5-1
「……来たか」
森が騒がしくなり、俺は一日待ち続けた寄りかかっていた木から立ち上がる。
少し凝り固まった筋肉を伸ばすようにして、右の腰に吊るした長剣を両手で構える。
直後、木の上から降ってくるクレバー・モンキーが四匹。その他にも俺を取り囲むように木の上や地面に何十匹という魔物が集まっていた。
『――ギャギャギャッ!』
『『『――ギィッ!』』』
集団の奥で一際甲高い声を上げた直後、下っ端と思しき小柄なクレバー・モンキーが俺に跳びかかって来る。
前後左右にほぼ同時に襲ってくる正面の個体に一匹に向かって剣を振るい、左から迫る個体には籠手の裏拳を顔面に当てる。
振るわれた剣戟で身体が斜めに切り落とされたクレバー・モンキーは、周囲に血と臓物をまき散らし絶命し、裏拳を受けた個体は、顔面を陥没させて血の泡を吹いている。
だが、残った二匹が俺の足と肩にしがみ付き、外套を貫き、爪を立てて、肉に突き刺す。
「――邪魔だ」
俺は、痛みを無視して自由な左手で肩にしがみ付く個体の頭部を摘み、強引に引き剥がして地面に叩き付け、首の骨を狙って踏みつける。
『ギッ!?』
続いて足にしがみ付く個体は、長剣でそのまま急所を差し貫き、軽く蹴って、死体を引き剥がす。
「残り何匹だ」
傷は、既に【頑健】の加護で癒えているが返り血で既に外套が重い。
最初の四匹は小手調べで次々と姿を現すのは、錆びた剣や骨の棍棒、投石などで武装したクレバー・モンキーたちだ。
魔物にしては上等な武器を持つ個体ほど群れの中で順位が高く、また体が大きい。
そんなクレバー・モンキーの数は、数えられないほどだが、それ以上にまだまだ木の上に残っている。
『ギャギャッ、ギィッー!』
「百匹を越える群れなんて最悪なパターンだな。それにお前」
やっと姿を現した群れの長は、俺が突き刺した肩の刀傷があり、一日で既に塞がっている姿を見て、魔物の回復力とは驚異的だと感じた。
また群れの長になったためか、以前見た時より体が一回り大きくなり腕の筋肉が張っているように見える。
「まぁ、傷つけてもすぐに癒える俺の方がこいつらにとっては化け物みたいな物か。――《オーラ》!」
自嘲的な笑みを浮かべて、今度はこちらから先手を取るために密集したクレバー・モンキーたちに斬り込む。
「はぁぁっ!」
全身に身体強化の《オーラ》を張り巡らせ、運動機能を向上させる。そして、一刀の元に数匹を一気に斬り捨てるが、それを皮切りに一斉に投石が始まり、群れで攻めてくる。
そんなに一人に集団で集まっては動きづらいだろうが、本能的な物なのか、構わず襲い掛かって来る。
味方に当たろうとも投げ続けられる投石が頭に当たり、流血するが、それも構わず、襲い掛かるクレバー・モンキーを斬り、殴り、蹴り飛ばす。
「さぁ、こい! 俺の命にその爪を届かせてみろ! 俺を殺して見せろ!」
それでも際限なく襲ってくる魔物を斬り続ければ、持ち出した長剣は、クレバー・モンキーの血と脂で切れ味を失い、骨を両断する度に刃毀れが酷くなる。
それでも振るい続けた長剣は、十匹以上屠る頃には段々鈍器に変わり、二十匹以上屠る頃には、剣が折れる。
「クソっ!」
そんな長剣を捨てて俺の腕に噛み付いてきたクレバー・モンキーに一瞬動きを止めるが、噛み付かれた腕のまま近くの木の幹に体当たりをして頭を潰し、血の花が咲く。
そして、予備の長剣を血塗れの手で引き抜き再び虐殺を始める。
体には様々な傷や無数の怪我を追うが、それも【頑健】の加護で端から治される。
流血も最低限に抑えられ、失血死を補うために体が全力で血を増産する。
二本目の長剣が鈍らになり始めた頃、体の傷の治りが遅くなり始める。
「っ!?」
『ギギ、ギャッ!』
『『――グギャッ!』』
「舐めるな、害獣どもがっ!」
俺は、吼えながら切れ味の悪くなった長剣で襲って来た魔物を叩き落とす。
身体強化の《オーラ》を維持する魔力など全力で動いていたためにとうに底を突き、素の身体能力と加護の自己治癒能力で魔物を延々と斬り伏せる。
蓄積する疲労に合わせて遅くなる自己治癒能力に苛立たし気に感じながら、右から襲ってくるクレバー・モンキーを籠手で殴り倒そうとするが――
「ぐっ、味方ごとか!」
跳びかかったクレバー・モンキーごと後ろで錆びた剣で突き刺して来る魔物を反射的に剣で頭を撥ねて、血の噴水を上げるが、その拍子に槍が俺、脇腹の中に穂先が残る。
「ぐっ、はぁはぁ……」
問題のある傷は治りが遅い。
傷に異物が入り込んでいるために必要以上に流血はしないが、傷の治りが更に遅くなり、痛みで動きの精細さが欠ける。
そして、より動きが荒くなることで細かなひっかき傷が増える中、それらの傷の再生が止まる。
血と脂汗が額から滲み、目に入りそうになるのを血濡れた外套で拭い、終わりの分からない魔物の群れの襲撃を一人で屠り続ける。
いつの間にか折れた二本目の長剣の代わりに短剣を両手で引き抜き、次々と刺殺していく。
だが、長剣より脆いのかすぐに折れた短剣を捨てれば、次は敵から奪った錆びた剣で殴っていく。それでも駄目なら、素手で急所を破壊していく。
『ヒッ、ギッギーギ!』
朝に始まった死闘が、いつの間にか昼間に差し掛かっており、その時点になり、森に響く新しい長になったハグレが号令を響かせる。
それに合わせて、今まで襲っていた魔物たちが一気に引いて、森の奥へと逃げていく。
「とりあえず、終わったのか……うぐっ!?」
終わった直後に一気に痛みを思い出し、その場に蹲る。
体の各所に突き刺さった刃物や尖らせた木の槍の破片などを一つずつ傷口から抜いていけば、傷の治りが戻り始めるはずだ。
だが、疲労が蓄積した状態では傷の治りが遅く、更に体に蓄えた栄養を使って傷を治すので、その栄養が底をついており傷が塞がらない。
大きな傷は、致命傷と分類されない程度の回復に留まり、小さな傷はそのまま残り続ける。
「はぁはぁ……何か、食べないと、死ぬな」
最初に戦っていた場所から大分移動していたのか、魔物の死体が点在しており、周囲は夥しい血の匂いが充満している。
自分の再生能力を不死と勘違いしていた訳ではないが、今なお塞がらない傷と流れ続ける血に意識が朦朧としてくる。
「……レスカの飯が食いたい。あのシチューなんか腹いっぱいに食べたい」
最後の晩餐、というつもりではないが、そんなことを呟いてしまった。
ここまで消耗するんだったら、非常食の干し肉でも持ち出せばよかったかと思い、狩猟小屋に置かれている保存食を目指して、一歩踏み出したところで限界が来て、意識が闇へと落ちていく。
誰かに助けられず出血死するか、肉食の魔物に見つかって食われるか、戻って来たクレバー・モンキーたちに惨たらしく殺されるか、――死を覚悟する考えの中で、レスカの困ったようなはにかんだ笑顔が脳裏に浮かんだ。