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7-1

 7-1


 夜通しで警戒し続け、空が白み始めた頃、拾った薪も全て燃やし尽くし、白い灰と微かな火の粉が残っているだけである。


「んっ、あっ、コータス兄ちゃん。おはよう」

『キュー』


 ジニーは、ソニック・ランドバードの羽根の下からチェルナを抱えて抜け出す。

 チェルナはまだ眠っており、ジニーの服をがっしりと掴んでいた。


「ジニー、よく寝れたか?」

「うん。地面はちょっと固かったけど、特別寒い感じは無かった」


 人間より体温の高いソニック・ランドバードに寄り添われ、羽根で外気を遮断されたので、快適だったかもしれない。


「さて、朝食を取ったら、昨日と同じ迂回ルートを通って牧場町に帰る」

「うん。コーヴィクスの花も昨日採ったし、早く渡り鳥を空に帰して上げよう」

「だが、まだここは、【魔の森】の中だからな。気は抜くな」


 俺が忠告し、空を見上げれば、灰色の雲に覆われている。

 雲の流れを見る限り、今日一日中雨が降り続きそうだ。

 俺とジニーは、不味い朝食を取り、ソニック・ランドバードの調子を確かめて、野営地からの撤収を始める。


「今回、唯一のスコップの出番」


 俺は、そんなことを呟きながら、微かな火の粉の残る焚火にスコップで泥混じりの土をかけて消火する。


「ミア、乾かすの手伝って」

『ニャッ!』


 ジニーの指示で、雨避けとして木の枝に掛けられた布を下ろし、火精霊のミアに乾かしてもらっている。

 そんな乾いた撥水性の布を俺とジニーが協力して畳み、ソニック・ランドバードの背に荷物を載せ終わる。


「ミア、手伝いありがとう。辛そうだから戻って良いよ」

『ニャッ』


 火精霊のミアは、雨避けの布下にいたので消耗は抑えられていたが、雨の降り続ける今では、かなり辛そうにしており、ジニーの言葉に頷き、消える。


「さて、ジニー。帰るか」

「うん。早く帰ろう。色んな意味で……」

『キュイ!』


 慣れない野営に疲れた様子のジニーだが、チェルナは、雨に濡れてもお構いなしのためで俺の頭にしがみつく。

 そのため、雨具のフードが被れず、チェルナの体を伝って尻尾先に集まる雨水が雨具の中に入り込み、雨具の下を濡らしている。

 地味に我慢の時であることを顔に出さずに、ソニック・ランドバードに乗り、後ろにジニーを乗せる。


「行くか。昨日より濡れて足場が悪い。休憩は多めに採るから慎重に頼む」


 俺がそう頼むと俺とジニーと荷物を載せたソニック・ランドバードが歩き出す。

 一晩中降った雨で地面が泥濘み、歩みが鈍るだろうと思ったが、昨日と変わらずに歩き続けることができた。


「スライムたちのお陰か」

「スライム? あっ、ホントだ」

「【魔の森】で大量発生したスライムが余分な水分を吸っているから歩きやすいのか」


 よくよく進行方向を見れば、ソニック・ランドバードは、スライムたちが水を吸って歩きやすい場所を選んでいる。

 そのために、雨でも歩くペースは変わらないようだ。

 そして、昨日通った【魔の森】の中層手前のルートに差し掛かれば――


「ここは、トレントたちが先に水を吸っていたのか」

「今度は、トレントもいるの? どこに?」


 ジニーは、魔力感知を磨いているが、牧場町で放たれ、野生に帰されたトレントの方が擬態に優れているために、見つけられないようだ。

 トレントからは、昨日と同じく敵意もなく、まるで俺たちが安全に帰れるようにお膳立てしてくれるようだ。

 そんなことを考えながら、【魔の森】の中層手前を掠めるルートを進んでいく。

 日も昇り、雨が降り続けて、じっとりとした暑さも出てきたために、寒い梅雨から夏に変り始めているのを感じながら、ソニック・ランドバードを進ませると、途中から周囲のトレントがざわめき始める。


「……コータス兄ちゃん。火精霊たちが騒がしい。それにミアも凄い警戒している」

「ジニーも感じるか?」


 ジニーは、火精霊との交信ができ、危機を教えてくれているようだ。

 また、雨の中で消耗するのに、ミアも実体化して、ジニーの肩の上の姿を現わす。


「近くに、危険な魔物がいるのかもしれない」


 俺も周囲を見回し、感覚を研ぎ澄ませながら、ソニック・ランドバードをゆっくりと進ませる。

 地面に魔物の足跡はあるか、草木を掻き分けた後はあるか、臭いの痕跡や魔力の残滓はあるか、など五感と知識、魔力的な感覚を総動員して周囲を警戒する。


 だが、相手の魔物の方が一枚上手なのか、中々気配を見せず、ただ森の中を慎重に進む。

 そして、ジニーも俺の背にしがみついたまま、頻りに辺りを見回し、不安を掻き消そうとする。


 そして――


「――ヒッ! 目玉!?」


 ジニーが引き攣るような声を上げて、視線の方向に釣られて俺も見てしまう。

 そこには、橙色の輪郭に黒い色の不気味な目玉があった。

 一瞬のことでよく分からなかったが、直後、ジニーの声に反応したミアが火の玉をその目玉に当て、下草の一部が燃える。


「やった、やっつけた!」

『ニャッ!』


 謎の不気味な目玉を倒したと喜ぶジニーと自慢げなミアだが、俺の後頭部辺りにチリチリするような感覚を覚え、反射的にソニック・ランドバードの腹を蹴って走らせる。


「きゃっ!」


 急な加速に悲鳴を上げるジニーだが、俺は、ソニック・ランドバードの左右に吊るした荷物から農業用のスコップを引き抜き、体を捻って投げる。


『シュラララッ――!』

「えっ、なに、大蛇!?」


 大蛇は、投げたスコップを避け、そのまま加速したソニック・ランドバードと飛び掛かり体当たりをする。


『クエェェッ――!?』

「あっ……」


 体当たりの衝撃でジニーがソニック・ランドバードから投げ落とされてしまう。

 そして、チェルナを狙っていた大蛇は、ソニック・ランドバードに体当たりした後、狙い易いジニーに向かって体を伸ばす。


 咄嗟にチェルナを抱き寄せ、身体強化で反応速度を上げてソニック・ランドバードの背から飛び出す。


「ジニー!」

「コータス、兄ちゃん!」


 空中で伸びるように大口を開けて迫る大蛇を追い越し、ジニーを空中で引き寄せる。

 ジニーが襲われる前に確保できたが、直後、勢いよく突っ込んでくる大蛇の魔物がジニーの肩掛け鞄に食いつく。


『ニャッ!』


 ジニーの肩には、まだ鞄の紐が掛かっており、勢い付いた魔物に引かれては危険だと判断した火精霊のミアが瞬間的に顕現し、一瞬で鞄の紐を焼き切る。


 そして、伸びるように飛び掛かった大蛇は、肩掛け鞄を咥え、丸呑みしてこちらに振り返ってくる。


「ジニー、大丈夫か? 怪我はないか」

『キュイ?』

「う、うん。平気……体当たりされたランドバードは?」


 大蛇の魔物の突撃を受けたソニック・ランドバードだが、少しよろめいている程度で怪我をした様子はない。

 荷物もしっかりと載せられているために崩れた様子もない。

 だが――


「あっ、ああ……あたしの鞄! 薬の素材が!」


【羽根生え薬】の素材である【コーヴィクスの花】を水に浸けて採取したガラス瓶は、ジニーの肩掛け鞄に入れられていた。

 それが大蛇の魔物に丸呑みされてしまったのだ。


「ジニー、チェルナを頼む! 俺が相手する!」


 俺は、ジニーにチェルナを預け、そんなジニーを庇える位置に寄ってくるソニック・ランドバードと火精霊のミアにその場を任せて、大蛇と対峙する。


「コータス兄ちゃん! こいつって!?」

「【魔の森】の奥から餌を求めて来たんだろう! 今回狙ったのは、チェルナやジニーか」

「あ、あたし、狙われてた!?」

『キュイ!?』


 驚きの鳴き声を上げるジニーとチェルナ。

 ジニーなど、あのサイズの魔物にとっては食べ頃な餌だろうし、チェルナは卵の段階でも喰らおうと数多の魔物が集まるのだ。

 まだ雛と言える段階でも野心的な魔物にとっては、まだまだ手を出せる獲物にも見えるはずだ。


『シュラララッ!』


 三角形の平べったい頭を持ち上げ、こちらを見下ろすように口を開き、細長い下と二本の牙でこちらを威嚇してくる。

 鱗の色は、茶色や黒に近い深緑色、鮮やかな緑などといった様々な色の模様をしているが、それがスッと色を変えて、深緑色に統一される。


「体の色を自在に変えていたのか」


 そして、威嚇するように頭を前後するように動かし、噛み付こうと一瞬で口を開いて襲ってくる。


「――《デミ・マテリアーム》!」


 俺は、半物質化した魔力の籠手で腕とミスリルの長剣を覆う。

 そして、相手の動きに合わせてミスリルの長剣を斬り上げるが、すっと体が引かれ、脇腹に衝撃が走る。


「ぐっ!?」

「コータス兄ちゃん!」

「なるほど、尻尾先の打撃か……」


 身体強化を施してないなら、あばら骨が折れるような衝撃だった。

 そして、その振られた尻尾先を見れば、ぷっくりと三角形に膨らみ、橙色の円の模様が入っていた。


「……さっきジニーが見たのは、やつの尻尾か」


 体は、周囲の景色に擬態して潜み、尻尾先は、生き物の頭部のような形をしている。

 これを利用して尻尾先で相手の視線や動きを誘導して、死角から襲うのが、この魔物の常套手段なのだろう。


「知らない魔物だと、動き方が分からない」


 大蛇型の魔物は、毒牙の噛み付き、締め付け、尻尾の叩き付けなどの行動に注意すべきなのは共通だ。

 だが、詳しい性質や習性、討伐ランクなどをを知ることができれば、より安全に立ち回ることができる。


「こういう状況で、レスカの魔物に対する知識が欲しくなる」


 いつも側にいるからいない時の大きさがよく分かる。

 そして、こうした状況で俺が選ぶ選択肢は――


「先手必勝! 行動させる前に潰す! はぁぁっ!」


 足に力を込め、深緑色の大蛇の魔物に向かって踏み込む。


『シャラララッ――』


 大蛇は、向かってくる俺に対して再び、尻尾先を差し向けて叩き付ける動きを見せるが、その軌道を掻い潜り、蛇の体をミスリルの長剣で微かに斬る。


「やっぱり、ロシューの腕がいい。抵抗が殆ど感じない」


 鋭い切れ味を見せる鍛え直されたミスリルの長剣を軽く振えば、体液は殆ど付着していない。


『シャ、シャララッ……』


 そして、斬られた大蛇の体からは、遅れて血が溢れ出し、痛みを自覚した大蛇が、俺から距離を取るように後退る。


「……次は、頭だ。腹を捌いて薬の素材を返してもらう」


 俺は、ミスリルの長剣を構え直し、殺気を漲らせて睨み付ける。




モンスター・ファクトリー1~3巻が発売中です。

書店で見かけた際には、ぜひ手に取っていただけたらと思います。

また、Web版第4章は、毎日投稿の予定です。

改めてよろしくお願いします。

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