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 朝食を終えた後、俺たちは開け放たれたリスティーブルのルインの牛舎にいた。


「さて、今日もやるか」


 夜明け前から畑の収穫に出ていたために、牛舎の掃除の時間がずれ込んだ。

 餌や水は、ヒビキが用意してくれたが、早くやらなければ、気温が上がり作業が辛くなる。

 それに今日は、定期的な牛舎の大掃除である。


「レスカ、こっちは終わったぞ」

「それじゃあ、これを掛けちゃいましょうね」


 牛舎の前ではレスカが、リア婆さんに配合して貰った洗浄液の原液をピュアスライムの浄化水で薄めている。


「それじゃあ、これで掛けましょうか」

「どれくらい掛ければ良い?」

「徹底的に汚れを落とすので、掛け過ぎくらいでいいですよ。足りなければまた作ります。終わったら、一時間くらい放置して水で洗い流したら、風を通して乾燥させます」


 だいたい、お昼頃に洗い終わり、午後の休憩時には、扉や窓を全開にすれば乾き、夕方には敷き材を引けるだろう。

 そんな牛舎の主であるルインは、この暑さなのか少し夏バテ気味らしく、最近のミルクの味が薄く感じる。

 今は、暑さから来るストレスを発散するために暴れることすら億劫な様子で日陰で寝そべっている。


「さて、やるか」


 俺は、レスカの指示通りに牛舎の清掃を行なう。

 希釈した洗浄液を杓子で掬い、牛舎の床や壁、天井に撒くと、白い泡のようなものに変化して付着した汚れた場所に張り付く


「あの泡が汚れを浮かせて、悪い菌を全部殺してくれます。ただ、私たちの目には見えないので、後でマーゴに確認しましょうか」


 マーゴとは、レスカの契約していたコマタンゴが妖精化して誕生したコマタンゴ・リトルフェアリーという魔物だ。

 コマタンゴを構成する菌糸を操る能力の延長でその他の菌への影響力を持つ。

 そして、俺とレスカで洗浄液を撒き、牛舎の内部が白い泡に包まれた状態にする。


「終わりましたので、母屋に戻って休みましょう」

「そうだな。それに今日は、ジニーとの鍛錬の日だからな」


 母屋の方に目を向ければ、軒先の日陰でペロやチェルナ、ルインたちの様子を眺めながら本を読んでいるヒビキの隣に、ジニーが来ていた。

 その膝の膝の上には、ジニーの契約した猫型の火精霊であるミアが乗っており、俺とレスカが朝の作業を終えるのを見ると、立ち上がって軒先から駆けてくる。


「コータス兄ちゃん、レスカ姉ちゃん、おはよう。それと今日も鍛錬お願いします」

「それじゃあ、走り込みいくか」

「うん、わかった」


 静かに頷くジニーは、小さく拳を握り締め、俺と共に牧場の外周を走り始める。

 それに合わせて、軒先の日陰で休んでいたペロも駆け出し、俺たちの走り込みに追い付き、併走してくる。

 きっとペロは、散歩気分なんだろうなぁ、と思いながらも走り込みを続ける。

 いつもと同じ量の走り込みをして、既に暑くなり始めた気温に俺やジニーは汗を滲ませ始める。


「前々から考えていたが、そろそろ木刀によるかかり稽古を始めようと思う」

「コータス兄ちゃん、本当!?」


 それに真面目に鍛錬を取り組むジニーは、体力と持久力を着けてきて、剣術に関しても基礎的な型は覚えた。

 なので、そろそろ始めようとヒビキと話し合いをしたのだ。


「ああ、最初は、防御とか考えずに好きに打ち込んでこい。俺は、木刀でそれを防いだり回避する」


 俺が木刀を構えると、ジニーも合わせて木刀を構えて向かい合う。


「はぁぁぁっ!」


 好きに打ち込んで良い、と言われたジニーは、気合いを込めて大上段から打ち込んでくるが、俺は木刀を上げて、それを払う。

 だが、ジニーは、払われた木刀から切り返して、袈裟斬りの軌道を描くがそれも木刀で受け止める。

 仕切り直しと木刀を構え直すジニーに対して、俺は、わざと隙を見せるようにすれば、そこに打ち込んでくるので、一歩後ろに下がるようにして避ける。


 今までの打ち込みとは、俺が指摘した場所を繰り返し打ち込み、木刀の正確性や正しい攻撃を学ぶためのものだ。

 対するかかり稽古とは、相手を攻め崩すためにこちらから攻撃を仕掛け、技の連続性や技術の向上を目指したものだ。

 そうしたジニーの攻撃的な打ち込みをさせ続けた結果――


「はぁはぁ……やっぱり、当たらない。悔しい」


 短時間で気力と体力の限界まで木刀を振って疲れたジニーは、大汗を流し、その場で座り込んでしまう。


「248回だ。前よりかなり打ち込むことができるようになった。よく頑張ったな」


 俺は、そう言ってジニーの頭を撫でると、汗まみれのために少し嬉しいような嫌なような微妙な表情をジニーが浮かべる。


「むぅ、まだまだ。あたしは、まだまだだよ」

「まだまだ伸び代はある。ゆっくり成長すればいい」


 確かに、ジニーの言う通り、まだまだである。

 冒険者としての戦闘能力なら、ランクF+の冒険者と言ったところだ。

 素振りだけなら500回まで続くようになったジニーだが、かかり稽古での実践的な攻撃ではその半分ほどだ。

 それに今回は、一方的に攻撃するかかり稽古であるが、こちらからも攻撃を加えるようになれば、防御や攻撃の先読みなどで、その分体力や気力の消耗が激しいだろう。

 だが、最初の頃に比べれば大きな進歩である。


「あたし、ちゃんと成長してる?」

「もちろんだ。それに、これから身体強化などの魔法を覚えて身体能力を底上げすることができれば、並の男性よりも強くなれる。まぁそこから先は努力次第だな」

「むぅ、コータス兄ちゃん、優しくないよ」


 俺の言葉に、ジニーがそう文句を漏らすが、すぐに小さな笑みを浮かべ、やる気を見せる。

 どうやら、次の目指すべき自分の姿が見えて、やる気になったようだ。


「コータス兄ちゃん、もう一回!」

「ダメだ。夏場の鍛錬は無茶は禁物。今日は、汗を流して休んでからヒビキの座学を受けてこい」


 そう言って、立ち上がったジニーの背中を母屋の方に押してやると、不満そうに唇を尖らせるが、すぐに母屋の方に歩き始める。

 俺も軽く水を浴びて着替えてからヒビキの座学や魔法談義に加わろうか、と足を踏み出したところで、牧場町の方からバルドルの呼び声が聞こえて振り返る。


「おーい、コータス。お前に客人だ!」

「なんだ?」


 先行するバルドルがこちらに手を振り、一台の箱馬車が牧場の柵の外側に停まる。

 レスカの牧場の前に停まった箱馬車は、豪華すぎず、質素すぎもしない程よい質と装飾に下級貴族向けの馬車だと判断する。

 そして、御者と箱馬車の護衛する人たちは、同じ紋章を身に着けているが、装備がそれぞれバラバラである。

 まるで冒険者が同一組織であることを示すような装いである。

 それに騎士たちに目を凝らせば、見知った人物であり、箱馬車の家紋を見て、まさかと思う。


「自由騎士の人たち、それにあの家紋は……」


 そして、箱馬車の扉が開かれ、小さい影がバルドルを追い越し、牧場の柵を乗り越えて飛び出してくる。


「コータスさん!?」


 牧場の母屋からその様子を見ていたレスカは驚きの声を上げ、ジニーも振り返る。

 ヒビキだけは、チェルナを守るために悪意のある者を感知する結界が作動せず、バルドルに連れられてやってきた人物を図りかねているようだ。

 俺は、鍛錬に使った木刀を投げ捨て、勢いよく飛び込んでくる小柄な少年の体を受け止め、そのまま牧草地に倒れる。


「アポロ……いつも言っているが、身体強化を掛けて飛びついてくるな」


 俺が忠告をする中、レスカたちが集まってくる。

 ペロは、チェルナを守るように様子見するようにゆっくりと近づき、ルインは、自身の突撃も受け止める俺が牧草地に倒れていることに何をやっているんだという視線を向けてくる。

 他に、コマタンゴたちも地面からポコポコと現れ、ミアが警戒するように尻尾を立てる中、アポロと呼んだ少年は顔を上げる。


「コータス義兄様! お久しぶりです!」

「ああ、久しぶりだな。だが、身体強化して飛びついてくるな。他の人なら怪我するぞ」

「でも、義兄様は、魔法も使わず受け止めてくれました! 流石です!」


 ニコニコと嬉しそうにする金髪の中性的な美少年を抱え上げて起き上がる。

 俺とアポロとの親しげなやり取りに驚き、言葉を忘れるレスカたちに俺は、アポロを紹介する。


「レスカ。この子は、アポロ・リバティン。俺の義理の弟だ」

「コータス義兄様がお世話になっています!」


 ぺこりと大きく頭を下げるアポロに、レスカも、こちらこそお世話になっています、と頭を下げる。

 ジニーは、歳の近い子どもであるアポロに若干警戒するようにヒビキの影に隠れ、ヒビキは、そんなジニーを見て嬉しそうにする。

 俺は、とりあえずアポロに向き直り、尋ねる。



「なんで、アポロがここにいるんだ?」

「父様と母様と一緒に家族全員で義兄様に会いに来たからに決まっているじゃないですか!」

「家族全員って……」


 俺が荷馬車の方に目を向けると、騎士は自由騎士団の人材を引き連れてきたらしい。

 そんな箱馬車から一組の男女――アポロに比べて日に焼けて傷んだ金髪に日焼けした肌の俺よりも一回りも体格のいい男とアポロに似た優しそうな顔立ちをした銀髪碧眼の夫人女性が降りてくる。

 箱馬車の家紋と義弟のアポロの登場で、薄々感じていたことが目の前に現れる。


「よぉ! コータス、元気にしてるみたいだな!」

「コータスさん、お久しぶりですね」

「……親父、アルテナさん」


 俺は、養父であるラグナス・リバティンとその妻であるアルテナ・リバティンと養父の家族が現れたことに困惑する。

 そして、親父は、大柄だが人好きな笑みを浮かべて近づいてくる。

 倒れた体を起こした俺が親父と向き直ると親父は、俺の頭を乱暴に撫でてくる。

 手加減というものを知らない乱暴な撫で方に顔を顰める俺に対して、親父は、ふと真顔になる。


「コータス、お前……」

「なんだ?」


 この牧場町に来てからの変化でも感じ取ったか?

 俺が弱くなったと感じたか? それともトレントフルーツを食べたお陰で魔力量が増えたことに気付いたか、または、真竜・アラドとの契約に関してか、などと色々と考えを巡らせるが――


「お前、臭いぞ」


 そっと頭を撫でていた手を放して、嫌そうに臭いを嗅ぐのが、妙にイラっとしたので、軽く脇腹目掛けて拳を振うが、受け止められてしまう。


「……なんでそんなに臭うんだよ」

「……朝から働いて、牛舎の掃除して、鍛錬してたから、な!」

「おー、そうか、そうか。お前の活躍を聞いてたけど、腕は鈍るどころか鍛えられてるみたいだな!」


 互いに拳とそれを受け止める手に力が籠もり、ギリギリと拮抗する。

 なんだか、この余裕な表情に苛立つと共に懐かしく感じ、ふと力を抜くと親父は手を放す。


「ほんと、元気そうで良かったな」


 親父のその呟きに、なんと返していいか分からず、俺は困惑する。

 そんな表情を読み取ったレスカは、軽く会釈してにこやかに話しかける。


「ここでお話も何ですから、母屋で話しませんか? お茶を出しますよ」

「おっ、そうだな。案内させて貰おうか!」

「それからコータスさんとジニーちゃんは、着替えてきて下さい」


 豪快な養父は、レスカの案内を受けて、母屋の食堂に向かい、俺は裏手の井戸で水浴びをして、着替えてから食堂に向かうのだった。




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