7-3
7-3
「さて、ダンジョンは、消滅したな。これでテレーズ王女の目的の一つは潰えた」
ダンジョンの跡地を見れば、ダンジョンコアが抜け、広がっていたダンジョン空間が末端から消滅しており、今はただポッカリと浅い穴ができているだけである。
それに戦いが終わったことでアラドからの魔力の供給が途絶えて《マテリアボディ》が強制的に解除される。
「コータスさん!」
「ああ、レスカって、うわっ!」
俺は、名前を呼ばれて振り返ると走ってきたレスカが俺の体に飛び込んでくる。
「大丈夫ですか! 怪我はないですか! 身体強化の反動とかは!?」
「ないから心配するな。これでダンジョンは完全に消滅した」
俺がレスカを落ち着けるように撫でると、遅れて元の姿に戻ったペロがレスカを追い掛け、ルインがぐったりとしたヒビキを背中に乗せてやってきた。
「ヒビキの方は大丈夫か?」
「あー、大丈夫、大丈夫。魔法の使いすぎが原因だから……」
ヒラヒラと手を振るヒビキ。
更に上空で待機していたアラドも舞い降り、その背にしがみついていたチェルナも俺とレスカの方に飛び込んでくる。
『きゅいぃぃぃぃっ!』
「わっ、ごめんね。チェルナにも心配掛けたね」
レスカの胸に飛び込んでくるチェルナは、ずっとレスカの体にしがみついて離れそうにない。
そんなチェルナを宥めるように抱きかかえ、ようやく落ち着いたところで辺りを見回す。
「さて、ダンジョンを討伐することはできたが――これ、どうするか」
討伐した無数のミノタウロスの体や魔物が纏っていたダンジョン産の武具。
それに他にも――
「ちょっと戦いの中で、食べられそうなものだけは、確保してたけど、これもどうする?」
ヒビキが気怠げに杖を振ると、地面が波打ち、氷漬けで絶命した魔物が姿を現わす。
吹雪の《ブリザード》で凍らせ、泥沼で地中に呑み込み、地面の中に用意した空間に保存していたようで無数の魔物の死体が地面から現れた。
『ふむ。どれもミノタウロスの内臓ほどではないが、どれもそこそこに食えるやつだな。我への対価の料理としてそれを出せ』
「まぁ、とりあえずヒビキの無限鞄にしまって、牧場町に……いや、ダメだな」
テレーズ王女には、辺境の牧場町に流れてきた優秀な魔女として認知されているが、そこにヒビキ自身が作成した【無限鞄】のような魔道具を持っていることがバレれば、流石に、テレーズ王女だけでは話は留められない。
「ほんと、どうやってこれを運ぶかなぁ」
ここから【魔の森】を突っ切って牧場町まで戻るのに、半日以上は掛かるだろう。
周囲からこちらの様子を伺うトレントたちの力を借りるべきか、などと考えていると、牧場町の方からワイバーンが飛んでくるのが見えた。
「牧場町から追い掛けてきたのか」
そしてアラドから距離を取るようにワイバーンたちがこの場所に着地し、その背から竜騎士や親父であるラグナス・リバティン。テレーズ王女付きの侍女。そして――テレーズ王女である。
「これは――まさか」
「ダンジョンは、消滅した。テレーズ王女殿下の【夢見】の加護で再び、スタンピードの夢を見ることが無ければ、将来の危機を回避できたことになる」
「こんな、私が今までやってきたことを! こんな形で壊されるなんて」
愕然とした様子のテレーズ王女の表情には、余裕と言ったものが見られない。
そして、深い深呼吸を繰り返して、俺たちを真っ直ぐに見つめる。
「そうですわね。確かに、ダンジョン都市の構想は、不明瞭な部分が多い。それにアラド王国内のダンジョンを攻略したことは、賞賛するされるべきことです。ですが――私との婚約は別ですよ
「ダンジョンが消えたことで目的も消えたはずだ」
「それは私の目的。国として、コータス様とチェルナ様を保護するためにも私との婚約は必要です」
俺とテレーズ王女の婚約には、チェルナを守ると共に、またいずれ王家に俺の竜騎士の血筋を取り入れるという目的がある。
今日、アラドの背に乗りこの場所まで移動したことは、より強くコータス・リバティンは、真竜の竜騎士であると印象付けてしまったかも知れない。
それに対して俺ではなくレスカがチェルナを抱えたまま一歩前に出る。
「あの! コータスさんとの婚約を止めては頂けませんか?」
「大局的に見て、必要なことです」
「そうですか。では――」
レスカは、満面の笑みを浮かべてテレーズ王女から背後にいるアラドに向き直り、大きな声を上げる。
「アラドさん! しばらくの間、チェルナと一緒に炎竜の里にご厄介になってもよろしいでしょうか?」
「レスカ、何を……」
「いえ、コータスさんがテレーズ王女との婚約を整理するまで私は、アラドさんの所に身を寄せようかと思いまして」
「あっ、いや、だが……」
なんだ、どうしてこうなった、と俺もテレーズ王女も目を見開く中、ヒビキが――『妻が実家に帰ったみたいな状況ね』と気怠そうにルインの背で呟いているのが聞こえた。
「もうチェルナは、固形物を食べられるようになりましたし、牧場の管理や維持は、マーゴにお任せできますから、少しご厄介になっても良いかな、と思ったんです」
『きゅい!』
同意するようなチェルナの鳴き声に俺は、ミノタウロス・キングと対峙した時以上に精神的な衝撃を受ける。
お父さんは、単身出稼ぎ頑張れ、とヒビキの言葉が胸に突き刺さる。
そして、アラドは――
『フハハハハッ、面白いぞ、小娘! 念願のチェルナが我らの手元に帰ってくるのだ! 真竜の里総出で出迎えるとしよう! ご苦労だったな、コータスよ。貴様の親としての役目は終わりのようだぞ!』
まるで悪役のようなアラドの念話は、本気なのか、ノリでやっているのか分からない。
分からないからそこ、俺の手元からレスカとチェルナが離れるのが恐ろしく感じる。
そして、テレーズ王女は――
「まさか、まさか、こんな方法で……ふふふ、あははははははっ!」
アラドの念話にも負けないほどにお腹を抱えて笑い声を上げる。
「本当に、真竜様もいなくなり、コータス様がアラド様との契約を失えば、私との婚約の必要性はなくなります。レスカさんの一声で消えてしまうような真竜との契約だったと聞いたら、王侯貴族は皆、卒倒しますわ。ほんと、無茶苦茶ですわ!」
ダンジョンも壊して、婚約の前提すら、壊していくコータスとレスカの行動にただ、お腹を抱えて笑うテレーズ王女。
そして、笑い疲れたのか、何度も浅い呼吸を繰り返し、目尻に涙を浮かべて顔を上げる。
「わかりましたわ。私とコータス様との婚約の打診を取り下げます。愛の力で困難を乗り越えるなんてのは、お伽話だけかと思いましたけど、本当にありますのね」
深い溜息を吐き出し、困ったように笑うテレーズ王女。
「ですが、困りましたね。私とコータス様の婚姻は、コータス様たちを守るために必要でした。婚約することでアラド王国の辺境に押し止めると共に王家と繋がり忠誠を示す。これが筋書きでしたが」
「ねぇ、ちょっといいかしら」
「なにかしら、ヒビキさん?」
気怠げなヒビキだが大分回復したのか、ルインの背から降りてテレーズ王女に声を掛ける。
「例えばだけど、忠誠を示すに値する献上品を王家に贈ったら、それで忠誠を認められるのかしら?」
「そうですね。そうした形でも認められますね。もしも異議を申し立てるなら相応の手柄や同等以上の献上品が必要になります」
つまり、それだけの物品さえ用意できれば、実質的に王家は俺やチェルナを守り、またレスカとの婚約の障害もなくなるということだ。
その忠誠の証である献上品については、俺とヒビキには心当たりがある。
「アラド、アレを渡してもいいか?」
『ふん。あれは、貴様が我の課した試練を乗り越えて得たものだ。どう使おうが構わん』
そうして、アラドからの了承を得た俺は、答える。
「なら、献上品として――【真竜アラドの角】を贈りたい」
「っ!? 今日は、驚かされっぱなしですね。本当に、よろしいのですか?」
「下手に持っていても争いの原因になりそうだ。なら、国家で管理して貰った方がいい」
俺がそう告げると、テレーズ王女は、満足そうに頷く。
「わかりましたわ。では、引き渡しは、いつ行ないますか?」
「レスカの牧場に厳重に保管している。後日、引き渡そう」
「ならば、私が責任を持って、国王陛下にお渡ししますわ」
そうして俺とテレーズ王女の婚約話がなくなることが決まり、レスカに振り向く。
「レスカ、これでいいか?」
「はい。それと、アラドさん、すみません。炎竜の里にお邪魔するのは、もうしばらく先になりそうです」
『ふん。つまらん。まぁ、いい。町まで帰って対価の酒と大皿の料理でも食べるだけでよしとするか』
そうしてアラドが首を僅かに上げて倒れているミノタウロスたちの死骸や氷漬けの食用可能な魔物の体に目を向ける。
運搬には、ヒビキの無限鞄を使うか、この場所でワイバーンたちに何往復もして貰うことになりそうだと思ったが――
「私めが運搬を担当させていただきます」
今まで場違いな存在感を放っていたテレーズ王女の侍女は、魔物の死骸に近づき触れると、その手の中に魔物を吸い込み、消していく。
「ふふっ、驚きましたか? やっと今日、驚き返すことができましたわ。私の専属侍女の彼女は、【空間魔法】の加護を持っていますの」
「王族が賊に襲撃された際、安全地点へと逃げるための【転移】や容量は有限ですが、視察や避暑に必要な荷物を【亜空間倉庫】に詰めるなど、そうした役割も担っております」
そうして、全ての魔物を回収した侍女は、恭しく礼を取るが、有限でもその【亜空間倉庫】の広さは、中々の物だろう。
【空間魔法】に特化した加護と才能は、複数の加護持ちよりも稀少であるだろう。
『食材の回収も済んだのなら、帰るとするぞ』
そう言って、アラドは、目の前のルインの体を両腕で捕まえる。
巨体を誇るリスティーブルのルインだけは、体格を変化させられるペロや本体である菌糸核が牧場町の地下にあるマーゴとは違い、容易に移動させることが難しいために、アラドの気遣いで運んでくれるようだが――
『ヴモォ~』
『ふん。我が運んでやる。ただし、暴れるでないぞ。うっかり空から落としても知らんぞ』
真竜の鋭い爪と強靱な腕に抑えられ、アラドの威圧感を間近に受けて高所を飛ぶというルインが受けるストレスを想像する。
後で突撃によるストレス発散に付き合わないと行けないな、と思いながらも俺やレスカ、ヒビキ、元の体格に戻ったペロとチェルナがアラドの背に乗り込む。
マーゴは、既に菌糸の体を地中に沈め、牧場町の方に新たな体を生み出して先に待っているのかもしれない。
『さぁ、掴まれ。町まで戻るぞ』
アラドの掛け声と共に飛び立ち、その後ろからテレーズ王女たちを乗せた竜騎士のワイバーンたちも追い掛けてくる。
上空から見下ろすダンジョンの跡地では、空き地を埋めるようにトレントたちが移動し、大地に染み込んだ、魔物の血や肉を取り込み、葉っぱを生い茂らせている。
しばらくすれば、もう上空からはダンジョンの跡地の場所は判別が付かなくなる。
【魔物図鑑】
ダンジョン
討伐ランク――S~Dランク(難攻不落のダンジョンから生まれたてのダンジョンまで攻略難易度は様々)
この場合のダンジョンとは、ダンジョンコアを保有する生物型のダンジョンを指す。
生物型のダンジョンとは、ダンジョン空間を保有し、その内部で魔物を繁殖させ、共生し、ダンジョンコアの防衛に当たらせるので、ダンジョンの強さとは保有する魔物の強さもある。
ダンジョンは緩やかに内部の空間を拡張して成長するが、それよりも早くに内部で繁殖した魔物がダンジョンの許容量を超す。そうした場合、余剰分の魔物を外部に放出するためにダンジョンによるスタンピード現象が発生する。
この生物型ダンジョンは、階層を持ち、それぞれに様々な疑似空間を生み出し、ダンジョンの魔力で魔物を召喚するためにダンジョンとは、空間属性を持つ魔物なのではないか、と言われている。
ダンジョン分類学……世界には、どのようなダンジョンが存在するのかを研究する学問。
ダンジョン分類
生物型……ダンジョンコアを中心にダンジョン空間が展開され、その内部で他の魔物を共生・繁殖させてダンジョンの弱点であるダンジョンコアを防衛させる他、ダンジョン内に宝物を用意して撒き餌として人間を誘き寄せる。
試練型……神々が用意したダンジョンであり、内部の魔物は、倒すと霧のように消えて素材などは手に入らない。その代わり、ダンジョン内での魔物の数は一定であり、ダンジョンから魔物が溢れるスタンピード現象は起こらない。
試練型のダンジョンでは、深層に進めば、後天的に加護を一つ授かる【神授の宝玉】があると言われているが、100年に1度見つかる程度の稀少さ。
遺跡・洞窟型……天然地形や古い遺跡などの建造物に魔物が住み着いたり、淀んだ魔力から魔物生まれたことで発生するダンジョン。他にも遺跡の守護のために作られた魔法生物などが守ることもあるので、その種類は更に多く分類される。
ミノタウロス・キング
討伐ランク――A-
ミノタウロスの最上位に位置する牛頭の亜人系魔物。
体調3~4メートルを超えるミノタウロスの中で更に大きく、肥大化した筋肉を持ち、巨大な斧などを怪力で振り回す。
ミノタウロスは、魔法的な能力を開花させる余地が低いが、それを補うほどの高い身体能力を持つ。
亜人系の上位種は、同種の魔物と連携を取るために単独よりも更に討伐が難しい。
ミノタウロスの素材は、筋肉質な肉は食用に向かず、強靱な肉体を支える骨や腱、頭部に生える角などが活用される。
食用部位としては、内臓などが適しており、非常に美味しいが傷みやすいので現地で消費されることが多く、討伐難易度と合わせて貴族すら食すことは稀である。









