7-2
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アラドの背に乗り、ダンジョンの発生地点を目指す。
背後から遠巻きに追ってくるワイバーンたちは居るが、誘発したスタンピードの鎮圧に使える戦力ではないのは少し残念だ。
だが、アラドから供給される真竜の膨大な魔力があれば、それも不要な気がしてきた。
そして――
『見えたぞ!』
「よし、行ってくる!」
『キュイ!』
空中で静止したアラドの背にチェルナを預け、アラドの背から飛び降りる。
完全に適応した禁術【マテリアボディ】を纏い、空中を蹴って、【魔の森】に降り立つ。
「――悪い、待たせた」
「っ!? コータスさん!」
俺は、少しだけレスカたちの方を振り返ると、レスカには傷はないが、ヒビキは魔法を使いすぎて疲弊している様子である。
ペロやルイン、マーゴたちも疲れているが、大きな怪我は無さそうだ。
そして目の前を向けば――
「悪趣味なアンデッドの魔物だな」
「……それに関してはごめん。森の中だから、火を使うのを遠慮したら、倒した魔物を素材にされちゃった」
ヒビキの言葉に、目だけで気にするな、と伝える。
「さて、どうするか」
『我のブレスで焼けば全て終わるが、我は、これ以上手助けするための対価を受け取ってない。まぁ、今の貴様ならできるだろう』
上空で翼を広げて滞空するアラドを見上げ、再び目の前を見る。
「とりあえず、雑魚は一掃する。――《デミ・マテリアーム》!」
アラドの魔力を更に汲み出し、両腕に赤い魔力の籠手を生み出し、更に大鎌の魔力武器を生み出す。
どこか竜の爪を思わせつつも、畑を耕す三本爪の鍬のような異形の大鎌を作り上げ、腰を沈めて横に振り抜く。
「――《飛斬爪撃》!」
異形の大鎌は、ダンジョンの前に集まる魔物たちに向かって三本の飛ぶ斬撃が放つ。
駆け抜けた三本の斬撃は、魔物を斬り裂き、ダンジョン入口前にいるエビルガーゴイルとシルバーゴーレムの体で受け止められる。
そして――
『『『GYAAAAAAAAAAAAAAA――』』』
飛ぶ赤い斬撃に斬り裂かれたアンデッドの魔物は、実体・非実体問わず、真っ赤な炎によって瞬く間に焼き尽くしていく。
また斬撃を受け止めた無機物系魔物の体の斬撃痕は、赤熱しており、赤い炎が毒のように無機物の体を蝕み、溶かしている。
「これが炎竜アラドの魔力か」
『ふん。我の炎は、まだまだこんなものではないことは、貴様がよく分かっているだろう』
「そうだな」
一瞬でBランク魔物の配下が燃え尽きる中、残った上位の魔物たちが俺を敵だと認識して襲ってくる俺は、異形な大鎌を構え直し、Bランクの魔物の集団に突っ込んでいく。
「ふっ、はっ、たぁぁぁっ!」
一振り毎に、大鎌に斬られた魔物たちの体からアラドの蒼炎が吹き出し、その身を焼いていく。
また闇魔法を放つゴブリンの死霊術士の魔法ごと斬り裂き、無機物の魔物の体を焼き切り、その他にも数多の魔物を一振りで数匹纏めて打ち倒していく。
【頑健】の加護で禁術に適応し、アラドから膨大な魔力の供給を受ける俺の強さは、Aランクを超えて、Sランクの超越者に匹敵していた。
100を超えるBランク魔物とそれらが従える数百の魔物たちは、瞬く間に数を減らす。
「ははっ、無属性の身体強化しか使えない俺が、親父のように戦うなんてな」
元Aランク冒険者【炎剣】ラグナス・リバティンを超える勢いで戦い、逃げだそうとする魔物には、遠距離からの飛ぶ斬撃が襲い掛かり、焼き尽くしていく。
辺りに焦げ臭い臭いが立ち籠めていく間にも魔物たちは数を減らしていた。
『ツギガ、サイゴ――』
ダンジョンに侵食して内部の様子を確かめていたマーゴが警告する。
すでにダンジョンから溢れ出したBランク魔物は駆逐しており、辺りには血の赤と炭化した黒と灰となった白の地面と炎の熱気が立ち籠める中、ダンジョン最終戦力が現る。
三メートルを超す巨体に体の各所に金属鎧を当て、巨大な斧とタワーシールドを構えた牛頭の亜人魔物・ミノタウロス。
それも一体一体が通常のミノタウロスではなく、上位種のソルジャーと呼ばれるB-ランクの魔物の一団。
『我ガ城! 我ガ住処ヲ荒ラス不届キ者ヲ絶対ニ許サンゾ!』
一際大きな体を持ち、胸に崩壊していくダンジョンのコアに寄生されたダンジョン最強の魔物。
「アレは……ミノタウロス・キングか!」
総勢20体を超えるミノタウロス・ソルジャーを率いるのは、A-ランクのミノタウロス・キングである。
A-とは、固体としての強さであり、20体のB+ランクのミノタウロス・ソルジャーの強さを含めれば、A+の討伐難易度になるのではないだろうか。
ダンジョンの最奥地に存在するのにふさわしい魔物だろう。
だが、恐怖はない。むしろ、俺に投げかけられる念話の方が厄介だった。
『牛頭の上位種か。肉は筋張っているが、内臓は絶品だったはずだ。我の協力の対価である10の大皿料理は、ミノタウロスの内臓を使ったものを用意しろ』
「全く、ただ倒すだけじゃ無くて、余計な注文を……はぁぁぁぁぁぁっ!」
地面を蹴り、先頭のミノタウロスに駆け抜けていく。
振り上げた魔力武器の大鎌でその体を刻もうとするが、俺の速さに反応したミノタウロスがタワーシールドを掲げて受け止める。
タワーシールドが衝撃で大きく拉げる中、俺の手の中にある大鎌も砕け散り、魔力が拡散する。
その隙を狙って別のミノタウロスが戦斧を振り下ろしていくが、大きく後ろに跳び、回避する。
『『ブモォォォォォォォォォッ――!』』
ミノタウロスたちが咆哮を放ちながら、俺に追撃してくるが、それを躱し、静かに腰のミスリルの長剣を引き抜き、構える。
「さっきの魔物の様に斬って燃やすと内臓まで痛むな。なら、一撃で――行く!」
真っ正面から再び飛び込んでいく俺に二体のミノタウロスがこちらを圧殺するようにタワーシールドを突き出してくるが、それに合わせてミスリルの長剣を振るう。
「――《練魔刃》!」
練り込んだアラドの魔力が宿るミスリルの長剣が迫る二枚のタワーシールドを両断し、その向こうにあるミノタウロスの体を斬り裂く。
崩れるミノタウロスの体を足場に次のミノタウロスに襲い掛かり、練り上げられた鋭い刃で防具ごと体を斬り捨てていく。
「3、4、5――」
ミノタウロスの一団は、人間を超える巨体と圧倒的な膂力を持ち、上質な装備を持ち、脅威であるが、ただそれだけだ。
俺の速さに反応できても、防ぐことはできず、大きな巨体が仇となり、小回りが聞かない。
また一体、足元を駆け抜けると共に両足を切り落とし、膝をついたところで背に飛び乗り、首を落とす。
「17、18、19――20!」
そうして、20体のBランクの魔物の一団が地面に倒れる中、残るは胸にダンジョンコアを宿したミノタウロス・キングだけとなる。
『我ガ同胞! 我ガ軍勢ヲ! ブモォォォォォォォォッ――!』
ミノタウロス・キングの咆哮を上げて、俺に目掛けて突撃し、戦斧を横に振るってくる。
他のミノタウロスたちと違い、速さも力も段違いだろう。だが――
「動きは単調だな」
横振りに対して、地面を蹴り、戦斧の横振りを避ける。
そして、空中にいる俺をタワーシールドで殴り殺そうとしてくるが、《マテリアボディ》で強化された脚力で空中を蹴って移動し、ミノタウロス・キングの首元に迫る。
「――ふっ!」
ミスリルの長剣を一閃するが、他のミノタウロスと違い、皮膚と筋肉が硬く首を完全に両断できなかった。
それでも深く首を斬り付けたために太い血管から血が溢れ出す。
『――ヴモォォォォッ!? ブモォォォォッ!』
ミノタウロス・キングは、タワーシールドを手放して斬られた箇所を抑えて止血する。
そして、目を血走らせ、戦斧を振り回してその風圧で周囲を牽制し、そして血が止まり、深い呼吸を繰り返す。
『フゥー、フゥー、王デアル我マデ傷付ケタ、コロス! ゼッタイニコロスゾ! ニンゲン! ヴモォォォォォォォッ――!』
「……一撃で仕留められないと再生持ちの魔物は、厄介だな。それに、ダンジョンコアで強化されたか!」
ミノタウロスも強靱な肉体と膂力、高い再生力を持つ亜人系魔物であるが、俺が深い一撃を加えたことで本気を出させてしまったようだ。
ダンジョンコアを中心に紫色の魔力がミノタウロス・キングを包み、その筋肉を黒く硬質化する。
「ふぅ、Aランクの魔物が更にダンジョンの魔力で強化されたか。厄介だな」
『ヴモォォォォッ! ゼッタイニ許サン! 貴様やダンジョンを荒らしたこのニンゲン共もコロス、コロス、コロォォォォス!』
完全に目が血走り、目の前に動くものを襲う狂化と行っても差し支えない状態のミノタウロス・キングである。
「レスカたちに手出しされる訳にはいかない」
改めて気合いを入れ直し、アラドの超高密度な魔力を全身に巡らせ、ミノタウロス・キングとぶつかり合う。
ミスリルの長剣と鋼の戦斧がぶつかり合うが、質量差、体格差で正面からぶつかり合えば、俺の方が押し負ける。
だが、このまま大きく回避すれば、真っ直ぐに後方のレスカたちを先に襲いかねない。
そのために、わざわざ正面に立ち、受け流しと紙一重の回避でミノタウロス・キングと対峙する。
一撃の振りは大きく、早いが動き一つ一つに隙が大きい。
そうした小さな隙を狙い、知性のある魔物を引っかけるために視線と足捌きのフェイントを駆使して、翻弄し、長剣で撫でるように斬る。
『ムダダ! コノ肉体ハ、傷付カヌゾ! ブモォォォッ!』
何度、ミスリルの長剣で斬り掛かろうとも硬化した体に刃が滑る。
それでは、ミノタウロス・キングを強化するダンジョンコアを破壊しようと狙うが、その攻撃には最優先で反応し、太い腕で遮られてしまう。
互いにジリ貧であり、互いの供給される魔力が先に尽きた方が負ける状況が繰り広げられる。
『ブモォォォォッ! ナゼダ、ナゼ、当タラナイ!』
苛立つミノタウロス・キングの横振りを跳躍して回避すると、今度は空いた手で俺を捕まえにくるために空中を蹴って避ける。
「どこだ、どこに弱点がある」
「コータスさん! ミノタウロスの弱点は、角です!」
「――っ! レスカ、ありがとう!」
いつも悩む瞬間には、レスカの知識が俺を助けてくれる。
地面に着地すると共に俺は、ミノタウロス・キングに駆け出す。
『イイカゲンニシネェェェェェェェッ!』
「殺されてたまるかっ! ――《練魔》!」
縦に振るわれ、地面を叩き割る戦斧は、土や小石を撒き散らすが、構わず突き進む。
弱点である角を狙う――と見せて、ダンジョンコアを狙うと判断したミノタウロス・キングは、空いた左腕でコアを守るように腕を盾にする。
俺は、あえてその腕に全力で魔力を籠めた掌で触れる。
『グォォォォォォッ!』
ミノタウロス・キングは、殴られた訳でもないのに今までにない痛がり方を見せ、盾にした左腕を抱えるように蹲る。
「いくら体表を強化しても、内部までの強化は難しいよな! ここもそうだ!」
『ブモォォォォォォッ!』
蹲り、手頃な位置に来た人体の急所である腎臓と肝臓の部位を軽く手を添えるようにして、触れて練り上げた魔力を叩き込む
ダンジョンの奥深くに居たために感じたことのない激痛に悶え、蹲る。
そんな手頃な高さに来たミノタウロスキングの頭部の角を掴む。
ダンジョンの魔力で黒く硬化しているが、内部の衝撃には弱いことがわかった。
そして、弱点の角も――
「――《練魔》!」
ただ単純な魔力の塊をぶつける技であるが、練り上げたアラドの膨大な魔力が角を伝い、頭部に強い衝撃を伝え、角が砕ける。
『ブモォォォォォォッ!』
「はぁ、はぁ……疲れた」
ミノタウロス・キングは、白目を剥き、背を反らすようにして後ろに倒れていく。
胸に埋まるダンジョンコアも紫の光を弱め、硬化した体の色が徐々に戻っていく。
「これで終わりだ」
俺は、倒れたミノタウロス・キングの胸に宿るダンジョンコアにミスリルの長剣を突き立て、叩き割る。
『ブモモッ……』
完全にダンジョンコアの輝きが消え、ミノタウロス・キングの胸から剥がれ落ち、それに合わせて寄生したミノタウロス・キングも合わせて絶命する。