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5-1


 5-1


 自警団との訓練から三日後、バルドルに伝えられたテレーズ第二王女の視察の日がやってきた。

 第二王女の出迎えのために朝から俺やバルドル、それに親父やこの町に滞在する文官や武官、町の代官のパリトット子爵が町の南側に集まる。


 そのために、既に狭い牧場町では、何が起こるのか、ということが伝わり、牧場町の町人たちがアラド王国の王族の来訪を見るために遠巻きで集まっている。


「そろそろかな」

「だと思うぞ」


 辺境に送られた俺やバルドルには、騎士の制服のようなものがなく、夏に適した服装に腰に剣を下げて表面上は取り繕っている。


『キュイ!』

「え、ええっと……私も一緒に居て良いんでしょうか? とても不安なのですが」

「申し訳ありません、レスカさん。私の知識だけでは、牧場町の全てを網羅することができませんので」


 そんな俺の隣には、レスカが並び、頭の上にはチェルナがしがみついている。

 レスカが俺の隣に居る理由は、前日になりパリトット子爵からのお願いされたのだ。

 パリトット子爵は、代官であるために牧場町の扱う交易品や商品などについては深い知識を持っている。

 だが、飼育する畜産魔物の知識に関しては、この牧場町ではレスカが幅広く持ち、何よりテレーズ王女と歳が近いために、視察の息苦しさを無くすために呼ばれたのだ。


「私は、王族に対する礼儀作法とか分かりませんが大丈夫でしょうか」

「大丈夫です。不安でしたら、いつものようにチェルナさんを抱いていれば、問題ありません」


 さらりとブラックジョークを口にするパリトット子爵だが、レスカはその意味を分からず、苦笑いを浮かべている。

 無礼打ちでレスカに剣を向けても、チェルナを抱いているとチェルナにも剣を向けたことになる。

 真竜を崇める国で真竜に剣を向けるなど、王族でも犯してはならない禁忌を盾にすると行っているのだ。

 本当ならチェルナをレスカの牧場にいるヒビキに預けたままにしたかったが、いつものように俺の頭を上に乗ってこの場にいる。


「少しだけですが、テレーズ王女とは面識がありますが、とても気安い方です。そう肩肘を張らずに」


 小太りの中年男性でありパリトット子爵に宥められ、レスカの緊張が少し解れたところで、俺はバルドルに振り向き尋ねる。


「バルドル。そう言えば、近衛騎士だったからテレーズ王女と面識があるんだよな」

「あ、ああ、とは言っても俺が左遷されたのが5年前だから、当時は10歳か。パリトット子爵が言うように、気安い方だから、それほど緊張する必要はないぞ」


 バルドルは、程よい緊張感の中でテレーズ王女の到着を待つ中、遠くの空に小さな影が見えた。

 テレーズ王女を見るために集まった町人たちがそれに気付き、小さなざわめきが起こる中で、俺はそれがなにかを理解する。


「どうやら、来たようだな。あれは、竜騎士か」

「竜騎士と言いますと、ワイバーンですか?」

「でも、速さが……」

「あれは、速さを合わせているんだろう」


 三組のワイバーンと竜騎士は、ゆっくりとした低速で編隊を組み、この牧場町を目指している。

 そして、その竜騎士の真下には、馬に騎乗した騎士たちに護衛された馬車群が連なり、牧場町を目指していた。

 その内の一台には、側面には真竜アラドをモチーフとした王家の紋章が刻まれ、一際見栄えする馬に牽かれた豪奢な馬車が目に付く。


「あれが第二王女が乗っているのか」

「ああ、そろそろ準備をしろ」


 多数の馬車が牧場町の郊外に止まる。

 俺とレスカは、臣下の礼を取って待つ中、侍女が豪奢な馬車の扉を開け、テレーズ第二王女殿下に手を貸して馬車から降りてくる気配を感じる。


「楽にして構いませんよ」


 その凜とした一言に、全員が臣下の礼を解き、顔を上げる。

 その視線の先には、長い銀髪と青い瞳に日焼けなどしたことが無さそうな白い肌をした儚げな少女がいた。

 ただ、微笑みを浮かべて、意思の強さを感じさせる少女であった。


「この度は、わたくしの視察の受け入れを感謝しますわ。パリトット子爵殿」

「テレーズ王女殿下に来て頂けたこと。そして、この町を案内できることは、この町を任されている者として無上の極みでございます」


 小太り中年のパリトット子爵が前面に立ち、テレーズ王女の相手をする中、その隣で静かに頭を下げるレスカに目を向ける。


「そちらのお嬢さんは、パリトット子爵のご息女ですか? 確か、ご子息はいらっしゃると聞いておりますが……」

「いえ、このお嬢さんは、この町で多くの畜産魔物の知識を持っている者でございます。何分、私自身が浅学非才の身で分からぬことも多々あります。故に、魔物に関しては、彼女に尋ねれば、多くを解決すると思いまして、顔合わせをお願いしております」

「なるほど。わかりました。そちらの方、お名前は?」


 テレーズ王女は、レスカの方に視線を向け、名前を尋ねる。


「レ、レスカ、と申します!」


 上擦った声で返すレスカに凜としたテレーズ王女は、柔らかな微笑みを浮かべる。


「よろしくお願いしますね、レスカさん」


 レスカの方が年上なのに、どこか大人びたような雰囲気のテレーズ王女は、微笑みをそのままに、次に隣に並ぶ俺の方に目を向ける。

 いや、正確には、俺と俺の頭の上に乗るチェルナを見て、表情が一瞬、強張る。


「お初にお目に掛かります。ラグナス団長のご子息のコータス様ですね。我が国で崇める真竜様を保護して頂き、ありがとうございます」

「……勿体ないお言葉です」


 片や真竜を守り育てる一介の辺境の騎士、片や真竜を崇める第二王女。

 俺も短く返事をするなら、チェルナがふわぁっと欠伸をするために、両者の空気が微妙になる。

 それに合わせて、テレーズ王女の肩がプルプルと震えているのは、きっと真竜であるチェルナに会えて感動しているからだろう。

 決して、俺の頭にしがみつき、自由に振る舞うチェルナを見て、笑いを堪えているのではないと思いたい。


「……今回の視察は、私の見聞を広めるためのものです。コータス様や他の皆様も、気軽にしてくれて構いません」


 そんなテレーズ王女は、深呼吸をして落ち着き、俺とチェルナから視線を外し、そう周囲に告げる。

 第二王女としては、真竜を神聖視する一方で、政治的には過度な接触は、貴族派閥からの攻撃材料にされないために、あっさりとした接触なのだろう、と感じる。

 そして、テレーズ王女は、次にバルドルの方に目を向ける。


「お久しぶりですね、バルドル様。お兄様からお聞きになりましたが、この度はご婚約おめでとうございます」

「テレーズ第二王女殿下からのお祝いの言葉、とても嬉しく思います」


 テレーズ王女は、軽い挨拶とバルドルの婚約の祝辞を述べる。

 そして、それを受けたバルドルが小さく頭を下げると続いて親父の方に目を向ける。


「ラグナス団長も文官たちの護衛に感謝します。とは言っても、それに便乗した避暑はいかがでしたか?」

「この避暑旅行を許可してくれたテレーズ王女には、感謝してます。とても有意義に過ごすことができてます」


 元冒険者としてどこか砕けた口調の親父だが、テレーズ王女を始め周りの者たちも特に気にした素振りはない。


「奥様や息子さんとの避暑は、どうでしたか?」

「妻のアルテナは、パリトット子爵夫人から牧場町で生み出される菓子や宝飾品を見せて貰ってます」

「そうですか。それでは、ぜひ私もアルテナ様と共にパリトット子爵夫人からこの町の名産について色々と教えて貰いましょう」

「それに息子のアポロは、そこのコータスのところに入り浸って外を駆け回ったりしてます」


 親父の荒っぽい言葉にも、上品に答えるテレーズ王女に対する好感度は、非常に高い。

 テレーズ王女の話は、再びパリトット子爵と談笑を始める。


「パリトット子爵、とても素晴らしい小麦畑ですね。それに立派な風車小屋もありますね」

「はい。この町の主要な産業は、農業と畜産業が殆どでございます。作られた小麦は、パンにする他にも他の穀物となる野菜と合わせて畜産魔物を育てるのにも使われております。テレーズ殿下の馴染み深いものですと、この町で育てられたブラック・バイソンが毎年王室に献上されております」

「ブラック・バイソンの肉は、社交界でも人気ですわ。特に、公務で忙しい陛下は、ステーキにして食べることで一日の活力としていらっしゃいます」


 それは、ブラック・バイソンを育てる牧場としても誉れ高いことです、とテレーズ王女とにこやかに話しかけている。

 ふと、テレーズ王女の視線は、牧場町の低い建物の更に向こう側、北側に広がる【魔の森】とその遠くに聳える霊峰に向けられる。

 今まで微笑みを浮かべていたテレーズ王女の表情が一瞬だけ真剣なものになる。


「テレーズ殿下。何か気になることでも?」

「いえ、素晴らしい景色だと思いましたわ。立派な小麦畑と風車、アラド王国を象徴する真竜の住まう霊峰を望み。そして、美味しい料理の数々。貴族の避暑地としては、素晴らしい立地ですわね」


 すぐに変わらぬ微笑みを浮かべ、謝辞を口にするテレーズ王女に、俺は、先程の表情は見間違いだろうと思う。

 パリトット子爵は、相も変わらず穏やかな笑みのまま答える。


「はははっ、【魔の森】が近くにあるので少々心情的には難しいですな。開拓により【魔の森】の境界を押し上げることができれば……ですかね。ささ、ここで立ち話も何ですから視察に参りましょう」

「分かりましたわ。それでは、案内をよろしくお願いします」


 そう言って、パリトット子爵がテレーズ王女を案内して、護衛の騎士と文官がテレーズ王女に同行する。

 そして、そのテレーズ王女の視察には、俺やレスカ、バルドル、親父も同行し、町中に入っていく。



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