7-4
7-4
【魔の森】の奥地のダンジョン跡地から牧場町まで、アラドにとって一っ飛びだった。
牧場町の外周に広がる平原に降り立ち、掴んでいたルインを地面に降ろすと、涙目のままルインだけは、牧場に走って行く。
「なんか、可哀想だったな」
「えっと……ストレスでしばらくミルクが出ないかもしれませんね。あとでケアしましょう」
気の毒そうにルインの後ろ姿を見送る俺たちは、続けてアラドの背から降りていく。
そして、アラドが飛び立ち、その後テレーズ王女や竜騎士までその後を追ったことで町の中で様子を見守っていた牧場町の住人の一部がこちらの様子を確かめるために出てきた。
そんな住人に対して、テレーズ王女は――
『町の住人たちよ! 守護竜アラド様が本日この場に降臨して下さった理由は、【魔の森】に魔物の脅威があると伝えにきたからです! そして我らはアラド様と共にその魔物を打ち払い、脅威を排除することができました! 皆でそれを喜び、祝う宴を始めましょう!』
護衛の騎士の一人が風魔法でテレーズ王女の声を拡声すると共に、【亜空間倉庫】で魔物の死体を運んでいた侍女が平原に魔物の死体を並べていく。
それを見た牧場町の住人は、驚くと共にテレーズ王女やアラドを崇める。
そして、テレーズ王女の指示で、宴の準備が始まる。
「テレーズ王女殿下、そう宣言していいんですか?」
俺が尋ねる中、テレーズ王女はそっと微笑みを浮かべる。
「嘘も方便ですよ。それに私とコータス様との婚姻契約を行なおうとしたことは極秘事項なので知っているのは極一部です。対外的には、真竜アラド様との面会、その過程で魔物の脅威を伝えられて、協力して討伐を行なった。という筋書きですよ」
牧場町の長老衆は、手の空いた自警団や奥様方を集めて宴会の準備を始めていた。
自警団たちは、取り出された魔物の死体の運搬され、次々に解体されていく。
氷漬けの魔物に関しては、親父が火魔法を使い、氷だけを器用に溶かし、解凍された魔物も解体に回され、素材と食肉に分けられる。
「ほら、祭りの時の大鍋を用意して!」「アラド様に食べてもらうためだから、何度も作り直すわよ」「待っている間は、お酒を用意して待って貰いなさい!」
そして、テレーズ王女の指示した宴の準備では、牧場町の奥様方が戦力となっている。
旦那や息子に劇を飛ばし、収穫したばかりの夏野菜を捥ぎ取り、秋の収穫祭に使う大鍋を持ち込んで料理を協力して行なっていく。
魔法を使ったヒビキは、回復して、帰ってきた俺たちを迎えにきたジニーに抱き付き、構い始める。
疲れた様子を見せるヒビキを見て、ジニーは仕方がないと言った様子で大人しく腕の中に収まっていた。
残された俺とレスカは、チェルナとペロと共に、ぼんやりと休んでいる。
そして、最初の大皿料理が運ばれ、アラドが食べていき、解体で残った食材の一部も牧場町の住人やワイバーンたちにも振る舞われ始める。
そんな中、一通りの氷漬けの魔物を解凍し終えた親父が俺の傍にやってくる。
「よぉ、コータス。隣、いいか」
「ああ……」
「…………」
「…………」
互いに会話がないまま、牧場町の住人たちの動きを眺める。
レスカは気を遣い、そっと俺と親父から距離を離し、ヒビキたちの元に行ったところで、親父から口を開かれた。
「その、すまなかった。テレーズ王女に売るような真似をして」
「いや、別にいい。けど、なんで親父が協力したのかが分からなかったからな」
権力欲などない元冒険者が爵位を貰い、貴族になる決意をさせたのは何か。
「言い訳になるが、一応俺は、お前の親父って立場だ。だから、そんな俺の立場を使ってお前と縁を持とうとする奴が現れた。まぁ、俺の場合は、突っぱねればいいだけだが――」
言い淀む親父は、深呼吸をして話してくれる。
アルテナさんは、元は男爵令嬢であり、その男爵家と縁のある貴族やまたはその貴族を伝ってまるで知らない高位の貴族から養母であるアルテナさんに俺との縁を取り持つように頼まれたらしい。
「お前が真竜と契約した後からそうした頼みが来たんだ。まぁ、王宮からコータスや真竜の雛に直接関わるなとお触れは出たけど、間接的に俺やアルテナが受け持っていた。だけど、やっぱり家の柵とかあるのか、アルテナが体調を崩してな……」
あまりに煩わしいことが多いために、子爵になると共にコータスとテレーズ王女を婚約させて、王家の威光でアルテナさんを守ろうとした。
それに今回の避暑もそうした穏やかに過ごすための家族旅行らしいのだが……
「アルテナが体調を崩した理由は、妊娠したための悪阻だって言われるし、貴族として育ててすらいないコータスを売るように意にそぐわない結婚を強いることに対して懇々と説教された」
俺は、馬鹿だよなぁ。と再び深い溜息を吐き出す。
「お前が俺やアルテナ、アポロのために高品質な守護の魔道具を用意してくれたことを聞いて、目が覚めた気分だ。本当に、すまなかった」
親父の独白を聞き、俺に向かって顔を向けて頭を下げる親父の姿は、大柄な男のはずなのにいつもより二回りも小さく見えた。
「俺の方こそ、親父たちの状況を正確に把握できてなかった。その、色々と心配事を作ってすまなかった」
俺も頭を下げ、親父も頭を下げるので、互いにどう終えるか分からずに、吹き出す。
「なんか、男二人がこんなことやってなんか馬鹿っぽいな」
「まぁ、な。それより謝り倒すよりも互いに乾杯をしないか?」
俺は立ち上がり、宴のために用意されたカップを二つ手に取り、酒樽からワインを酌んで親父に渡す。
「アルテナさんの妊娠を祝って――」
「コータスとレスカ嬢ちゃんの婚約を祝って――」
「「――乾杯」」
そして、ワインを口にする俺は、酒を飲み慣れておらず、【頑健】の加護で酒精も分解して栄養として吸収してしまうので酔えないが、なんだか今は美味しく感じる。