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5-2

 5-2


 テレーズ王女の視察は、馬車をゆっくりと進ませ、牧場町を一周するようにして軽く町の全体像を説明し、代官の館へと進んでいく。


「本日は、このまま町を周り、代官の館でパリトット子爵や文官、護衛の騎士たちと会議をしましょう」

「分かりました、殿下」


 パリトット子爵がそう返事をすると、今度は俺やレスカの方に顔を向ける。


「本格的な視察は、明日以降となりますし、護衛や案内などは、文官や騎士たちが行なってくれます。それでも何かの際には、お二方をお呼びすることがあると思います」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「わ、私こそ、よろしくお願いします!」


 王女の言葉に俺は背筋を伸し、レスカも緊張から言葉をつっかえながらも答える。

 そんなレスカの返事に咎めることもなく、テレーズ王女は、微笑みを浮かべたまま、俺やレスカに気遣いの一言をくれる。

 そして、代官の館の辿り着き、馬車が止まり、同行する侍女が手を貸してテレーズ王女が馬車から降りる。

 その際、ふと何かを思い出すように、俺とレスカに振り返ってくる。


「そうでした。レスカさんは、魔物の扱いに長けていましたね。それでは、早速、ワイバーンたちの件で一つお願いしたいことがあります」

「お願い、ですか?」


 テレーズ王女の断定したような口調の言葉に、レスカが不安そうにしながら聞き返し、お願いの内容に耳を傾ける。


「基本的にワイバーンたちは、住民に配慮して町に入れず、それを操る竜騎士たちがワイバーンの傍でお世話するのですが、彼らの手助けをお願いできますか?」

「はい。謹んでお受けします。コータスさん、間近でワイバーンと触れ合えますね!」


 テレーズ王女からのお願いに、レスカは二つ返事で受け、ワイバーンと触れ合えることを喜ぶ。

 そんなレスカの様子を見たテレーズ王女は、微笑みの表情を忘れて、驚きに目を見開く。


「……ワイバーンのお世話の手助けとは、水飲み場を教えたり、どの辺りで休めば町人に不都合がないか、という話ですよ。それにBからC+相当の魔物であるワイバーンが怖くないのですか?」


 驚きから今度は、訝しげにレスカを見るテレーズ王女。


「怖いか、と言うより慣れだと思います。あと私は、ワイバーンにも興味がありますし、友好的な魔物と仲良くなるのが得意なので」


 困ったような微苦笑を浮かべるレスカの返事に、ああ、生粋の魔物好きなのか、ということがテレーズ王女に伝わり、テレーズ王女が小さく笑う。

 今までの微笑みが対人関係を円滑にする手段だったのに対して、その笑みが心の底からの笑みと感じられるほどに綺麗な笑みを浮かべる。


「わかりました。でも、お怪我がないようにお願いします。それから明日以降の視察を楽しみにしています。それでは私は、これで失礼します」


 本心からの笑みは一瞬で、次の瞬間には、こちらを心配する表情を見せたテレーズ王女は、再び微笑みを浮かべ、綺麗な所作のままパリトット子爵に案内されてが館の中に入っていく。


 そんなテレーズ王女の後ろ姿を見送る俺とレスカは、小さく呟く。


「テレーズ王女様、とても優しそうないい方ですね。最後に私の心配をしてくれました」

「そうだな。とりあえず、ワイバーンのところに待機している竜騎士のところに行こうか」


 俺は、そうレスカに提案するとレスカも、はい、と返事をして町の南門の方に進んでいく。

 そして、南門側で待機していた三組の竜騎士とワイバーンたちに近づく。


「辺境警備所属のコータス・リバティンだ。テレーズ王女殿下の指示でこちらの魔物牧場の牧場主のレスカと共に、ワイバーンの世話の手伝いに来た」

「おお、感謝します。けど――」


 竜騎士の中で年嵩の一人が困ったように自身の相棒であるワイバーンを見る。

 この牧場町に辿り着いた時には、気付かなかったが、俺を見る目――と言うより俺の頭の上に乗るチェルナに畏怖の視線を向けていた。


『グルルルルルッ――』

『キュイ!』


 三頭のワイバーンは、緊張したように待機しているの対して、チェルナは、短く片手を上げて鳴き声を上げる。

 チェルナとしては、こんにちは、とかよろしく、のような挨拶をしたのだろう。

 その返事に対して、真竜を本能的に畏怖するワイバーンたちは、困惑しているように縮めた体を少し開く。


「俺たちは、どうすればいいんだ?」


 真竜の雛とは言え、チェルナを本能的に恐れ、動きそうにないワイバーンたちをどう扱えば良いのか困る俺や竜騎士たちを尻目に、レスカがワイバーンたちに近づく。


「とりあえず、誘導しましょうか」

「レスカ、危ないぞ!」

「大丈夫ですよ。ヒビキさんからお守りを貰っていますから」


 俺が止める間もなくレスカは、ワイバーンたちに近づく。

 ここで俺とチェルナが不用意にワイバーンに近づくと恐慌状態になって、レスカに危険が及ぶ可能性があるために、手出しできない。

 困惑するワイバーンの一体がレスカの体に染みつくチェルナの匂いを感じ取り、身を硬くするが、レスカが優しい手付きで頭や首筋を撫でて語り掛ける。


「あなたたちがとても行儀がいい子たちですね」

『グルルルルッ――』

「チェルナは、まだ真竜の子どもなので、怖いことはありません。竜としての先輩としてチェルナと仲良くして下さいね」

『グルルルルッ――』


 優しく語り掛け続けることで一頭のワイバーンが落ち着き始め、それを見ていた他の二頭も同じように落ち着きを見せる。


「ここは街道となっているので、人が来た時に驚いてしまいますから移動してくれますか?」

『グルッ――』

「はい。ワイバーンの皆さんがゆっくり休めるようにお手伝いしますね」


 レスカが一通り語り掛けた結果、ワイバーンたちは落ち着きを取り戻した。


「凄いなぁ。初めて会ったワイバーンに物怖じせずに、あそこまで好かれるなんて腕のいい調教師だな」

「それに真竜様の気配に敏感になってるワイバーンたちを落ち着ける手管は学びたいな」


 感心する竜騎士たちを尻目にレスカは、テキパキと移動するためにワイバーンたちを先導する。


「皆さんも一緒に来てください! ワイバーンたちが休めるように寝床の用意や水場の用意をしましょう」

「ああ、わかった」

「それじゃあ、小麦畑を迂回するように着いて来て下さい。町の東側の草原ならワイバーンが待機していても問題ありませんよ」


 そう言って、レスカが誘導するように歩き始めると、ワイバーンたちは、翼である前腕で体を支えながら、ゆったりとした動作でレスカに着いていく。

 移動先は、牧場町の東側であり、平原も広がっているために、大型の魔物が集まっても問題はない。

 それに――


「ここにワイバーンの寝床を作りましょうか。木材加工所が近いですからオガクズも集めやすいですね」

「レスカ。俺は、どうすればいい?」

「一度、牧場に戻って、何人かの自警団に声を掛けてくれますか? それとペロにリアカー、それと地面を掘るスコップ、牛舎にある水飲み容器を持ってきてくれますか?」

「わかった。行ってくる!」


 チェルナは、俺の頭の上から飛び立ち、レスカの胸元に飛び込む。

 レスカの指示を受けた俺は、すぐさま牧場に向かい、オルトロスのペロにリアカーを牽かせて、スコップやリスティーブルのルインが使う水飲み容器の予備を幾つか積み込み、運ぶ。

 その際、一度町の自警団の居る休憩所に寄り――


「すまん。何人か人手を貸してくれるか?」

「コータスさん、どうしたんですか?」

「さっき、テレーズ王女が視察に来ただろ? それに同行する竜騎士たちのワイバーンの寝床を用意するから手伝いが欲しくて」


『本当か! 俺、手伝いに行くぞ!』


 俺の話を聞いた自警団の全員が、勢いよく立ち上がり立候補するが、流石に候補者が多すぎて、俺が困る。


『アラド王国の憧れの竜騎士! それにワイバーンが間近で見られる!』『絶対に世話したい! ってか、会ってみたい!』『一流の調教師とも言える竜騎士に握手したい!』


 そんな牧場町の男たちの憧れの存在と触れ合える機会に、それぞれの自警団たちが互いに譲らず、殺気立ち始めるので……


「しばらく滞在するだろうから、世話の手伝いは、順番な。ちゃんと俺から言っておくけど、問題を起こしたら除外するぞ」

『『『わかった! 楽しみにしてるぞ!』』』


 全員が素直に俺の言うことを聞き、とりあえず5名ほど手伝いを指名する。

 早速、ワイバーンを間近で見れると全身を使って歓喜する自警団たちは、自警団の休憩所に置かれたスコップなどを持ち、俺とリアカーを牽くペロに同行する。

 そして、レスカに言われたものを集めて戻ってきた俺たちは、早速リアカーに荷物を降ろしていく。


「レスカ、言われた通り人と物を集めてきたぞ」

「コータスさん、ありがとうございます。それじゃあ、指定した辺りの地面を柔らかく掘り返して、こう、窪地のようにしてくださいね。私は、ペロと一緒に町の人たちにワイバーンのことを伝えて必要なものを集めに行きますね」


 レスカは、ペロを引き連れて、俺たちと入れ替わるように牧場町の方に戻っていく。

 その際、ペロは穴掘りしたそうにしていたが、レスカに付き従う。

 多分、戻ってきたら存分に穴掘りの手伝いができるだろう。

 そして、そんなレスカの傍にチェルナが居なかったために、何処に、と辺りを見回すと、目の前に影が迫る


『キュ~イ!』

「ぶへっ……チェルナか」


 俺の頭上から顔に張り付いてくるチェルナ。

 どうやら、三頭のワイバーンの尻尾先から背中によじ登り、その頭の上から飛んでいるようだ。

 そんなチェルナの姿を見て、ガウガウとワイバーンたちも温かな視線を向けている。

 どうやら、ワイバーンたちに遊んで貰っていたようだ。


「なんだか、すみません。うちのチェルナが」

「いえ、憧れの真竜様とこうして触れ合えたので、とても嬉しく思いますが……」


 そうして竜騎士の一人がチェルナの方を見ると、ワイバーンが尻尾先をゆっくりと動かし、それを追うように低空でチェルナが飛んでいる。

 その光景に、俺や牧場町の自警団たち、竜騎士たちがほっこりとする中、俺も持ち出したスコップでレスカに指定された場所の地面を掘り返し、柔らかくする。


「真竜の竜騎士殿に色々として頂き、色々と手伝いって頂きありがとうございます」

「俺は、まだ若輩者で、周囲が竜騎士と言っているだけで竜騎士ではないんだ。できれば、コータスと呼んで欲しい」

「では、コータス殿。改めて、ありがとうございます」


 そう言って、頭を下げる年嵩の竜騎士。

 そして、竜騎士たちも土で汚れることに構わず、土を掘り返すのに疲れた自警団の人たちと交代してワイバーンの寝床を用意していく。


「それにしても嬉しいですね。こうして、私たちのワイバーンを受け入れてくれるのは……」


 土を掘り返し、柔らかくして、窪地を作る中、年嵩の竜騎士の呟きが聞こえる。


「あの……それは、どういうことなんだ?」

「言葉通りですよ。アラド王国を代表する竜騎士たちは、憧れや国を象徴するものですが、だからと言って無条件で全てが受け入れられる訳じゃ無いんですよ」


 例えば、ワイバーンの大きな魔物の体を維持するためには、それ相応の餌が必要なので、餌の量から逆算して常に30頭ほどしか管理することができないこと。

 また、竜騎士団の業務は、飛行訓練や上空からの偵察、そして魔物の生息域での魔物の討伐を主としているが、その魔物討伐の大部分は、自前の餌を調達である。

 また、B-からC+に分類される魔物であるために、自衛能力の乏しい小さな村や町にワイバーンは恐れられる。

 そのために、そうした村々に訪れる際には、竜騎士たちはワイバーンを安心させるため、また住人を安心させるために、ワイバーンと共に野外での寝泊まりをすることが多いので、安心して休むことができる日々は少ないらしい。


「だから、こうして相棒のワイバーンと野営の準備をする時は、他の騎士団の人よりも準備が大変だし、町に寄っても宿で休めない時が殆どだから、そこは辛いかな」

「そんな内情があったのか」

「同じ魔物でも軍馬として調教されたバトルホースなんかは、素知らぬ顔で馬屋に入って休めます。だから、時折他の騎士団が羨ましく思うんですけどね。やっぱり、自分の相棒が可愛いんですよ」


 そう言って語っている間にも、ワイバーンの頭から飛ぶチェルナが俺の頭の上に着地し、ワイバーンが相棒である年嵩の竜騎士に甘えるように頭を擦り付ける。


「まぁ、今回の視察には、テレーズ王女たちの護衛たちには、交代要員の竜騎士も混じっているので、連日野宿ってわけじゃないので、ちゃんと交代で休んでいますよ」

「いい話を聞かせて貰った。ありがとう」


 いつの間にか、作業の手が止まっていた俺だが、俺以外にも牧場町の自警団の男たちも竜騎士の話に耳を傾けていた。


「そ、そんなに大変だったんですね! みんな、竜騎士さんたちが少しでも楽できるように、ワイバーンたちの寝床をしっかり作るぞ!」

『『『おうっ!』』』


 自警団たちがやる気を見せて、平原の地面を掘り返し、窪地を作る。

 そして、窪地が完成してしばらくして、レスカがペロの牽くリアカーにオガクズや藁を満載にして戻ってくる。


「皆さん、お疲れ様です! それじゃあ、このオガクズを窪地に敷き詰めてくださいね!」


 レスカの指示で地面掘り返したスコップでオガクズや藁を運び、窪地に詰める。

 その一方でレスカは、液体運搬のタンクをリアカーから降ろそうとするので、俺が代わりに運び、水飲み容器に水を注いでいく。


「コータスさん、ありがとうございます」

「いや、力仕事は任せてくれ」


 ワイバーンの飲む水の量は分からないが、体格から結構な量の水を用意したところ早速、ワイバーンたちが水飲み容器に顔を向けて舐めるように水を飲んでいく。


『――ガウガウ、グルルルッ!』

「本当に、レスカ殿には、何から何まで済まないな」

「いえ、気にしないでください。私はただ、魔物たちが過ごしやすい環境を作っているだけですから」


 そう言って微笑むレスカに、竜騎士たちは眩しそうに目を細めるのだった。



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