99話-神様の声Ⅱ
ネメス様の命もあり、私たちは中等部を早期に卒業し、騎士になりました。
騎士になるのも、中等部を卒業できたのも、ネメス様のひと声があったからでした。神様がこうして個人に便宜を図ることは珍しく、異例の中の異例とも言えることです。
私はリーリエの従者として、それらの手続きを終えました。
個人的に済ますこともできたのですが、後ろ盾を持たないまま突出すれば何かと危険だ、とフィル様が助けてくれたのです。
イノ家の滞在を経て、フィル様たちは私のことを家族のように迎えてくれていました。
トオルを失った代わりにとでもいうべき、幸運に私はつい思いをはせていました。
騎士の雑務処理をこなしながら、考え事をしていたようです。
あと数ヶ月で騎士になって1年が経ちますし、少しの余裕が生まれていました。
「セネカさん、15時の巡回、異常なしです」
「わかりました。次の班に引き継ぎをして休んでください」
引き継ぎに来た兵士は、左腕を垂直に伸ばして右肩を叩き、去って行きました。騎士の伝統的な挨拶が自分に向けられるのは感慨深いものです。
しかし、それを向けられる度、何もしていないのに、と思います。
国境の警備と言っても普段何かがあるわけではありません。そちらの方がいいのですが、何もしていないというのもいい気分ではありません。
特に今は強く感じます。
戦が始まったというのに、戦地に出向くこともなく、同じ作業を繰り返しているだけなのですから。
これでは私ために動いてくれたネメス様やフィル様に申し訳が立ちません。
「ネメスの危機を守り、国の安寧が続けば、この国の歪みを正し、神様が虐げられている人々を救ってくれる」
私の目下の目標を口にします。
ネメス様はジュ―ブルからこの国を守るために力を割いているので、加護のない人々や貴族と平民による立場の違いを正せないと言ったのです。
加護を授けないのではなく、できない。その余裕がないのだと。
神様を絶対的な力の持ち主であると信じていたこともあり、できないことがあると直接聞かされるのは少なからず残念なことでありました。が、それ以上に頼られることに喜びを見いだしていました。
トオルという守りたい対象はいなくなりましたが、ネメスという国を、私を家族のように迎えてくれたイノ家の人々など、守りたい対象は増えました。
だからこそ、肩に力が入ります。
自分が神様の、国の一助になれる。そう息巻いて騎士になったのに、現実はそう上手くできていませんでした。
ですが、落ち込んでいるばかりではありません。国に危機が迫っているのは間違いありませんし、自分ではどうすべきかわからなかった問題を神様が解決してくださるのです。そのための助けならいくらでも――。
「セネカ、交代だよ」
気付けばリーリエが当直室にやってきていました。私のご主人様でもあります。
ですが、上下関係はなく、友達のままやっていました。関係性とは別のところで変化はあります。
リーリエは神様の命を受けた日から変わってしまいました。
突然という訳ではなく、あの日に全てが揃ったというだけのような気がします。
全てのきっかけはトオルがいなくなったことでしょう。それだけでリーリエ・イノという機能が働かなくなったのです。
生まれで差別しないほど親切で、華やかで、器用な女性。その印象こそ変わりませんが、以前ならそこには多彩な輝きがありました。そうなのです。今は一色なのでした。
リーリエが持っているトオルという存在を演じることで、色を塗りつぶしているのです。
それはとても残念なことですが、するなとは言えませんでした。
懸命に生きようとしている彼女に酷なことですから。
表面上は問題がないというのもあります。リーリエとトオルはどちらも心根が優しかったので、近しい人でなければ違和感も抱かないでしょう。
私はリーリエに引き継ぎを終えると、お茶を用意しました。
騎士になると2人で同時に自由時間を取ることが難しくなってきたので、こうした作業の合間にリーリエとの時間を取っていました。
リーリエはお茶を受け取ると、礼を言ってから話を始めました。
「それにしても、本当に3人で攻め込むだなんて驚いたな」
「騎士長も何を考えているのでしょうね。どう考えたって大勢で攻めた方がいいのに」
「きっと、アスクとの戦いがあったからじゃないかな。あの時に騎士たちが不在の状態で襲われただろう? そうならないように国の警備を固めているんじゃないかな」
「そうだとしても、人数が偏りすぎでは」
私がリーリエから視線を切って、お茶の入ったカップを見ると彼女は小さく息を吐きました。
「でも、オネットさんのことを疑ってもいないんだろう?」
私が驚いてリーリエを見ると、彼女は綺麗に唇を割りました。
騎士長に悪い企みがあってこのようなことをしているのではないだろう、という確信が私にはありました。
そのことを指摘されるのは恥ずかしいことでした。騎士になってから実感しましたが、オネット騎士長は私に対して特に親しく接しようとしてくれています。それを頑なに受け入れないのが私でした。
それは兄を殺したこともありますし、今まで目の敵にしていて急に懐けないというのもあります。でも、心の中では騎士長のことを信頼していました。
彼女は悪い人ではない、と思えるほどです。ネメスの国民を守ろうという騎士の理念を持っている人です。
昔に比べてマシになったとはいえ、未だにそんな相手に意地を張っている自分が情けないのでした。
そのことを指摘され続けるのは辛いので、話を逸らすことにします。
「そうだとしても悔しいものは悔しいです」
「そうだね。私も悔しいよ。自分の無力さを歯がゆく感じている。世界を救いたいと望み、その方法を提示されておいて、何もできていない」
リーリエの言葉は私の言葉でもありました。
彼女の嘆きは私のものであり、私の怒りも喜びも、彼女のものでもありました。
同じ地点を目指すべき仲間であり、同じ痛みを分け合う友でありました。
神様の声を聞いてからは、そういう結びつきができたのです。
加護の有無で何もかもが決まってしまう世界に疑問を持てた人間なのだと、認識していました。
そうした人々を含めて、ネメス国であり、守りたいと思える同士なのです。
次話からトオル視点に話が戻ります。これからは当分、トオル視点で話が進む予定です。




