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親父たちとの談笑が続く中、俺が親父に尋ねる。
「それで、なんで親父がこの町にいるんだ?」
「そりゃ、騎士団の不正を正し終わったところで休みを貰ったからな。避暑のついでにお前に会いに家族全員で来たんだよ」
「嘘だな」
俺の断言に親父は、困ったなぁ、とぼやきながら頭の後ろを掻く。
「お前は、昔から自分のことに関しては鈍感なのに、なんでそういうところだけ鋭いんだよ」
「今朝、文官を連れた馬車が来たって話を聞いた。ただの避暑に来たのなら、そっちの説明が付かない」
確かにそうだな、と前置きする親父は、説明をしてくれる。
「確かに避暑ってのは嘘じゃない。だが、それと同時に、この町の視察のための一員としてうちの自由騎士と文官と一緒に来てるんだよ」
先程の箱馬車を護衛していた人たちは、やはり知り合いの自由騎士たちのようだ。
「視察? なぜ?」
家族を連れて避暑のついでに視察?
何のためにこの町を視察するのか。
「王太子の第一子が生まれて、そろそろ国の体制が次代に移行する動きがある。そうなると王家にいる第二王子と第二王女は、臣籍降下の必要がある。第二王子は、婚約者の公爵家に婿入りが決まっているが……」
「第二王女が賜る領地の選定か」
「その通りだ。貴族のパワーバランスを考えて婚約者不在だったからな。これから王家が保有する直轄領から隣接する町を幾つか賜り、新たな貴族家が生まれ、婚約者を選定することになるだろう。そのための準備の視察だ」
そうなると、この町以外の直轄領にも同じように騎士や文官が派遣されているのだろう。
「まぁ、そんなわけで休暇ついでに視察の一団に入れて貰ったわけだよ。コータスの顔も見たかったしな」
俺が胡乱げな目で見つめると親父は、わははっと豪快に笑う。
「とりあえず、しばらくは代官のパリトット子爵のところに世話になる」
「義兄様、こっちに滞在している間、一緒に居られますね! また稽古を付けて下さい!」
「……一応、俺も仕事と言うか、牧場の手伝いがあるからいつもは見れないぞ」
期待の籠もった目を向けてくるアポロに対して、黙っていたジニーからの視線が厳しくなる。
なんだろう、アポロのことをライバル視でもしているのだろうか。
そして、そんなアポロを落ち着けるように、アポロの母のアルテナさんが提案してくる。
「それなら、アポロもコータスくんのお仕事を見学すればいいんじゃないかしら? 牧場見学も避暑の楽しみの一環ではないかしら?」
それは、俺の判断では決定できないためにレスカに目を向けると、にこやかに頷く。
「牧場見学なら構いませんよ。ただ、ここは魔物牧場ですので普通の牧場とは違います。調教された魔物ですが、勝手な行動をすると怪我をする恐れがあります」
ハッキリと告げるレスカの言葉に、親父がアポロに尋ねる。
「どうだ、アポロ。ちゃんと指示に従えるか?」
「大丈夫です! 義兄様やレスカさんの言うことをしっかり聞きます!」
元気のいい返事を返すアポロ。
まぁ、聞き分けのいい子どもだから心配は少ないと思う。
そうして、細かい話の内容を詰めれば、そろそろ昼飯時になる。
「あっ、そろそろお昼ですね。ご飯を食べていきますか?」
「いや、外に箱馬車に仲間の自由騎士たちを待たせてるんだ。パリトット子爵のところに戻ってから町の食堂にでも出てみるさ」
そう言って、親父は、アポロとアルテナさんを連れて、帰って行く。
親父は、視察団と行動を共にするか、アルテナさんと牧場町を回るらしく、牧場見学
にはアポロと自由騎士を一人付けてレスカの牧場に送ってくれるようだ。
「ふぅ、帰ったか」
「なんだか、いい人たちですね。コータスさんのお父さんたち」
「ああ、そうだな。いい人たち、だと思う」
俺がレスカに相槌を打つと今まで黙っていたヒビキが俺に尋ねてくる。
「私たちは、コータスからあまり家族のこと聞いたことないから、もう少し詳しく聞きたいわ」
「親父たちのことをか?」
「そうよ。コータスの家族のことを知らないからこの機会に詳しくしりたいわ。そして、是非、あの可愛い義弟自慢をして構わないわよ! 逆に私もレスカちゃんとジニーちゃんって義妹自慢をするけどね!」
いつものように暴走して力強く宣言するヒビキに俺は溜息を吐き出し、レスカは苦笑いを浮かべ、ジニーは冷たい視線を向ける。
「でも、私もコータスさんの家族のことを聞きたいです。これからお昼ご飯の時間ですし、その時にでも聞かせてくれませんか?」
「……わかった。食事の時に話そう」
俺は、了承するとレスカは嬉しそうにしながら台所で朝の採れ立て野菜を使った料理を準備する。
昼食ができるまで俺は、親父たちのことで何を話せば良いか、頭の中で整理する。
そして、昼食ができて俺たちが食卓に着き、あまり俺は少しずつだが養父家族について話し始めた。
「親父は、ラグナス・リバティン。元Aランク冒険者で今はアラド王国に勧誘されて自由騎士団の団長をやってる。まぁ、性格は、見たまんまの感じだ」
俺とは違い、大柄だが人好きする顔立ちをしている。
結構前向きな性格は、どんな逆境にも強いが、悪く言えば、大雑把なところがあったりする。
「親父は、22歳の時にAランク冒険者に昇格したんだ。その時は、仲間のパーティーと一緒に一つのスタンピードを解決して国から名誉男爵の地位を貰ったらしい」
「へぇ、結構若い時にAランクの冒険者になったんですね」
「あたしは、お父さんとお母さんたちと旅してる時、酒場の吟遊詩人が【炎剣】のラグナスの詩を謡っているのを聞いたことがある。今日、本人を見れて、ちょっと嬉しかった」
ジニーは、ほんの少し口元が上がり自然と笑っている。
「ジニーちゃん、それって有名なの?」
「有名も有名。13で冒険者になって、15で一人前のCランク、17で未踏破ダンジョンを攻略して炎の魔剣を手に入れ、それから一年毎に魔物の群れを退治して、22歳でAランクに昇格するほどの偉業を成し遂げたらしい」
俺の話すべきことをジニーが殆ど話し、俺は、それが間違いでないことを頷く。
「ああ、それで28歳まではAランク冒険者として活動を続けて、身体機能のピークが過ぎた頃にパーティー丸ごとアラド王国の新設騎士団の中核メンバーになったんだ。その頃に、名誉貴族じゃなくて正式な貴族にしようという動きもあったけど、今も断り続けている」
ジニーの聞いた吟遊詩人の詩は、親父が最も活躍した時期の話しだろう。
その後の話を親父仲間の自由騎士から又聞きした俺の話は、偉人の歴史の裏話を聞いているような感じだろうか。
「それで今の対魔物専門の騎士団の自由騎士団が発足して、今現在もアラド王国内の魔物退治をしている」
「それじゃあ、コータスさんが5歳ごろの時に出会ったから……12年前ってことは、最低でも40歳ってことになりますけど、結構若いように見えますけど……」
日に焼けた肌と痛んだ金髪ではあるが、身体機能のピークが過ぎたと言ってもまだ若々しく見える。
「親父は確か今年で45歳になるな」
「嘘っ、かなり若作りじゃない!?」
「まぁ、身体機能のピークは過ぎていると言っても日々の鍛錬でそれを延長することはできるし、アラド王国の最強の騎士の一角だろうな」
Aランク冒険者とは、いわば人間の限界と言われる強さを持つ人のことだ。
一つの国でもそう何人もいない。
俺がそう答えると、はぁー、と全員から簡単の声が零れる。
「えっ、それじゃあ、アポロくんのお母さんは、ラグナスさんと同年代とか!?」
こういう話には、控えめなレスカや人見知り気味なジニーよりもヒビキの方がグイグイと質問を投げ掛けてくるので家族について答えやすい。
「アルテナさんは、一回りほど若いはずだ。たしか、33歳とかじゃないか?」
「わ、若いですね。けど、貴族じゃ珍しくないんでしょうね」
レスカは小声で、政略結婚とかでしょうか、と小さな呟きが聞こえたので俺は、それを否定する。
「アルテナさんは、元は男爵令嬢らしいんだ。親父がCランクの頃にアルテナさんの両親からの依頼で、領地の魔物退治を引き受けたんだ。その時、アルテナさんが親父を見つけて恋したらしいんだ」
「えっ、それって……」
レスカとジニー、ヒビキが目を輝かせて話に食いつく。
親父の冒険者としての経歴も興味を示してくれたが、女性としては恋愛の話の方が興味が惹かれるようだ。
「当時はアルテナさんが5歳で親父は17歳。アルテナさんの初恋らしい。まぁ、普通に親父には子ども扱いされたわけだ」
「それで、それでどうなったのかしら!?」
ヒビキの合いの手に俺も口の滑りが良くなったのが、そのまま親父とアルテナさんの馴れ初めを続ける。
「その時は、初恋は初恋のままで終わるんだけど、親父が28歳で自由騎士になって一応は名誉男爵だ。当時は16歳のアルテナさんから猛アピールしたらしい。国としてもAランク冒険者を繋ぎ止め、なおかつ名誉男爵と男爵令嬢って家格の合った二人を邪魔する理由はなかったらしい」
「それで、結婚したんですね。あれ? でもコータスさんの存在って」
レスカの指摘に俺は、そっと視線を逸らす。
「親父とアルテナさんとの婚約期間を経て結婚したのが30歳と18歳の時なんだが、正直俺の存在はアレだな。異物だっただろうな」
俺は一度言葉を句切る。
レスカたちは、俺の話に口を挟まずに、話の続きを待ち、飲み物で喉を潤してから話の続きをする。
「それから親父が33歳でアルテナさんが21歳の時に、辺境で町中にまで魔物が侵入するほどのスタンピードが発生した。その歳に俺が親父に拾われて、養子にするために連れて帰った時は、修羅場だった」
「あー、もしかして隠し子疑惑とか?」
ヒビキの言葉に、俺が静かに頷く。
推定年齢5歳の少年を連れてきた親父だ。
元々冒険者など根無し草ではあるし、逆算すると親父がアルテナさんとの婚約をする前に関係があった女性との子どもの可能性もあるとかで、アルテナさんよりもアルテナさんの両親の方が色々と気を揉んだらしい。
そのことを伝えると、親父の大雑把さというかいい加減さというか配慮の無さにレスカたちからの無言の避難が起こっているように思える。
「まぁ、疑惑はすぐに晴れたし、アルテナさんは穏やかで優しい人だ。すぐに孤児の俺を受け入れてくれた。逆に俺の方がどう接していいか分からないから、義母さんって呼び方はしてないんだ」
俺は、誰にも話したことのない自身の思いについて、自然とレスカたちに話せている。
「それから親父が35歳、アルテナさんが23歳、俺が7歳の時に義弟のアポロが生まれた」
親父とアルテナさんとの馴れ初めの話が終わり、義弟のアポロの話に移る。
「俺は、いつかは養父の家を出て自立することを考えて、自由騎士団のところに通って鍛えて貰ったりしてたけど、休みの日にはアポロの面倒を見たり、本を読み聞かせたりしてたからかな。慕われるようになったんだ」
「見ていて、本当にコータスさんが好きだってことがわかりました」
「なんか、犬みたいな男の子だった」
ジニーの例えに、そんな感じはあるな、と苦笑いを浮かべ、犬の単語にペロが反応して顔を上げるので俺はその二つの頭を交互に撫でる。
「あー、確かにコータスが寡黙な大きなワンコでアポロくんが尻尾を振って大好きアピールする小さなワンコっぽいわよね」
ジニーに便乗したヒビキの例えに、確かに的確に表現しているが、俺はそう見られているのかと微妙な表情を作る。
「……コ、コータスさんが、大きな、ワンコ……ご、ごめんなさい……」
それが妙にレスカの笑いのツボに嵌ったのか、押し殺した笑い声で肩を振わしている。
珍しいレスカの様子に俺は、こうして良いか分からなくなり、困り顔で眉根が下がるとそれが更に犬っぽく、レスカの押し殺した笑いが止まらない。
今日の昼食は、俺が中心で話をしたいつもより長めの楽しい食事であった。