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毎日、何かしら牧場町を見て回っていたテレーズ王女だが、ある時、パリトット子爵の館から外出することがなくなった。
そして、侍女や使用人たちがトレント牧場から食べやすい果物を多く購入したことなどを聞き、テレーズ王女に好意的な住人は心配する。
「テレーズ王女、風邪でも引いたんでしょうか? 心配ですね」
「元々病弱という噂があったからな。ただ、この牧場町は、美味しいものが沢山あるし、【魔の森】の薬草とリア婆さんがいる。療養するには良い場所かもしれないな」
俺とレスカは、牧場町で成長したコマタンゴたちの手足を切り落とし、出荷の準備をしていた。
ここ数日、俺とレスカは、牧場仕事の合間にワイバーンのお世話の手伝いをしていた。
ジニーやアポロなどの子どもでは、流石に調教されたと言ってもワイバーンに近づけさせるのは危ないので、二人のことはヒビキに任せていた。
そんなヒビキは、母屋の方からパタパタとした足音をさせてやってくる。
「コータス、ちょっといいかしら?」
「ヒビキ、どうしたんだ?」
「あんたに頼まれていたお守りができたわよ」
ヒビキに言われて、頼んでいた養父一家に贈るためのお守りのことを思い出す。
「お守りの効果を付与するために魔力を馴染ませて調整するのに時間が掛かったのよ」
ヒビキが小さな袋を俺に手渡してくるので、俺は、袋の中のお守りを確認するために取り出し、それをレスカが覗き込んでくる。
一つは、袋型をした一般的なお守りが二つである。
ヒビキの説明によれば、どこにでもある普通のお守りの袋の中には、薄くカットした大蛇・リーンカル・スネークの牙に付与を行い、そこに更にペロの抜け毛で作ったフェルト生地で挟み、更にそこに付与魔法を行なっている。
「こっちの効果は、【健康】と【身代わり】の二重のお守りね。コータスのお父さんとアポロくん用ね。やっぱりアポロくんは、いい子だから怪我して欲しくないからね。それから――」
ヒビキは、続いて小さな小箱を開くと、薄くカットしたリーンカル・スネークの牙の断面に薔薇の彫り込みが刻まれたペンダントトップが入っていた。
「――こっちは、【健康】と【安全】の二重のお守りよ。ペロのフェルト生地は使ってないけど、素材と彫り込みによる魔法的な効果で二重になっているわ」
「ヒビキ、色々とすまない。それに、多重効果のお守りを用意してくれて、ありがとう」
「いいのよ。好きでやってるんだし……。さて、次は何を作ろうかしらね」
ヒラヒラと手を振って気にしないように言うヒビキは、グッと背中を伸して一仕事終えたことを喜ぶ。
お守りの中で多重に効果のあるものは、単体のお守りよりも遙かに作るのが難しく稀少だ。
例え、効果が低くても多重効果のお守りというだけで販売価格は一桁違いが出る。
「コータスさん、どうします? 早速、届けますか?」
「そうだな、そうしようか。俺は、ちょっと行ってくる」
俺は、レスカとヒビキに残りの牧場仕事を任せて一人でお守りを持って、パリトット子爵の屋敷に向かう。
歩きながら身嗜みは大丈夫か、などを軽く確かめてから、パリトット子爵の家の周りを警護する騎士を見つけ、話しかける。
「すまない。ちょっといいか?」
「コータス殿、どうかされましたか? 何か問題でも?」
相手の騎士たちは、俺のことを知っており、警戒なく尋ね返してくる。
「いや、今回は個人的なことだ。ここにラグナス家の人間が滞在しているから会いに来たんだ。知り合いの【魔女】にお守りを作ってもらったんだ。それを渡しに来たんだ」
俺が袋に入ったお守りを見せると、騎士たちは納得する。
「分かりました。現在は、殿下も滞在しておりますので、規則として【鑑定】の加護か魔法持ちが持ち物の安全性を確認します」
「ああ、なら頼む」
俺は、パリトット子爵の館の一室に案内され、待たされる。
騎士の武器である腰に差したミスリルの長剣は、預けずに済み、それ以外の不審物もないので穏やかに騎士たちと話をしていた。
「時折、パリトット子爵の庭でラグナス団長に稽古を付けて貰っているんです。近衛騎士も竜騎士も皆、やる気でしたよ」
「そうか、親父は無茶するから怪我のないように頼む」
「それからご子息のアポロくんですか? アポロくんは最初はコータス殿に会いに行こうとしてたんですけど、ラグナス夫人が体調を崩したみたいでして、それに付きっきりなんです」
「アルテナさんが体調を!? なにかの病気なのか?」
初耳のことに驚きつつ、もっと早く知っていれば、【健康】の効果があるお守りだけでなく、栄養のあるトレント牧場のフルーツやランドバード牧場のプリンなどをお土産に持ち込んだのに、と悔やむ。
「病気ではないですよ。ただ……っと、【鑑定】持ちの方が来たようですね」
騎士の一人に案内され、やってきた文官は、軽く会釈して早速、俺の持ち込んだお守りを確認し、微かに眉が動く。
俺と同じく普段から表情を表に出すことが少ない人物なのだろうが、それでも驚いている雰囲気が分かる。
「……どれも危険なものではなく、質のいいお守りですね。とても腕の良い付与魔法の使い手なのでしょう」
「ありがとうございます」
問題ないとお墨付きをもらい、丁寧に袋に戻されたお守りを返してもらった。
「それでは、私がラグナス夫人の部屋に案内します。今の時間ならアポロくんも一緒にいらっしゃるかもしれません」
「助かります」
俺は、初めて内部に入ったパリトット子爵の代官の館の中を案内され、一室の客間にノックをして入る。
「コータス兄様! 来てくださったんですか!」
「あらあら、コータスくんが自分から来るなんて珍しいわね」
そこでは、室内でお茶をしながらおしゃべりをしていたアポロとアルテナさんがいた。
テーブルには食べやすいカットフルーツなどが置かれており、体調を崩したと言っていたがアルテナさんの顔色は悪くはなさそうだ。
「突然の訪問、すまません」
「いいのよ。あなたもあの人の子どもなのですから。家族に会いにくるのが普通ですよ」
クスクスと楽しそうに笑うアルテナさんにアポロもニコニコとしている。
「それで、普段来てくれないコータスさんが来たのは、何か用事があるのでは?」
「はい。知り合いの【魔女】の方に作ってもらったお守りを届けに来ました。気休め程度ではありますが、身に着けていただけたらと思います」
俺は、そう伝えて袋からテーブルに取り出した三つのお守り。
それを一つずつアポロとアルテナさんに伝えてくれる。
「こっちの一般的な方は、親父とアポロ用だ。これは、【健康】と【身代わり】の二重効果が付与されているお守りだ。親父もアポロも魔物の討伐や鍛錬で怪我しないようにと、もし怪我をしてもその被害が小さくなるように作ってもらった」
「コータス兄様!」
アポロは、感動したように俺の顔を見上げてくるが、ちゃんと釘は刺しておく。
「だけど、こうしたお守りは、あくまでお守りだ。常に慎重に怪我をしないように心がけるんだぞ」
「はい、兄様!」
あまりに嬉しそうなアポロに、本当に分かっているのだろうか、と思いながらその頭を撫でる。
そして、アルテナさんには、レリーフの刻まれたペンダントトップだ。
磨かれているために象牙のような美しさがあるそれを手に取ってみると、何かを感じ取ったように驚く。
「アルテナさんが持っているのは、【健康】と【安全】のお守りです。体調を崩したと聞いたので、是非、身に着けていただけたら」
俺の説明に、本当なのか? と部屋の端で邪魔にならないように待機していた【鑑定】してくれた文官の方が、その効果を保証することを告げてくれた。
「ありがとう、コータスくん。少し体が楽になったわ。でも、この体調を崩したのは病気とかじゃなくて……妊娠の症状なのよ」
「はぁ……えっ!?」
まだ目立つほど膨らんでいないお腹の辺りを優しく撫でるアルテナさんの言葉に、俺は驚きすぎて言葉を失う。
なんとか正気に戻った俺は、改めてアルテナさんにお祝いの言葉を贈る。
「おめでとうございます、アルテナさん」
「ふふっ、ありがとう。コータスさん」
「コータス兄様! 今度は、僕がお兄さんになるんですよ! 弟か妹か分かりませんけど、凄い楽しみですよね」
それで凄く楽しそうにしているアポロは俺の体にしがみつくので、その頭を撫でる。
「最近、調子が悪いかな、と思う日が続いて、避暑に来たの。それでここで調子を大きく崩してしまって、テレーズ王女殿下の専属の医師が診てくださったんです。そしたら、妊娠と分かったんですよ」
「ところで、それは親父は知っているんですか?」
「あの人には、伝えていないわ」
嬉しそうにその時の様子を教えてくれるアルテナさんだが、流石に親父は知っているのか、と尋ねると、ツンとしたような怒った表情をする。
「えっと……なぜ?」
「あの人は、最近私に隠れてコソコソやっているんですもの。あの人が隠し事するなら、私も隠し事をするだけですよ」
親父がコソコソと聞いて、浮気、と一瞬考えたがそれはないと頭を振り、それでは何か悪巧みをしているか、と考えると妙にしっくりくる。
どこか子どもっぽいような大人であるために、悪巧みよりもイタズラの方がより近く感じる。
「あの人のことだから、人の道に反したことはしないでしょうけど、コータスさんも気をつけてくださいね」
「はい、わかりました」
なんか、予言のようなことを言われて困った俺は、あまりアルテナさんに負担を掛けてはいけないと部屋から退出する。
その際、部屋の前では、別の文官と騎士が一人ずつ待機していた。
「コータスさまがこちらにいると伺いましたので、すこしお時間をよろしいでしょうか」
「うん? どうしたんだ? 俺に何か用があるのか?」
「はい。テレーズ王女殿下からこの町について、色々と伺いたいので来ていただけるでしょうか」
そう文官の一人が尋ねてくるが、実質的にほぼ命令な内容だが不都合がないので頷く。
「それは構わないが、テレーズ王女殿下の体調は大丈夫なのか? ここ数日、屋敷から姿を現わさず、フルーツなどの食べやすいものを購入しているようだから、体調を崩してないか心配の声があるが」
それに元々の病弱説もあることは、文官たちも知っているのか、小さく頷き合う。
「確かに寝付きが悪くて一日、療養に充てた日はありましたが、問題はない様子でした」
「なら、了解した」
俺は、納得して二人に代官の屋敷を案内され、テレーズ王女のいる場所に向かう。
案内された会議室の中に入れば、牧場町のことを伺いたいと言うことでテレーズ王女と文官たちが待っていると思ったが、人数が少ない。
上座には、テレーズ王女とその左右に控えるように牧場町の代官であるパリトット子爵と護衛であり親父のラグナス・リバティン。
また、更にその背後には、護衛の騎士と記録係の文官、そして侍女が一人ずつ待機している。
そして呼び出された側としては、俺の他にバルドルが先に緊張した面持ちで待っていた。
もしも、牧場町についての疑問や質問を投げかけるなら、先んじて派遣された文官も同席するはずだと考える。
だが、この人数と面子を考えると、秘密の会談ということになるだろう。
「コータス様にバルドル様は、お呼び立てして申し訳ありません。本日、お呼びしたのには、幾つかの理由がありますの」
「幾つかの理由、ですか?」
いきなり呼び出されて困惑気味なバルドルの声に、テレーズ王女とパリトット子爵は微笑みを浮かべる。
テレーズ王女が文官に合図を出すと、持ち込んだ小箱から美しい赤い布に金糸で王家の紋章が刺繍がされた袋を取り出し、テーブルに置くと、中で金属同士がぶつかり合うような音が響く。
「この度は、騎士団内部の不正を正すことに時間が掛かりましたが、これはその清算です」
そう言われて、親父が牧場町に来た時に、そんなような説明されていたことを思い出す。
そのためにわざわざ呼ばれたのか、と思いつつ、テレーズ王女に変わり、文官の一人がその清算の内容を告げてくる。
「騎士団の不正、癒着、資金の横領、不当な処遇等に対する賠償。そして、辺境に左遷された後の未払い分の給与。更に、春先での突然変異の魔物討伐に対する恩賞となります。バルドル様には金貨50枚、コータス様には金貨75枚をお受け取りください」
それを聞いて、俺はその金額の多さに、ふらりと意識が揺らぐ。
「金貨75枚……」
金貨1枚で銀貨100枚相当であり、辺境警備に所属する俺たちの年間給与が銀貨240枚である。
それを考えると、一家が数十年は慎ましく暮らせるだけの大金である。
今までに見たこともない大金を前に震える中、テレーズ王女の凜とした声が響く。
「お二方には、それを受け取る正当な権利があります。また、それを受け取って頂かなければならない事情もあります」
騎士団内部の不正を正し、罰として地位の降格や身分剥奪、罰金などを行なった。
次にその不正の被害にあった人間への補填を行なわなければ、人心は離れたままになってしまう。
「本来なら、辺境警備ということで危険手当を上乗せされるものですが、それを横領され、また脅威度の高い魔物を討伐した際には、それに応じた賞与を与えなければ、国は守れません」
安い給与しか貰わないから割の合わない魔物討伐はしない、では、国を守れないのは、確かにそうだ。
だが――
「それにしても大金過ぎる」
「それは、横領された期間に利子を付けたものを上乗せした結果です。気にしないでください。加害者から徴収したものを渡しただけですから」
俺の言葉に、変わらぬ微笑みを浮かべるテレーズ王女だが、その笑みは冷たく、隣に立つパリトット子爵も普段温厚な小太りの男性だが、貼り付けた笑みに怒気を滲ませている。
「それにバルドル様の方は、婚約したことで何かと入り用でしょう」
「……わかりました。ありがたく受け取ります。これでシャルラには苦労はさせずにすみます」
「俺も、謹んで受け取ります」
バルドルに合わせて俺も金貨の入った袋を持てば、とても重たく感じる。
これが俺のやってきたことの正当な評価なのか、と思っている。
だが、この評価の一部は、俺が牧場町に左遷されてレスカたちに支えられたお陰だと思う。
「さて、受け取って頂けましたね。続いての話ですが、この度の視察は、見聞を広めるためと言いましたが、本来の目的は、私が臣籍降下する際に貰い受ける領地の選定という理由もあります」
微笑みながらもはっきりとした物言いのテレーズ王女に俺たちは、再び気を引き締める。
「お兄様である第二王子が公爵家に婿入り。私は、17歳を目処に結婚し、側妃であるお母様の生家の侯爵家が持つ伯爵位を頂き、王族直轄領の一部を賜る予定です」
大物貴族は、一族でいくつもの爵位を持ち、大きな勢力を持つ。
例えば、父親が伯爵だった場合、子どもは伯爵子息となるが跡継ぎ以外は、伯爵にはなれない。
だが、その家が継承できる爵位を受け継ぐことで子爵や男爵という分家という形で家を広げることができる。
「その際には、テレーズ女伯爵。もしくは、テレーズ辺境伯の誕生でしょうか?」
冗談めかして笑う彼女だが、それを文官が咳払いして諫める。
それに対して、テレーズ王女は、少しだけ唇を尖らせ、不機嫌さを表すのは、年相応の少女らしいが、すぐに真面目な雰囲気で話に戻る。
「もしそうなった場合には、王国直轄領ではなくなる訳です。なので、各町の武官や文官は、将来的に私の許に入って領地運営に入るか、それとも別の直轄領への移動などの可能性があります」
「それは……」
王国の騎士から領主の私設騎士になると言うことだろう。
また、辺境伯としては、国境や魔物の領域と隣接するために多くの騎士や武官を抱えることを認められている。
「今は、そうした人材を集める段階ですので深く考えないでください。そして、バルドル様だけなら話は簡単なのですが、コータス様の場合には、諸事情が絡みそうは行きません」
それを聞いて俺の方を見つめてくる。
「真竜の雛、チェルナのことですか?」
「はい。アラド王国が崇める真竜様を独占したと言われて、諸侯に口撃の材料を与えてしまいます。また、だからと言ってコータス様と真竜様の意思に反して、場所の移動をお願いするのも不敬です」
では、どうするか、と微笑む少女は、俺より年下なのに恐ろしく感じる。
「私は、コータス様と婚約したいと思います」
「なっ!?」
その一言に驚き、椅子から腰を浮かせるが、気にせずにテレーズ王女は、語り続ける。
「コータス様が私の配偶者になれば、王家と縁のある家と竜騎士との繋がりができます。それによりまだ水面下で画策する貴族たちから王家の威光で真竜様を守ることができます」
「待て、待ってくれ! 色々と言いたいことはあるが……無理、です」
「そうですよ! テレーズ王女とコータスじゃあ、身分的な差もある! それに、コータスは、つい先日レスカの嬢ちゃんと婚約が決まったんです!」
バルドルが話の内容からの混乱に立ち直らない俺の代わりに言葉を代弁してくれる。
「身分に関しましては、ラグナス団長がやっと爵位を受ける決心が付いたそうなので、名誉男爵から今までの功績を考えて、子爵となります」
「また、補足しますが、コータス様の身分は、子爵令息となりますが、コータス様本人の功績としまして――突然変異のBランク魔物の討伐による町の守護、真竜の雛の保護と真竜アラドとの契約、重要な交易相手であるエルフの問題の解決。これらを加味すれば、真竜と契約した竜騎士・コータスは、伯爵相当の扱いにできる」
文官の説明に、これで臣籍降下するテレーズ王女との釣り合いが取れる、と無言で言ってくる。
「コータス様が真竜様と契約したという影響は、あなたが思っている以上に大きいです。アラド王国も数百年の歴史の中で薄いながらも王家の血筋を持つ貴族たちが居ます。そうした彼らがあなたを取り込む前に私とコータス様が婚約し、コータス様の子どもか、孫を王族に嫁がせ、その血筋を取り込むつもりです」
これが最もあなたの影響を小さくする方法です、とテレーズ王女は、微笑むが俺は嫌な汗が浮かぶ。
「だが、俺はレスカと……」
「別に構いませんよ。レスカさんと結婚しても」
「はぁ?」
テレーズ王女の軽い口調の言葉に、俺は逆に言葉を失う。
「これは、国を乱さないための政略結婚です。それにコータス様が私を嫌うなら、第二夫人や妾を持っていただくことも構いませんわ。必要なのは、王族に嫁がせるコータス様の血を持った子ども。必要ならば、あなたの愛する人との間の子どもを養子として育てることでも問題ありません」
あまりに強烈な王族としての覚悟に俺は、言葉を出せなくなる。
レスカと婚約して、結婚して――それからこれからもこの牧場町でチェルナを育てていくつもりだ。
だが、そんな小さな幸せは、国を乱さないために大多数の幸福のために、許されない贅沢なものなのかもしれない。
そして、テレーズ王女は、その多数の幸福のために、自身は愛されなくても構わない政略結婚をする覚悟を決めていた。
そんな腐抜けた俺に、親父が真っ直ぐな視線を向けてくる。
「コータス。お前の個人の力なんて、どれだけ強くても何かを守るには足りないんだよ。お前も覚悟を決めないと、大事なもの全部失うぞ」
大事なもの全部失う、と言う言葉に、レスカやジニー、ヒビキ、ペロ、チェルナ、ルイン、マーゴたち、牧場町の生活などが頭を駆け巡る。
「人の悪意なんてのはな。守る側を容易にすり抜けて届くんだ。それは、お前を重装騎士団の囮にした時、骨身に染みた」
親父の言葉が酷く俺にのし掛かる。
今すぐにこの場から逃げ出すためにも、一刻も早くレスカに会いたい、と思う。
そんな俺の様子を見たバルドルさんは、俺の肩を揺すりつつ、テレーズ王女に言葉を意見巣する。
「すみません。コータスの奴、一度に大量の話を聞かされて困惑しているみたいです。なので一度、気持ちを整理する時間をください」
「構いませんよ。私は、まだまだこの町に居ります。ただ、近日中にはレスカさんからこの町について色々と聞きたいことがありますから」
俺は、金貨の詰まった袋を持たされて、バルドルに誘導されるように、レスカの牧場に帰る。
バルドルと何を話したのかは覚えて居らず、ただあの重苦しい代官の屋敷から去ってレスカの牧場に帰ってきたことに安心感を覚える。
「あっ、コータスさん。帰りなさい、早いです――ね」
母屋から出迎えてくれたレスカを見て、安堵すると共に、その体を抱き締める。
「えっ、あれ!? コ、コータスさん、どうしたんですか! えっ!?」
「すまない。少し、このままにさせてくれ」
俺は、自分の手の中から大事な人が離れるのが嫌でこうして抱き締める。
そんな俺の気持ちをどう伝わったのか分からないが、レスカは、落ち着き幼い子どもをあやすように俺の背中を優しく撫でてくれた。
ただ――
「レスカちゃん? コータスが帰って……あらあら、ごゆっくり~」
「オタノシミ、チュウ?」
俺が帰ってきたことで様子を見にきたヒビキとマーゴが俺とレスカの姿を見ると、すっと奥へと戻っていく。
レスカは、どう説明したらいいか、混乱したり、羞恥に身悶えするが、俺はレスカを離したくないために抱き締めたままでいた。
ああ、あとでヒビキになんと説明するべきか――