7-2
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体を斬られた大蛇は、動揺するように視線を彷徨わせ、一点を見詰めて口角が釣り上がる。
その視線の先には、ジニーとチェルナ、二人を庇うソニック・ランドバードとミアだ。
『シャッ!』
「チッ!」
口を大きく開け、ジニーたちに目掛けて、牙から液体を噴出する。
俺は、咄嗟にジニーたちの間に体を割り込ませ、大蛇の放った液体を体で受け止める。
「コータス兄ちゃん!?」
放たれた液体の大部分が撥水性の雨具で弾かれるが、微かに顔に掛かる。
「っ!?」
顔に掛かった液体が左目と口に触れ、そこを中心に痛みが走る。
強い痛みに左目が開けられず、体に毒が巡り始めたのか、微かに痺れを感じ始める。
『シュララッ――』
左側の視界を潰された俺は、毒が体に回り、吐き気と目眩の症状が出始め、身体強化と半物質化した魔力の籠手の維持が困難になる。
それでもなんとか一段階下の身体強化である《オーラ》を纏い、剣を構える。
「コータス兄ちゃん、避けて!」
毒の痛みで目を閉じた俺に、ジニーが警告の声を上げた直後、大蛇の尻尾で殴られる。
先程より身体強化の強度を下げてしまっているために、体に突き抜ける衝撃が強く、よろめく。
それでも倒れない俺の体に対して、何度も尻尾で殴打される。
「血が、口や頭から血が……」
魔物の尻尾による殴打を繰り返し受けたために、頭皮の一部が切れ、口の中も切ったようだ。
「はぁ、はぁ……」
俺は、毒に体が蝕まれる痛みに耐え、尻尾で殴打さても踏ん張り続ける。
「シャラッ!」
(……あと、少しで)
ジニーやチェルナを襲わせない、そして大蛇の魔物を逃がさず倒し、薬の素材を奪還する。
その全ての状況を満たすために、今は耐え続ける。
対する大蛇の魔物も中々倒れない俺に苛立ちを覚えているのか、甲高い威嚇を上げる。
「もういいよ! また、採りに来れば良いから! 今は、逃げよう!」
『キュイ!』
だが、余りに一方的に俺が殴られる姿を見つめ続けるジニーとチェルナが声を上げる。
そして、ジニーが声を上げたことで、倒れない相手よりも組みしやすい相手に狙いを変え、ジニーの方に頭を向ける。
「くそっ、ジニーの方に……」
狙いを変えた大蛇は、ジニーとチェルナの方に俺を迂回するようにゆっくりと近づく。
間に割り込もうと一歩踏み出すが、毒の回った体では、先程のように追い付くことができない。
それでも大蛇の尻尾に飛び乗り、ミスリルの長剣を突き刺し、妨害することはできる。
「うぉぉぉぉっ!」
『シュラララララッ――』
飛び移った大蛇の尻尾に逆手に持ったミスリルの長剣を突き立てれば、痛みに悶え、体を大きく捩る。
そして、その捩る勢いで尻尾が俺に振われ、そのまま木の幹に叩き付けられ、木と大蛇の尻尾に挟まれる。
「カ、ハッ!」
肺から空気が漏れ、血を僅かに吐くが、体に突き刺した長剣だけは放さずにいる叩き付けられた木に寄り掛かるように立つ。
「よくも、よくも、コータス兄ちゃんを!」
「ジニー、ま、待て……!」
今、俺が大蛇の注意を引いたところで再び狙われるようなことをするのを止めようとする。
だが、吐血と蓄積した衝撃で咄嗟の一言が詰まり、ジニーを止められない。
「ミア! どれだけ魔力を持っていってもいいから手伝って!」
『ニャァァッ――!』
火精霊のミアが歓喜の鳴き声を上げると共に、ジニーの体から青白い魔力がミアに吸われ、猫精霊の体が淡い橙色に輝く。
「――《フレアショット》!」
ジニーの号令と共に、ミアが威嚇するように尻尾を立たせ、その先に特大の火球を灯し、大蛇に放つ。
『シャ、シャララッ――!』
突然の視界に現れた炎に、大蛇の魔物が動揺し、体を大きく捩り、火球を的確に避けようとするが――
『ニャッ!』
ミアの鳴き声一つで特大の火球が無数に分裂し、大蛇が避けることが困難な密度で殺到し、頭から胴体の半分まで火球が着弾し、外皮を焼く。
『シャ、シャララッ!』
「なんだ? 動きが変だ」
大蛇の魔物は、身悶えするように身を捩り、頭を振る。
火精霊のミアは、ジニーから魔力を供給され、炎を当てたが、大蛇の魔物の頭部や外皮を焼く程度の傷しか与えていない。
『シャラ、シャラ!』
激しく暴れる大蛇に迂闊に近づくことができずにいたが、次第に落ち着きを取り戻していく。
『シャァ、シャァ、シャラララッ……』
頭を上下に揺すり、荒い呼吸を上げるような大蛇は、真っ直ぐに炎を放ったジニーとミアの方を向いていた。
「ひっ!?」
『クエェェェッ!』
怒りに殺気立つ大蛇の魔物からの威圧に、ミアに慣れない魔力を供給して疲れたジニーが小さな悲鳴を上げ、事態を見守っていたソニック・ランドバードがジニーとチェルナを守るように大蛇の前に立ちはだかる。
『シャラララッ――!』
そして、三度の突撃で今度こそジニーやチェルナを喰らおうと飛び掛かるが――
「そう何度もやったら、芸がないだろ」
「えっ? コータス兄ちゃん!?」
《ブレイブエンハンス》と《デミ・マテリアーム》で身体強化とミスリルの長剣の両断力を上げ、ソニック・ランドバードに飛び掛かる直前に、大蛇の首下に回り込み、切り落とした。
ズンと地面に大蛇の頭部が落ち、鎌首を持ち上げていた胴体が【魔の森】の地面に倒れる。
「コータス兄ちゃん……毒じゃないの?」
「ああ、毒を受けてたぞ」
「なんで、動けるの?」
「俺の【頑健】の加護のお陰だ。まぁ、少し時間は掛かったがな」
俺の言葉に、微妙な表情になるジニーだが、事実なのだから仕方がない。
俺の【頑健】の加護は、怪我の回復力や精神を健全に保つ力もあるが、その本質は、自己適応能力だ。
今回の場合だと、多少の毒や薬物に耐性はあったが、慣れない大蛇の猛毒を受けて、動きが鈍ったが時間を掛けて毒を克服することができた。
毒霧を受ける前に決めていれば、ここまで無様な姿は見せなかっただろう、と思いながら、既に固まった血を払い、尻尾の殴打でできた傷は塞がっている。
「そう、なんだ……」
何とか納得しないが、理解していないジニーは、そう呟く。
「ジニー、チェルナを守ってくれて、ありがとうな」
「う、ううん。あたしが鞄をちゃんと守れたら相手せずに逃げられた」
自分に責任があると思っているジニーに対して、気にするな、ということを伝えるために頭を撫でる。
『ニャー』
『クェクェ!』
「お前たちもジニーとチェルナを守ってくれてありがとうな」
自己主張する火精霊のミアとソニック・ランドバードに俺は、彼らの働きを労えば、ソニック・ランドバードは嬉しそうに鳴き、火精霊のミアは雨の中の実体化と精霊魔法で消耗したのか、力の抜ける鳴き声と共に消える。
そして、遠出先で魔物に襲われたことで不安がっていたチェルナは――
『キュイ!』
「悪いな。怖い思いをさせて……」
俺の服にしがみついて、キュイキュイと鳴き声を上げ続けるチェルナをあやしつつ、大蛇の胴体をジニーと見つめる。
「さて、この大蛇の魔物の腹から薬の素材を取り返す」
「う、うん」
「ジニー。これからは余り見ていても気持ちのいいものじゃないぞ」
「だ、大丈夫。いつかやることなら、今やる。ううん、あたしがやる」
俺が渡したミスリルの万能ナイフを取り出し、首を切り落とした大蛇の腹部に刃を当てる。
ヒビキが討伐し、無限鞄に入っている魔物の死体で解体の練習をしたり、レスカの料理の手伝いでナイフの扱いには慣れていた。
それにジニーには、【剣術】の加護があるが、もしかしたら短剣のような軽い刃物に高い適性があるのかもしれない。
特に大きな抵抗なく胴体が切り開かれ、食道を切り開き中にあるものを探す。
「肩掛け鞄は、捨てなきゃいけないかな」
「まぁ、消化液塗れなら捨てるしかないだろうな」
ドロリと消化液と共に、半分溶けた巨大ネズミの魔物の死骸と異臭に顔を顰め、拾ってきた棒で内容物を掻き分け、鞄を探す。
そして、ジニーの肩掛け鞄はすぐに見つかる。
「あれ? 綺麗? っていうか、汚れてない」
「……汚れてないというか、若干輝いて消化液とかを弾いているな」
輝く鞄を拾い上げれば、表面を滑るように消化液や汚れが流れ落ち、中身も無事なようだ。
「コーヴィクスの花も無事。瓶も割れてないし、水も漏れてない。でも、なんで? あっ……これのお陰だ」
ジニーは、肩掛け鞄の中を確認していると、何かを見つけ、それを手に取り出す。
「それは……なんだ? ゴミか?」
ジニーの手にあるのは、黒ずみ、グズグズに劣化した干し肉のようなものだ。
「ち、違う! これ、ヒビキ姉ちゃんのお守り」
「なるほど、ヒビキのお守りが守ってくれたのか」
【賢者】謹製のお守りを入れていた肩掛け鞄は、丸呑みされて消化液に溶かされるのを肩代わりしてくれたようだ。
「あとで、お礼を言わないとな」
「うん。あっ、でも、直接言うと調子乗る。それは、ダメ」
ジニーの言葉に、苦笑いを浮かべつつ、俺は次の後処理に取り掛かる。
「あとは、討伐証明になる部位を取ることと、運べない魔物の死骸の処理だな」
俺は、牽制のために投げたスコップを拾い、ミスリルの長剣でぶつ切りしてジニーに燃やして貰った後、土をかけて埋めるつもりだった。
だが――
『オォォォォ――』
「ひゃっ!? な、なに!?」
「トレントたちだ。ずっと見てたんだよな」
木々を揺らし、ざわめきで警告していたトレントたちが姿を現わす。
牧場町で育ち、そこから野生に帰されたトレントたちは、木の根を使った簡単なジェスチャーで俺たちに意志を伝えてくる。
「えっと……自分たち、引き取る……下、ああ、地中に引きずり込む。ただ、振る? ああ、分けやすいように刻め、と」
どうやら、養分にするために切り分けてくれ、と言うことらしい。
俺は、すぐに、ある程度の大きさに斬っていくと、トレントたちは切り分けた部位の端から木の根で掴み上げて自身の居場所に運び地面に引きずり込むようだ。
物の数分で大蛇の首から下は、全てトレントたちに持ち去られ、後に残ったのは、目が濁り始め、細長い舌をだらしなく垂らした大蛇の頭部だけだ。
「討伐証明は、鮮度に左右されない部位が選ばれる。爪や牙がその代表だな。だから、取り方は雑でいい」
「あっ、コータス兄ちゃん、ちょっと待って!」
俺が大蛇の口を開き、上下2対の牙を見せ、ミスリルの長剣の剣先で抉り取ろうとすると、ジニーに止められる。
「少し、毒液が染みてる。少し取らせて」
「毒液を持ち帰るのは危険だ。だめだ」
「でも、この魔物がどういう魔物で、どんな毒なのか。それを知る手掛かりになる。それに、蛇の毒は色んな薬に使えることがある」
「だが……」
「これも採取依頼の練習。毒を防ぐ手袋もある」
渋る俺に対して、明確な目的と安全策を伝え、俺は渋々頷く。
先程確保した肩掛け鞄の中から革製の厚手の手袋とコーヴィクスの花を集めた時より二回りほど小さいガラス瓶を取り出す。
ジニーは、万全の状態で上牙の先端に集まる黄色い毒液にガラス瓶の口を添えて集める。
左右の牙から合わせて小さい瓶一本分の毒液が集まり、すぐさまそれを厳重に密閉して、小さな綿の敷き詰められた木箱に詰めて保管する。
「ジニー、満足したか?」
「うん。コータス兄ちゃん、ありがとう」
「気にするな」
俺は、短くそう答えて、今度こそ、大蛇の上下4本の毒牙を抉り取り、ボロ布に包んで仕舞い込む。
「チェルナ、落ち着いたか?」
『キュイ……』
まだ落ち着かないのか、俺の背中や頭にずっとしがみついたまま離れそうにない。
「まぁ、このままでもいいか。さて、帰るとするか」
まだ雨は降りしきり、こんな場所で足止めされては今晩も【魔の森】で過ごすことになってしまう。
俺とジニーは、ソニック・ランドバードの乗り直し、再び牧場町への帰路に就く。
モンスター・ファクトリー1~3巻が発売中です。
書店で見かけた際には、ぜひ手に取っていただけたらと思います。
また、Web版第4章は、毎日投稿の予定です。
改めてよろしくお願いします。









