好きな冒険譚の本」


 冒険者志望のジニーは、英雄譚が好きなのかと思えば、翌々見れば冒険者ギルドが発行している寓話集だ。


「懐かしいな」

「ん? コータス兄ちゃんも読んだことあるの?」

「小さい頃にな。あの頃は、英雄譚とか勇者の物語なんかが好きだった」


 冒険者の失敗談や教訓などが半数を占める本に懐かしさを覚える。


「今考えると、自分の身に息づいているのは寓話集の方だ」


 残り半分の英雄譚などは、冒険者は夢のある仕事として冒険者ギルドが混ぜた宣伝活動であり、義父に拾われた同時は、英雄への憧れが強くそうした物語を好んだ。

 だが、現実としては、俺は弱く、理想は高い。なにより生き残るための必要なものが何もないために歳を経るごとに寓話集の方が自身の中で息づいている。


「へぇ、じゃあコータス兄ちゃんの好きな話はなに? あたしは、【剛雷剣のゴライアスと炎弓聖のフレイアの英雄譚】が好き」


 雷の魔剣士で大剣を使い敵を薙ぎ払ったゴライアスと彼を支援し、炎の魔導弓をで戦場に火の雨を降らしたフレイアの夫婦冒険者の英雄譚だ。

 小さな村から旅立った幼馴染みの二人が幾たびの冒険を経て、スタンピードから町を守ったという話だ。


「あたしのお父さんも剣士だし、お母さん、弓使いだから」


 そう小さく呟くジニー。

 自身の両親に符合する点があるから好きだったのだろう。

 だが、この英雄譚。幼馴染み二人がスタンピードから町を守るのは事実だが、実は男性二人組だ。

 後生で生涯の冒険者仲間の重要性や強い絆を伝えるために名前や性別を一部変えて編纂されたらしい。

 なお、その二人組は、それぞれ幸せな家庭を築き、家族ぐるみの交流があったらしい、手記の写本に書かれていた、と義父の仲間の考古学好きの冒険者から教わった。


「それで、コータス兄ちゃんの好きな話は?」

「俺は、【弱腰ジョニー】が一番印象に残ってる」

「えっ、あのゴブリンから逃げ帰る?」


 冒険者登録した五人の少年たちが最初の依頼としてゴブリン討伐に出かける話だが、その中でジョニーという少年だけは逃げ帰ってくる、というお話だ。

 なりふり構わぬその姿から冒険者ギルドの中では、臆病者、弱腰の代名詞とも言えるが――


「この寓話には実は続きがあってな。ジョニーが逃げ帰ったことで、スタンピードの情報を持ち帰ることができ、町は未然に被害を防ぐことができた。という情報の重要性を説いた話なんだ」

「えっ、でも……」


 何度も読み返したのか若干擦り切れた本を捲ってその続きを探すが、その話はない。


「これは、その当時の冒険者ギルドの宣伝活動で変わった点だな。冒険者は、勇敢であるべき、という考えを広めるためにその対比として貶まれるような臆病者としてジョニーが描かれるようになった」

「そ、そうなんだ」

「だが、それは討伐依頼を失敗して多くの新人冒険者が無謀な行動で亡くなってしまうことが多くなるから後年、ゴブリンという弱い魔物でも殺されることがあり、油断するな。という教訓を教える意味合いに変わり、現在に至った」


 だが結局、後半の情報の重要性を説いた話が、戻ることはなかった。

 個人的には、その寓話の変遷の流れが面白くて好きだったりする。


「へぇ、そうなのか」

「まぁ、俺も聞いた話だ。真実かどうかは分からないが、そういう変遷の説があるらしい」


 そして、俺の背中にしがみつき、身を乗り出すチェルナは、ジニーの持つ本に興味を示したのか、ジニーの膝の上に移動する。


「なんだ? チェルナ、興味があるのか? なら、あたしが読み聞かせるな」

「ああ、頼む。だけど、レスカとリア祖母さんの話を邪魔しない程度の声でな」


 そう言って、ジニーの頭を一撫でしてからレスカたちの方に目を向ければ、微笑ましそうに微笑を浮かべている。

 そして、レスカの報告とジニーの拙い朗読の両方に耳を傾けると、ちょうどジニーの朗読する英雄譚が始まる。


 特にやることのない俺は、黙って待っていれば、レスカとリア祖母さんの話も大方終わり、互いの意見を交換し、牧場町の中で情報を共有していくらしい。


「レスカの話が終わったみたいだぞ」

『キュイ!』


 俺が童話を読み聞かせしていたジニーとチェルナに声を掛けるとチェルナは嬉しそうにジニーの膝の上から俺の背中に移動を始める。

 ジニーは、まだ童話の読み聞かせが途中であり、不満そうに唇を尖らせている。


「むぅ、まだ話終わってないのに」

「また今度な」

「……わかった。じゃあ、次の訓練の時に本を持って行く」


 そう言って、冒険者になるための基礎訓練の日に新しい楽しみが生まれたようだ。


「それじゃあ、私たちは、これで失礼しますね」

「後は、食べ物の配達とバルドルの居場所だけだけど……」


 正直、バルドルが今どこに居るか、分からない。

 魔物の森の側で監視をしているのか、それともどこかの魔物牧場の手伝いをしているのか、それとも町の巡回か、非番、自警団の男衆に訓練を施しているか。

 本来なら仕事の予定を作ったりするのだが、たった二人の騎士。それに自警団の方が組織力が強いために割とルーズだ。

 とりあえず、他の配達しつつ探せば良い、という結論に達した。

9月20日、オンリーセンス・オンライン13巻と新作モンスター・ファクトリー1巻がファンタジア文庫から同時発売します。興味のある方は是非購入していただけたらと思います。

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