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その後、レスカと共に何件かの牧場を巡った。
トレント牧場でジニーとヒビキを攫い、再び牧場に戻ったリトル=トレントの個体は、亜種であるフェイシズ=リトル=トレントだ。
様々な果樹の挿し木によって、トレント本体から栄養供給を受けて果樹を育てていたリトル=トレントだったが、進化したことにより、様々な果樹の挿し木の幹にもトレントの相貌が現れた。
一本の木に無数の顔が浮かび上がるという見ただけで恐怖心を煽る魔物に進化してしまった。
『『『オォォォッ、ドーゾォォォォォッ!』』』
「……ありがたく、いただこう」
「ありがとうございます」
ただ、異形なトレントであり、複数の口から言葉を発し、恐怖を煽るが、あくまでも複数の発声気管があるだけで、本体はあくまで挿し木されたトレントである。
そして、なにより進化した影響か、果物の味や品質が向上し、人に果物を分ける、と言う上位のトレント並の知性を持ち、俺たちを出迎えた。
「様子を見ていましたが、この子。進化して魔力が強くなったのか果物にも強い魔力が宿るようになったんですよ」
「それって、トレント・フルーツみたいな感じですか?」
「それには劣りますけど、魔力のお陰で鮮度が保たれるので、今まで運搬で届けられなかった範囲まで果物を運べますし、味が良いので貴族向けの高級果物や贈呈品向けに売り出せればと思っています」
そんな感じの話し合いをトレント牧場の牧場主であるルーベンスから話を聞いた。
続いて、訪れたのは、コルジアトカゲの牧場だ。
そこの最長老の個体が進化した。それが――コルジアイグアナだ。
「コルジアイグアナは、コルジア地方に広く生息するトカゲ系の魔物で、平原に生息していたコルジアトカゲが、山岳部や水辺などに適応するために進化した姿と言われています」
そう説明するレスカの前には、コルジアトカゲを一回り大きくしたような爬虫類がいる。
後頭部から背中に掛けて棘が生え、足先には、水かきのような物まで生やしたコルジアイグアナが濡れた体を乾かしている。
「コルジアイグアナも比較的温厚な魔物だからな。それに潜水もできるから水棲魔物の養殖場で増えすぎた水草を食べて量を調整してくれるから散歩がてら連れて行ってるところだ」
そう言って、コルジアトカゲの牧場主が背中を撫でると、コルジアイグアナは大きな欠伸をする。
その際に見える鋭い歯は、やはりコルジアトカゲの上位種であるためかより鋭く見える。
「温厚なのは分かったが、今のところ事故とかはないのか?」
「とりあえず、ないな。今後、数を増やすにしてもコルジアトカゲとコルジアイグアナとの交配だ。上位の魔物と下位の魔物との間に、上位の魔物は生まれ辛いから数が増えるのは大分先だろうな」
だが、逆に数が増えるまでの間、ゆっくりとコルジアイグアナの飼育に慣れることがあると言うことは利点とも言える。その辺は、牧場主も納得しているらしい。
「あと、上位種になったことで水辺で活動させられるけど、尻尾肉を切る時の断面を水に浸けるのはなぁ」
「それなら化膿止めを塗った後で、水飴軟膏を付ければいいんじゃないでしょうか? 撥水性のある傷塞ぎですよ」
「なら、リア祖母さんに注文しないとな」
化膿止めは、切った尻尾の断面から悪い物が入り、コルジアトカゲが病気にならないために行われていたが、水に弱い性質があるらしい。
それを防ぐためにレスカは、水飴軟膏という薬の使用を提案する。
水飴軟膏は、水飴のように粘性を持った塗り薬だが、時間が経つと傷にぴったりと密着して硬化し、撥水性のある膜になる。
そのために、水棲魔物の養殖場でうっかり魔物のヒレや鱗でキズが出来た時、使われる他、冬場のアカ切れに塗ったりするらしい。
そうしたレスカのアドバイスを受けて、感心するコルジアトカゲの牧場主のところで問題ないことを聞き、次に牧場に向かう。
その牧場は、フォレストボアと通常家畜の豚を掛け合わせたボア種の牧場。
そんな魔物の血が混ざった家畜の豚の中から魔物が誕生したのだ。
「何代も家畜を掛け合わせて9代目の家畜の子どもが魔物になりました」
「それは……先祖返りのような現象じゃなくて?」
「完全に新種です」
そう言って、飼育スペースで寝っ転がる母親である薄桃色の豚の周りには、茶色い縞々模様の魔物の幼体が集まっている。
その姿は、フォレストボアの幼体のようにも見えるが、確かに母親豚の子どもである。
また、フォレストボアとしての剛毛や牙や強靱な筋肉の発達は見られず、その代わりに、柔らかな毛、筋肉の代わりに体を覆う脂肪、、退化した牙など、ほぼほぼ家畜としての理想がそこにあった。
「味はまだ確かめていませんし、まだ幼体です。現状、従順で弱い魔物ですが、家畜である親の資質を受け継いでるなら間違いなく、美味しいです」
「新たな畜産魔物の誕生ですね」
オリバーの家の牧場にいるブラック・バイソンのような長い年月を掛けて上位者の庇護の元に群れを捧げる性質がある魔物のように畜産に向いた従順な魔物になる可能性がある。
ボア種の魔物基準で考えれば、退化かも知れないが、何世代も前に魔物と掛け合わせた家畜の血統が魔物に進化したと考えると、破格の進化だろう。
将来が楽しみと評価し、レスカと共にその後幾つかの牧場を巡る。
その一つがサラマンダー牧場であり、ここでは、サラマンダーの喉元にできる炎熱石が作られている。
そんなサラマンダー牧場の敷地内を五匹の魔物が空を飛んでいた。
「これがサラマンダーからの進化したサラマンドラコです」
コルジアトカゲのように大型化と山岳部や水辺への適応に対して、サラマンダーは、背中に小さな羽根が生え、空を飛ぶ能力を得たようだ。
それも複数匹が一斉に進化し、群れで空を飛んで行動するために、空から畑を襲ってくる害獣扱いされる魔物程度なら追い払える。
実際に、このサラマンドラコを昼間の畑の巡回に回したところ、空からの害獣魔物が警戒しているようで被害は減っているらしい。
サラマンダーの特徴である火吹き、火喰いなども健在であるが、畑に火は厳禁であるために火吹きは行われず、火喰いの量が一度に増えたことで、空飛ぶ移動能力と火喰いの消火能力と合わせて、町の防災機能の一部に組み込むことも検討されていた。
「ほんと、あのBランクの魔物が襲ってきた時、下手に火事とか起きたら怖いよねぇ、って前にかみさんと話したんだ。この子たちが居れば、すぐに対処できるよ」
そう言って、空を飛んでサラマンダー牧場の牧場主に飛びついてくるサラマンドラコたち。
また飼育していた魔物が進化した牧場には、カーバンクル牧場というものがあった。
「レスカちゃん、いらっしゃい! さぁ、うちの子を見て!」
カーバンクル牧場では、ゴージャスな感じの女性の牧場主が出迎えた。
広い飼育スペースや牧草地などない、やや大きめの家と言った感じのカーバンクル牧場の奥に案内されると、小さなネズミのような魔物がケージの中で飼育されていた。
そのネズミの魔物の額には、色とりどりの濁ったような結晶が嵌められている中で一回りも大きく、結晶の純度が高いネズミの魔物がいた。
「インペリアル・カーバンクルよ。この子が居れば、天然物に近いカーバンクル・ジュエルが手に入るわ」
「すまん。俺は、カーバンクルに疎いが、天然物と飼育された物はどう違うんだ?」
一般に、カーバンクルは、討伐ランクでは、EからD-とされる魔物だが、逃げ足だけ早い。
そのために逃げ足基準で考えるならC+とも言われる魔物であり、その価値を高めるのが額の宝石であるカーバンクル・ジュエルだ。
宝飾品から高価な魔道具の触媒などに使われる。
サラマンダーの炎熱石が火の魔道具に向いた触媒であるが、赤いルビーの様なカーバンクル・ジュエルは炎熱石よりも上位の触媒とされている。
「カーバンクルは、天然物の方が純度が高くて価値が高いのよ。食生活か、運動量か、ストレスか、その辺はまだまだ未知な部分で今なお研究がされているわ。それで養殖物のカーバンクルルビーは、濁っているから宝飾品には使えないし、天然物に劣る触媒として使われるわ。他の使い道としては、砕いて魔力の通しやすいインクにするか、絵具の顔料にされるわ」
「それじゃあ、このインペリアル・カーバンクルってのは?」
「カーバンクルの上位種ね。養殖物でも天然物と遜色ないカーバンクル・ジュエルが採れるわ。それにこの上位種は、宝石を食べることが出来るのよ」
「宝石?」
「そう、宝石を食べることで自身の宝石を大きくして力を蓄えるの。だから、牧場で出た屑宝石のカーバンクル・ジュエルを食べてくれるからとても助かるわ」
まさに、屑石が最高級の宝石に変わるのだから、魔法にも等しい変化である。
「あっ、この前のエルフの里の交易で翡翠の原石を交換して貰ったんですけど、カーバンクルは食べますか?」
「あら、そうなの。カーバンクルは食べるわよ。なら、私がそれを買い取ろうかしら?」
「うちの牧場では使わないんですけど、代わりに、火の魔道具の触媒に使えそうなものを貰えないでしょうか?」
「そんなのでいいの? なら、準備しておくわ」
そんな感じの話をするレスカたちとゴージャスな感じのカーバンクル牧場の女牧場主。
その他にも大小様々な牧場を訪れ、魔物の変化や進化を聞き取り調査するが、どれもいい方向への進化に内心、困惑しつつ、大方の調査を終えたのだった。
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