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きっと気絶していたのだろう。
「んっ……」
意識を戻すと、首に鈍い痛みが走り、小さく呻き声を上げる。
仰向けに寝かされているらしい俺は、ゆっくりと目を覚ますと、こちらを覗き込んでくる逆さまのレスカを顔が飛び込んでくる。
「レスカ……っ!? 俺は!」
「ダメですよ! まだ休んでください! 首を蹴られたんですよ!」
俺は、頭を持ち上げて起き上がろうとするがレスカに両肩を押さえつけられ、太ももの
上に頭を戻され膝枕をされている。
そして、親父に蹴られた首に触れれば、再び鈍い痛みが走る。
「……あれで意識を刈り取られたのか」
「はい。ですから、今は休んだ方がいいです」
【頑健】の加護は、体が丈夫になり、怪我の治りが早いが、多少は安静にする必要がある。
「でも、凄かったですよ! と、言うか凄すぎて途中から全然分かりませんでした!」
「レスカ、ありがとう。だけど、やっぱり、俺はまだまだだな」
親父との打ち合いの最中、魔力武器や身体強化が崩れた。
あれは、俺との打ち合いの際に、魔力武器の長剣と打ち合うたびに、《練魔》が打ち込まれていたんだ。
それに気付かずに攻め立てた結果、相手の魔力を乱す《練魔》の影響が蓄積し、魔力武器が崩壊し、それに繋がる半物質化した魔力の防具や身体強化が消えたのだ。
「はぁ、あの応酬の中でそこまで意識を割けなかったのが俺の敗因だな」
レスカは、俺の呟きの意味が分からずに苦笑いを浮かべながら小首を傾げる中、レスカ以外の影が俺の上に差し込む。
「可愛い嬢ちゃんに介抱してもらって良いご身分だな」
「親父……」
親父が来たことで体を起こそうとするが、手でそのままで良いと静止される。
「ホント、予想以上に強くなっていて俺が驚きだ」
「だけど、負けだ」
「こっちだって、一応団長名乗ってるんだ! 団長として、それにコータスとアポロの父親としての威厳を持たせろ!」
「俺だって、アポロ義兄として、ジニーの師匠としての威厳が欲しかった」
そう言って、互いに軽口を叩き合う。
「ほんと、拾った時は、チビだったのに強くなりやがった。俺とお前の打ち合いは、本当に高度な戦いの入口なんだぞ? 互いの妨害の魔力を籠めて打ち合い、相手の魔力を打ち消す魔法戦士の高度な戦いだ」
「俺は、そんなことやったつもりはないんだが……」
「コータスは、馬鹿正直に剣で打ち倒そうとしたが、こっちが打ち合いに合わせて《練魔》を打ち込んでも身体強化の魔法がビクともしなかったぞ。防御のための魔力制御なら俺を既に超えてるよ」
十合で打ち崩すつもりが、倍以上掛かっちまった、と親父は口にする。
先程の最後の打ち合いは、高度な魔法戦士の戦い方だったのか、と反芻する。
今の俺よりもまだまだ成長の余地があり、小さく拳を握る。
「さて、コータスは今日はもう休んでいろ」
「いや、俺は――っ!?」
『『わふっ!』』
『キュイ!』
体を起こして自警団の訓練に戻ろうとするが、今度は俺の腹に飛び込んできたペロとチェルナによってのし掛かられ、強制的に寝かされる。
「ペロ、チェルナ。重い……」
「お前、【養分貯蔵】の内包加護で限界以上の魔力を使ったんだから、今は休め。それにそこの嬢ちゃんを心配させるな」
そう言われては、仕方がないと溜息を吐き、レスカの太ももに体重を預ける。
「それにしても目出度いな。コータスの成長っぷりを祝わねぇとな。左遷されて腐ることなく、鍛え続けてたみたいだ。それに鍛錬ばっかりで無愛想なコータスにもいつの間にかいい人ができて」
そう言って、楽しそうな笑みを向けてくるので俺は気恥ずかしさに口を噤む。
「まぁ、今回は、父親に花を持たせろ。それと今日は休め」
有無を言わせぬ、親父の物言いに俺は渋々頷く。
そして親父たちは、自警団の訓練に戻り、バルドルと何やら話している。
俺は、目の動きだけで、様子を見る。
ジニーは、【剣術】の加護があるが、自分に適性のある武器を見つけていないために、鍛錬で使う様々な武器に目を凝らし、その動きを確かめている。
アポロは、俺と同じ長剣に適性があるために、俺の動きを思い返し、同じ長剣が得意な自由騎士の人と相談している。
他にも俺との模擬戦の後に復活した自由騎士が自警団たちを指導したり、何度もローテーションで自警団のグループが集団で模擬戦をしている。
そうして、その日の自警団の訓練が終わり、バルドルの合図と共に人がバラバラに帰っていく。
俺もレスカたちと一度牧場に戻り、牧場仕事を終えて、自警団たちと湯屋に入る時間をズラそうと考えていると、バルドルに呼び止められる。
「コータス、ちょっといいか」
「どうした?」
「いや、今朝に先触れが来て伝え忘れてたんだが――『三日後に、各地を視察中のテレーズ第二王女殿下がこの町に到着する』ってな」
周囲に聞こえないように俺に小さく耳打ちするバルドルに、そうか、と頷く。
町に来ている親父や文官、武官たちは、第二王女――テレーズ王女が賜る領地の下調べのために視察に来ているのだ。
もしかしたら、各地の視察の報告が上がり、その中で有力候補であるこの町を選んで直接視察に来るのかも知れない。
「わかった。それで何が必要なんだ?」
「一応、普段通りの格好でいいそうだ。まぁ、元々辺境警備には、制服らしいものもないしな。当日の視察は、俺やコータスも護衛に加わって、パリトット子爵が町を案内するようだ」
「了解した」
俺は、短く返事をしレスカとジニーと共に牧場に帰る。
今日は、ジニーの祖母のリア婆さんが夏場の薬草採取のために【魔の森】の奥地に数日間出かけており、ジニーは、お泊まりである。
俺たちは、牧場仕事の手伝いを終えて、湯屋で一日の汚れを落としてからレスカの牧場の母屋に戻ると、ヒビキが声を掛けてきた。
「ねぇ、コータス! 第二王女様がこの町に来るの! 三日後なんでしょ!?」
ヒビキから尋ねられた俺は、頭痛を堪えるように、こめかみを押さえる。
「ヒビキ、なんでさっきバルドルで話していたことを知ってるんだ」
一応、聞こえないように小さな声での伝達である。
また、第二王女の来訪は、警備の関係上なるべく多くの人には知られたくないのだ。
「そりゃ、ねぇ……」
そう言ってレスカたちの向く方向には、ジニーと契約する火精霊のミアと威嚇しあっているコマタンゴ・リトルフェアリーのマーゴがいた。
「コマタンゴの菌糸の繋がりで盗聴していたのか」
俺は、はぁ、と深い溜息を吐き出す。
「で、でも悪いことには使ってませんよ! マーゴから聞く情報は例えば――今日は、どのお店の食材が美味しいだとか、安いとか、そういう情報だけですよ!」
「もう、レスカちゃんは、買い物上手の料理上手なんだから、お姉さんは嬉しいわ」
そう言って、レスカを抱き締めるヒビキとの茶番を俺とジニーが冷ややかな目で見つめる。
そして、ジニーは――
「そう言えば、第二王女、第二王女ってみんな言うけど、正直、あたし、第二王女がどんな人なのか知らない」
ジニーの言葉に、レスカもヒビキも確かにと頷く。
第二王女は、側妃の第二子であり、国内で余り気味の王女だという認識が一般できた。
そして一応、王都で暮らし、騎士をしている俺は、他より多少なりとも第二王女の話を耳にしている。
「アラド王国の第二王女――テレーズ王女殿下は、今年で15歳になる」
「意外と若いのね。やっぱり妹属性のお姫様なのかしら!」
隣で聞いているレスカは、変わらず苦笑いを浮かべ、ジニーは話の腰を折るヒビキに冷たい目を向けている。
俺は、ヒビキのいつも通りの訳の分からん言葉は、無視する。
「……話を続けるぞ。テレーズ王女は、確かに国内の勢力バランスを考えて、婚約は慎重を期していたと聞く。だが、それ以外にも婚約者がいない理由としては、本人の病弱説があるんだ」
「病弱説?」
「詳しいことは分からないが、テレーズ王女は昔から頻繁に寝込み、王宮の外に出ることは本当に稀だって話を聞いたことがある。そのために、いつ亡くなるか心配されたために、婚約者を用意できなかった、とも聞くな」
「昔ってことは、今は違うんですか?」
レスカが小首を傾げるように尋ねるので、俺は頷く。
「現在は、本人の体調が安定しているらしい。まぁ、病弱説自体の真偽は、謎なんだよな」
「なんだか、そう聞くと神秘的な方なんでしょうか? お姫様と言うからには特別な感じがしますね」
レスカは、ほんのりと顔を赤らめて微笑みを浮かべる。
王族というのは、空の上のような存在だし、そのお姫様と言うのだから、自分たちの想像もできないような特別な感じがする。
そして、レスカやジニー、ヒビキたちは、第二王女の来訪を密かに楽しみにしながら日々を過ごしていた。
…………
……
…
その人物は、眠っていた。
とある場所に向かうために、国内を巡り、馬車に乗り、各町の視察を行ない、その町で最も豪華な客間で眠りに就く。
だが、その人物は眠る時も時折、意識をハッキリさせる時がある。
『またこの夢ですわね』
自身の体から魂が抜け出したかのような俯瞰視点である。
日暮れによって北の霊峰に積もる雪が橙色に染まり、風車塔の帆が畳まれ、動きを止める。
牧歌的な牧場町を見下ろす中、北に広がる【魔の森】から赤い瞳がいくつも浮かび上がる。
そして、溢れ出すのは、大量の多種多様な魔物である。
それが津波のように【魔の森】から溢れ出し、目の前の町を呑み込んでいく。
『ああ、現時点では、夢は変わらないのね』
夢の中で何度も見た光景に私は、諦めの表情を浮かべる。
この後の流れは、留まることを知らない魔物の群れがその近隣の村々を呑み込み、蹂躙し、広範囲に拡散した魔物たちが方々に広がる。
そして、津波のような魔物たちの密度が薄まり、そして一種の狂乱状態を終えた魔物たちが更に縄張りを確保するために、同種で群れを作り、他種の魔物と争いその数を減らしていく。
そんな人の領域が蹂躙される光景をもう一度見せられるのか、と思っていた人物の頭上に黒い影が差し込むのを見た。
夕暮れから夜に変わった空を見上げれば、夜より暗い影が翼を広げて、魔物の蔓延る大地を見下ろしていた。
『GYAOOOOOOOOOOOOOO――』
怒りか悲しみか、その咆哮がどんな感情が籠もっているのか分からない。
だが、次の瞬間、その影から放たれた青白い炎が眼下の大地に降り注ぎ、魔物たちの群れ
を一瞬で焼き、町の一つを完全に消し去ってしまった。
そんな悲劇的な光景を見た私は、そこで目を覚ます。
「姫様、随分とうなされておりましたが……」
隣室に待機していた馴染みの侍女が水差しからコップに水を注ぎ、差し出してくれた。
第二王女は、悪夢を見たことで荒れた息を整え、汗だくになっている体を確かめる。
「平気よ。いつものやつだから」
第二王女は、侍女から水を受け取り、一息吐くとふっと笑ってしまう。
「間違っていない。私のやっていることは間違っていなかったわ」
「姫様、なにか新しい変化がありましたか?」
「ええ、なにか巨大な生き物が町ごと魔物を燃やしていたわ。これでまた一歩進むことができたわ」
第二王女は、自身のやっていることが間違いではないと感じ、再びベッドに横になる。
今度は、悪夢を見ないことを祈りながら――









