5-2
5-2
レスカの配達したリスティーブルのミルクは、ウンディーネ牧場に運ばれた。
正確には、このウンディーネ牧場は、精霊のウンディーネではなくそれと勘違いしてウンディーネと名付けられた虫の魔物だ。
正確には、幻影蟲と呼ばれるが、現在では誤用のウンディーネ、もしくはウンディーネ・モドキの方が定着しているらしい。
その幻影蟲は、水辺に存在し、無数の小さい虫の集合体として存在する魔物だ。
周囲の人間の思念を受け取り、形や色を変えて、思ったことを忠実に幻影として見せるために、水辺に近づいた男のスケベ心から美しい美女像が生まれたらしい。
そんな幻影蟲は、成長と共に大きくなる結晶体の瞳がある。
これは、体は死に、朽ちても瞳の結晶体だけは残されて水底に残る。
それこそが、ウンディーネ牧場の特産である水寒石と呼ばれる保冷のための道具である。
「はい。リスティーブルのミルクをどうぞ」
「いつもありがとうね。うちの息子が背を伸ばすからって欲しがるのよね。はい、それじゃあ、お代の代わりの水寒石よ」
ウンディーネ牧場の奥さんがリスティーブルのミルク入りのタンクを受け取り、代わりに空のタンクと水寒石を受け取る。
これは、魔力を込めれば、冷気を発し、痛みやすい野菜や肉、リスティーブルの生鮮食品などの保存に使われる他、飲み物を冷やしたり、数を揃えれば、水から氷を生み出すのに使える。
魔力を込めるだけなら普段、魔法を使わないレスカでもできるのだ。
「さぁ、後は最後のコマタンゴの配達だけです」
「そうか。配達先は確か、宿屋だったか?」
「正確には、宿屋と酒場ですね。行商人さんたちが商品を仕入れるために泊まったり、町の牧場主さんたちが集まって料理やお酒を楽しむんですよ」
そう言って、ペロに指示してリアカーを牽かせる。
宿屋に辿り着くまでの道中では、バルドルは見つけられなかった。
「後でバルドルを探し歩くことになるだろうな」
「その時は、一緒に探すの手伝いますよ?」
「いや、いい。レスカは、牧場の方を優先してくれ。俺の方で探して説明する」
「そう、ですか?」
レスカは、納得しないが頷く。
まぁ、全力で牧場町を走り回って探せば、すぐに見つかるだろう。
これも良い鍛錬になるだろう、などと思いながら宿屋に向かう。
「着きましたね。それじゃあ、ペロは待ってて下さい」
行商人が荷馬車を停める箇所が空いており、そこにリアカーを止めて俺は、チェルナを頭にしがみつかせたままレスカと共に採れ立て野菜とコマタンゴを持って店内に入っていく。
「あら、レスカちゃん。いらっしゃい」
宿屋の受付では、宿屋の女将さんである中年女性が俺たちを迎え入れた。
「牧場で採れた食材を届けに来ました。受け取りをお願いします」
「それなら、いつもみたいに食堂の方に運んでちょうだい。うちの旦那が夜の仕込みをしているところさ」
そう言って、宿屋の女将さんに宿屋と併設された食堂に食材を運ぶ。
「いらっしゃいませ!」
「すみません。食材の配達にきた者です」
「はい、少し確認しますね」
そう言って、レスカよりも少し年上の給仕の女性が振り返る。
その女性は、最近見たばかりの人間に驚き、チェルナを迂闊に外に連れ出したことを後悔する。
「あっ、食材配達の人と、魔女の方と一緒にいた騎士さん?」
給仕していた女性は、記憶喪失の密偵・シャルラである。
落ち着いた色合いのワンピースにエプロンという大衆食堂らしい格好だ。
(コータスさん、お知り合いですか?)
(記憶喪失の密偵のシャルラだ。前に伝えたと思うが……)
こっそりと尋ねてくるレスカに俺は、そう説明する。
レスカとシャルラは初対面だが、記憶喪失の密偵については教えられているはずだ。
詳しく教えなかったが、すぐに俺とチェルナが揃って遭遇するのが不味いと気がついたようだ。
「どうして、ここに?」
「バルドルさんの計らいで退院すると同時に、ここで住み込みのお仕事を貰ったんです。今は、給仕として少しずつお仕事を任せて貰っているんです」
そういうシャルラの視線が俺と俺の後頭部にしがみつくチェルナに向く。
シャルラのキツそうな目がチェルナを見て、驚きに見開かれると共に、俺とレスカに緊張が走る。
「黒い、サラマンドラコ?」
「……まぁ、似たようなものだ」
サラマンダーが進化して羽根が生えて飛ぶことができるようになった魔物・サラマンドラコを知っているのだろう。
それと暗竜の雛であるチェルナを勘違いしたようだ。
目の前に対象である俺とチェルナが現れて動揺した様子はないために、記憶を取り戻す切っ掛けにはならなかったようだ。
そして、そんな俺たちとの遭遇に新たに一人が加わる。
「すまないが遅めだが、今日のランチか賄いでも貰えないか? 腹減った……って、お前たち」
「あっ、バルドルさん、いらっしゃいませ」
食堂で食材を持って突っ立っている俺とレスカ、それにチェルナ、シャルラと順番に目を向けるバルドル。
その時のシャルラの表情は、柔らかな微笑みを浮かべていたが、当のバルドルは愛想笑いを浮かべながら、俺に近づき耳打ちしてくる。
(まさか、シャルラの仕事の斡旋先を伝える前にコータスたちが来るなんて、なんで来た?)
(レスカの食材の配達だ。というか、退院するのは知っていたが、居場所くらい教えろ)
互いに小声で不満をぶつけるような睨み合いをする一方で、嬉しそうな表情をバルドルに向けるシャルラと満更ではなさそうなバルドル。
レスカは、俺とチェルナに極力視線を向けさせないままにこの場から立ち去るためにシャルラに話しかける。
「この食材を運びたいので案内をどこに運べば良いか案内をお願いしても良いですか?」
「はい。わかりました」
そう言って、シャルラに案内を頼み、俺とレスカは食材を所定の位置に置きに向かう。
そこには宿屋の親父さんが食材を確認するために待っていた。
「今日、採れ立てってことで見させて貰うよ」
「はい。お願いします」
そう言って、食材の入った箱の蓋を開ける親父さん。
その食材を横から覗き込むシャルラは、感嘆の声を上げる。
「すごい、立派な野菜ですね。」
「魔物産の野菜は、やっぱりいいな。どんな料理を作るか楽しみになってくる。それで、そっちはいつものか」
そう言って親父さんは、採れ立て野菜を運び、次のコマタンゴの入った箱を開ける。
手足を切られて動かなくなったコマタンゴがぎっしりと詰められた箱の中。
「ひっ!?」
キノコの傘を綺麗に並べられたコマタンゴを見て小さな悲鳴を上げるシャルラに目を向ける。
顔は真っ青で引き気味な様子でコマタンゴを見つめる。
すると、その中の一匹が、もぞり、と動き出して箱から出てくる。
「きゃっ!? 来ないで!」
後ずさり、足を縺れさせて転び、顔を庇うように手を交差させるシャルラ。
「どうした! シャルラ!」
そんなシャルラの悲鳴を聞いて、食堂で待っていたバルドルが飛び込んでくる。
だが、怖がる対象が人畜無害な菌糸魔物であるコマタンゴ一匹である。
それを見たバルドルは、間の抜けた表情をする。
「ど、どういうことだ?」
「すみません。出荷したコマタンゴに手足のついた子が混じっていたみたいです。ダメですよ、勝手に入り込んじゃ」
そう言って箱から抜け出そうとしたコマタンゴをレスカは、がしっと鷲掴みにして捕まえ、コマタンゴに注意する。
本能か契約した上位者であるレスカの命令しか受けないコマタンゴを叱っても理解していないようで、レスカに捕まれてもシャルラの方をじっと見ている。
まぁ、顔があるかどうかは分からないが……
「シャルラ、大丈夫か?」
「え、ええ……」
バルドルが差し伸べ、立ち上がらせるが、その怖がりようは普通ではない。
「シャルラは、キノコがダメなのか?」
「そんなことは、ないと思う……けど、なんだか、とても怖くなったわ」
シャルラ自身が震える手を押さえようとするが中々収まらない。
確かに、コマタンゴのような小さなものが群体として存在する様に嫌悪感などを抱くことはあるが、それとは少し違うように思う。
「あー、今日の仕込みは、コマタンゴを使った料理の予定だけど、シャルラちゃんは、苦手そうだな。空いている時間に仕込みの手伝いをして貰ってるけど、できそう……に、ないな」
首を横に振って泣きそうな顔のシャルラに溜息を吐く宿屋の親父さん。
「とりあえず、今日は休んだ方が良い。それに、明日も一日休むといい」
「だけど、お仕事を貰って……」
「構わん。それよりも調子を戻すのが先決だ。体は資本ってな」
「シャルラ。今は休むべきだ」
そう言って、親父さんに説得され、震える体を支えられて休むように誘導される。
そのバルドルの後ろ姿を見ると、どこか騎士としての役割と言うより一人の人間に対する対応のように思えた。
やっぱり、バルドルは……
「バルドルさん、あのシャルラさんのこと好きみたいですね」
小さく呟くレスカに、俺はやっぱりそうか、と思う、そして宿屋の親父さんも頷く。
「今まであんまりこの食堂使ってこなかった奴が、シャルラちゃんが給仕をするようになって通い出したんだ。見ていてバレバレだ、ってうちのお袋と話したりしたさ」
店主である親父さんと女将さんは、よく見ているようだ。
あまり男女の機微には敏感な方ではないが、俺が漠然と感じることはレスカたちにも分かるのだろう。
「とりあえず、食材を置いたし、俺たちは帰るか」
「そうですね。食材を配達したのでお代を受け取って帰りましょうか」
俺たちは、配達した食材を置いた後、受付にいる女将さんから食材のお代を受け取り、ペロの待つリアカーに戻ってくる。
その頃になって、バルドルも宿屋から出てくる。
「とりあえず、シャルラを部屋に送り届けて落ち着けさせた。俺は、帰って、診療所の先生にシャルラのことを相談するわ」
そう言って、昼飯を食いに来たはずの食堂で何も食べずに歩き出すバルドル。
そして去ったすぐ後に牧場町での異変について話し忘れたことに気づいた。
「まぁ、リア祖母さん経由で聞くことになるだろう。ほんとタイミングが上手くいかないな」
『きゅぅ~』
俺は、愚痴ると同意するように鳴くチェルナに小さな笑みが溢れる。
「コータスさん、帰りましょう」
「ああ、そうだな」
行く時とは違い、大分軽くなったリアカーには、空のタンクと保冷のための水寒石、紛れ込んだコマタンゴを載せてレスカの牧場に向かう。
「ん?」
「コータスさん、どうしました?」
「いや、宿屋の方から視線を感じた気がしたが……」
去り際の俺たちに向けて宿屋の二階辺りから視線を受けた気がして振り返るが、窓辺には誰も居ない。
気のせいだった、と思い、レスカの牧場に帰るのだった。
9月20日、オンリーセンス・オンライン13巻と新作モンスター・ファクトリー1巻がファンタジア文庫から同時発売します。興味のある方は是非購入していただけたらと思います。









