98話-神様の声Ⅰ
私が何かに悩んでいることは、一晩の間にジョゼットさんからフィル様に伝わっていたようで、フィル様と共に神殿にお昼から向かうことになりました。
リーリエもバイルに発つ前に行っておきたいとのことで、3人で町を歩きます。
「いつの間にかリーリエと身長が変わらなくなってるわね」
「この調子ならお母様を抜いてしまいますね」
リーリエは残念がった口ぶりでした。それをわかっていて、フィル様は微笑みます。
「この子に私が勝てるのは癒しぐらいかしら。昔から器用な子だったわ」
「そうですよね。剣も勉学も素晴らしいですし」
私たちが褒めると、リーリエは顔を赤くしてそっぽを向きました。フィル様は、ありがとう、と声を出さずに口の形を変えて表現しました。
リーリエは自分が大きい事を気にしているようなのでした。
流石はリーリエのお母様ということだけあって、リーリエのことは熟知しているようです。
逆に言えば、そんな彼女が手が付けられないほどトオルの一件で、リーリエは落ち込んでいたのです。
神殿は塔の形で、3階建てになっています。1階は一般向けに解放されている礼拝堂で、2階は神官の職務場、3階はネメス様が坐す場所です。
フィル様の仕事の時間に合わせて、私たちが来たので、この場でお別れかと思いきや、彼女とリーリエはそのまま2階に上がろうとしていました。
何か用事があるのだろうと思い、私が礼拝堂へ進もうとすると呼び止められます。
「待ってちょうだい。ネメス様が貴方たちに話があるそうよ。だから、今から二人でネメス様の御前へ通します」
フィル様は小声で私にそう言いました。
神様が私に話があるという時点で今自分が夢を見ているのではないかと疑いました。
本来、ネメス様が国民にその姿をお見せにすること自体滅多にないです。神の言葉を代弁するのが大神官の仕事で、私のような一般市民では近づくことも許されません。
そんな相手に、話がある、と言われてすんなりと受け入れられるのが不思議なことなのでした。それも二人きりで、です。
私は歩くだけで気が気でなく、リーリエに話しかけました。
「予定されていた事?」
「今、聞こえたんだ。だから、お母様も知らなかったと思うよ」
リーリエは何事もない風に答えました。
彼女にとってはネメス様に会うというのは、それほど緊張することではないのかもしれません。
フィル様は3階に入るとすぐにいなくなりました。それからはリーリエに付いていく形になります。彼女の足取りに迷いがないので、ここには何度か来たことがあるようでした。
短い廊下を進み、扉を開けると別世界が広がります。
ネメス様が坐す部屋はまるで外のような景色でした。建物の中であるはずなのに空があり、草が生い茂っていました。
「よく来たな、余の子たちよ」
透き通った声が鼓膜を震わせます。声を聞くだけで自然と頭が垂れる風格があります。
私たちはその場で片膝を地につけ、礼をします。それが終わってから顔を上げた時、初めてネメス様のお姿を目に捕らえました。遠目ではあっても、数歩で触れられる近くで見たことがなかったのです。
自在に変色する髪と物憂げな表情をしている神様。彼女はどことなくリーリエに似ているせいか、親近感を覚えますが、それでも違いがあるものに一つ類似点を見つけただけに過ぎません。やはり圧倒的なまでに美の権化でした。
そんな神様が突然こう言いました。
「リーリエ、セネカ、子らの強さを、優しさを余は知っている。悩みも知っている。それを知って、叶えてやりたいとも思っている」
一拍置いて、ネメス様は口を開きました。私はまだ何も話していないのに、何を言っているのかと思いましたが、次の言葉で理解しました。
「だが、できぬ。余とて悪しき男たちを更生させ、虐げられている女性たちを守りたい。できれば救いたいが、できぬ。そちらに気を取られていては、他国が攻めてくるからだ。しかし、子の望みは叶えたい。でも、余の力不足ではどうにもならない。故にお願いです。リーリエ・イノ。そして、セネカ・ローウェル。子らは騎士になりなさい。そして、国を守ってくれますか?」
私が感じたネメス国の違和感のことを、ネメス様は指していたのでした。
リーリエが同じものを抱いている、とも。
ネメス様がそれを解決するつもりで、私たちを頼っていたのでした。