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「さて、今日の仕事が終わったな」
その日も一日の牧場仕事を終え、手拭いで汗を拭いながら昼下がりの空を見上げると、上空に三つの影が駆け抜ける。
「ワイバーンたちの巡回か。得物を見つけたようだな」
先頭の一頭は、丸々と太った巨大なカエルの魔物を捕まえて運んでいる。
「コータスさん、そっちの準備は終わりましたか?」
「ああ、ちょうど終わったところだ」
そう言って、レスカは母屋の前にリアカーを用意しており、そこには、配達するピュアスライムの浄化水が積み込まれている他、チェルナやマーゴが乗っており、ペロがいつでも牽けるように待っていた。
「なら、配達に行きましょうか」
「ああ、行くか」
レスカの牧場仕事が一段落着いた俺たちは、リアカーに浄化水を乗せて、ペロとチェルナ、マーゴを連れて出発する。
テレーズ王女にワイバーンのお世話の手伝いを頼まれた時から牧場仕事の合間にこうして飲み水の配達や様子見に出向いているのだ。
それに真竜のチェルナに、同種とまでは言わないが近親種のワイバーンに会わせて交流させたいという思惑もある。
そのことをアラドに伝えたら、人と猿ほどに違いがあると怒られそうなので、黙っている。
そんな俺とレスカたちがリアカーを牽いて町中を通ってワイバーンたちの寝床に向かうと、牧場町の子どもたちが様子が目に入る。
『さぁ! ワイバーンに乗る竜騎士に追いつけるかな!』
『ワイバーンに乗っていようと【炎剣】と呼ばれた俺の炎は、どこまでもお前を追い掛けるぞ!』
『やめて、私のために争わないで』
竜騎士、炎剣、そしてお姫様役だろうか。
それぞれが役になり、ごっこ遊びをしている姿をレスカは、微笑ましそうに見つめている。
「ホント、ワイバーンが来てから牧場町がちょっと賑やかになりましたね。子どもたちが竜騎士ごっこしていますよ」
「俺としては、その相手に親父の二つ名を名乗られているのは、ちょっと恥ずかしいな」
俺は、そう答えながらも楽しそうな子どもたちを見る。
「けど、竜騎士は、アラド王国の象徴的な騎士だからな。憧れるのは分かるし、この町は魔物好きが多いのも理由の一つだろう」
テレーズ王女の視察に同行した竜騎士たちは、町の周囲や【魔の森】に飛んで、害獣となる魔物を仕留めて帰還する竜騎士とワイバーンたちの雄姿を多くの牧場町の住人が目にするのだ。
魔物慣れした牧場町の住人では、ワイバーンの存在を非常に好意的に受け入れている。
テレーズ第二王女に竜騎士、それに吟遊詩人が時折謳う有名人として親父である【炎剣】のラグナス・リバティンも牧場町に滞在しているので、そうした影響から子どものごっこ遊びに出ているようだ。
ただ何故か、竜騎士と【炎剣】がお姫様を取り合うために決闘する話は、中々にシュールである。
俺たちは、そんな町の雰囲気を感じながら、ワイバーンたちの寝床となる場所を目指す。
普段ならこの時間帯は、竜騎士たちが一日の巡回を終えて、【魔の森】で倒した魔物を解体してワイバーンの餌にしているところだろう。
だが、今日は先客がいたようだ。
「――今日の巡回、ご苦労様です。何か異常などはありましたか?」
「いえ、上空からは異常は発見できませんでした」
「では、引き続きこの町の周辺を空中から見て下さい、とても大事なことですから」
銀髪の美少女が複数の護衛を連れて、竜騎士と話をしていた。
そして、話終わった少女は、甘えるように近寄ってくる一頭のワイバーンに手を伸ばし、その頭を優しく撫でる。
その表情は、以前俺たちに向けた心の底からの笑みを浮かべていたが、俺たちが来たことを知り、微笑みを浮かべて、振り返る。
「こんにちは、ワイバーンのお世話ですか?」
何事も無かったかのように挨拶してくるテレーズ王女にレスカが挨拶を返し、俺は静かに頭を下げる。
「こんにちは、テレーズ王女殿下。はい、今日の飲み水を運んできました」
「そうですか。私からお願いしたことを続けていただき、ありがとうございます。それに随分と竜騎士たちの負担を軽くして頂いたと報告を貰いました」
「いえ、私だけじゃなくて自警団の人たちや色々と手伝ってくれた人たちのお陰です!」
レスカが慌てるようにそう答えると、テレーズ王女はふっと小さく微笑む。
「そのようですね。それでも感謝します」
そう言って、テレーズ王女が振り返るのは、ワイバーンたちの寝床だ。
ここ数日、日替わりでワイバーンのお世話を手伝う自警団たちがワイバーンを過ごしやすいようにと色々なものを用意していたのだ。
夏は、夕立が降ることがあるので、そうした雨でワイバーンたちの体や寝床を濡らさないために簡易の屋根を作ったり、各牧場で余っている畜産物などを持ち寄ったりしているらしい。
「私も報告を聞いた時は、ここにワイバーン牧場でも建てるのかと思いました」
「あはははっ……その、すみません」
「いえ、ちょっとした冗談です。責めているわけではありません」
テレーズ王女の言葉に、レスカが苦笑いを浮かべて謝るが、それはテレーズ王女なりの冗談だったようだ。
「ここ数日、幾つか牧場町で興味深い話を聞きました。なんでも建物の移動ができる魔物を調教しているとか」
「あ、はい。マーゴのことですね」
レスカは、テレーズ王女の言うことは、マーゴやコマタンゴたちによって建物や地面の土地などを移動したことを言っていることに思い至る。
「後日、そのことを詳しくお話を伺っても構いませんか?」
「はい、大丈夫ですよ。お待ちしております」
テレーズ王女の言葉にレスカが即答し、またもう一つ、とテレーズ王女から相談される。
「この牧場町を視察していますが、この町のいい特産品はないかしら? お父様やお兄様、お姉様たちにお土産を送りたいのです」
そう言ってテレーズ王女は、アラド王国の国王に正妃と側妃、王太子夫妻、他国に嫁いだ第一王女、そして、同腹の兄である第二王子とその婚約者である公爵令嬢の名前を上げていく。
「私にとって大事なお姉様たちによい贈り物をしたいので、エルフの交易品は、パリトット子爵経由で渡ってくるのですが、それとは別の町の特産品を教えていただけますか?」
男の俺には、どうすることも出来ない話に黙っている一方、尋ねられたレスカは真剣に考え込む。
「それでしたら――インペリアル・カーバンクルの宝石やシルキーワームの生地などはどうでしょうか?」
「カーバンクルの宝石にシルキーワームの生地ですか?」
テレーズ王女が聞き返すと、レスカが力強く頷く。
「はい。カーバンクル・ジュエルなら、様々なアクセサリーの宝石としても使えますし、魔物の素材なので普通の宝石よりも付与魔法が定着させやすいはずです。それにシルキーワームの出す繊維は、とても滑らかで肌触りがいいんですよ」
テレーズ王女は、相槌を打つように何度も頷く。
「なるほど、宝飾品の他にも、宮廷魔法使いや優秀な付与魔法使いに【防御】や【安産】などの貴族に必要な魔道具にもできるというわけですね。それに魔物産のシルクは、エルフ絹よりも日常的に使えるますね」
レスカの提案を気に入ったのか早速、傍にいる文官の一人にメモをさせ、後日の購入余地を告げる。
「女性への贈り物は決まりました。ですが、お父様やお兄様方への贈り物は決まりませんね」
困ったように微笑むテレーズ王女は、今度は俺の方に目を向けてくる。
だが、俺としては王族に適した贈り物など分からず、内心困惑する中、無難なものを口にする。
「酒と燻製肉、チーズなどは、如何でしょうか? トレント牧場で採れたブドウから作られたワインとトレントチップで燻されたボア種の燻製肉、ブラックバイソンの乳から作られるチーズなどは、珍しいのでないでしょうか」
「魔物由来の食材を使った珍味扱いとしては、いいですね。それも購入予定としましょう」
そう言ってあっさりと俺の提案を受け入れるテレーズ王女。
「ご相談に乗っていただきありがとうございます。また、何かありましたら相談させていただきます」
そう言って、綺麗な会釈と共に護衛を引き連れて去って行く。
そして、俺とレスカ。それにワイバーンたちの世話をしている今日の竜騎士がテレーズ王女を見送っていた。
見えなくなったところで、ふぅと息を吐き出す竜騎士の青年が俺たちに挨拶をしてくる。
「今日もありがとうございます。飲み水は、私が運びます」
「いや、容器に残った水を捨てなきゃ行けないから俺も手伝う」
俺は、竜騎士の青年と共に舞い上がったオガクズや藁などの敷き材が浮かぶ飲み水の容器を少し離れた場所に捨て、持ち込んだピュアスライムの浄化水を注ぐ。
他の竜騎士や自警団たちは、先程捕らえたらしい巨大なカエルの魔物――マッド・フロッグを解体して餌の準備をしている。
レスカは、ペロやチェルナ、マーゴたちを連れて、一頭ずつワイバーンたちに挨拶をしつつ、顎下を撫でるようにして触れ合いを楽しんでいる。
レスカたちの様子を飲み水を注ぎ終えた俺と竜騎士の青年が眺める。
そして、先程のテレーズ王女のことが気になり、尋ねる。
「テレーズ王女も、頻繁にワイバーンたちの様子を見に来るのか?」
「いえ、普段は普通に私たちが報告に向かっていますよ。この町の周辺に問題がないか、とか【魔の森】の中におかしな物やおかしな魔物の動きがないか、とかで調べるように命令されてますけど」
春先から色々と問題続きで、心配なんでしょうかね、と困ったように笑う竜騎士の青年。
「ただ、このワイバーンだけは、テレーズ王女にとって特別かもしれませんね」
「テレーズ王女にとって特別なワイバーン?」
「はい、私がまだ竜騎士見習いの頃、急遽、国王陛下を始めとした王家の方々が竜騎士団のワイバーンの厩舎に視察に来たんですよ。その中にまだ3歳の幼いテレーズ王女も居りまして、怖面のワイバーンたちを見せるのは、ワイバーンに携わる者として少し躊躇われたんですよ。でも、不思議とテレーズ王女は怖がることもなく真剣にワイバーンたちを一頭ずつ見ていったんです。」
俺は、頷きながら相槌を打つので、竜騎士の青年も滑らかに語る。
「それで一頭ずつ見ていたテレーズ王女が、とあるワイバーンの厩舎の前で止まったんですよ。そして、国王陛下に飛ばさないで、動かしちゃダメ、死んじゃう、と必死にお願いして厩舎の前で大泣きし始めたんですよ」
あまりの豹変っぷりに驚いたことは、当時のことを思い出して、懐かしむように目を細める竜騎士の青年の話に耳を傾ける。
「そのワイバーンは、ちょうど国境までの長距離巡回任務を控えていたんですけど、流石にテレーズ王女が厩舎の前で大泣きし続けるので、別のワイバーンに巡回任務を変わってもらい、そのワイバーンを調べたんですよ」
「それでどうなったんだ」
「なんと、そのワイバーン。竜騎士たちの目を盗んでオスのワイバーンと交尾していたらしく、お腹に卵を抱えていたんですよ。それから程なくして卵を出産したんです。そして、その時のワイバーンがテレーズ王女が触れていた子なんですよ」
成体となったばかりの若いワイバーンをテレーズ王女が撫でたようにレスカも今撫でていた。
「竜騎士の相棒となるワイバーンは、任務を遂行できるように本能を押さえ込むように訓練されてるんです。もし、テレーズ王女が気付かなければ、母ワイバーンは自身の体調を無視して任務に就いていたかもしれない」
その結果、飛行中に失速したワイバーンから竜騎士が上空から投げ出されて、竜騎士、騎竜のワイバーン、お腹の中の卵の三つの命が失われていたかもしれない。
そう竜騎士の青年は、話を締めくくる。
「不思議な話もあるもんだなぁ」
「ええ、他にも嫌な予感がする、とテレーズ王女様がおっしゃった時には、大抵いつもとちょっと違って誰かが怪我しそうになるのを防ぐことができたりする。って話は王宮内では有名な逸話ですね」
流石にその逸話は、不思議では終わらせられないと思う。
何らかの【加護】でも持っていたのだろうか。
動物や魔物と意思疎通する【動物会話】のような加護か、異変を感じ取る【直感】のような加護かもしれない。
俺は、そう思いつつ竜騎士の青年と共に、ワイバーンたちの寝床から汚れた敷材を退かして、新しい敷材を詰めていくのだった。
【ワイバーン】
討伐ランク――B~C+(一流の冒険者、もしくは、一流以上の騎士が複数必要)
飛行能力が高い飛竜と呼ばれる亜竜系の魔物の一種。
地域や環境によってワイバーンの体色や体格などが異なるが、総じてコウモリのような皮膜を持つ翼が前足と一体化しており、後ろの二本足と長い尻尾で体のバランスを支えている。
魔物としての身体強度は、Cランク魔物と同等程度であるが、高い飛行能力から討伐には専用の対空兵装、もしくは魔法などが必要なことから討伐ランクは、Bとされている。
ワイバーンの調教には、危険が大きいために最低Cランク以上の戦闘能力と落下時の生存のための風魔法などの調教以外の能力が求められる。そのために、ワイバーンに乗る竜騎士たちは、一流の騎士であり、調教師とも呼ばれる。









