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92話-人の機微


 お茶の時間も過ぎ、部屋に戻ろうとしていると肩を叩かれました。振り返るとそこにいたのはリーリエでした。


「あれ? 服が変わってますね」

「気付かれちゃった?」


 そう言ってリーリエは頬を緩めました。

 彼女はダークスーツを着ていました。先ほどまではイノ家での普段着であるドレスだったはずです。


「その、何て言おうかな」


 リーリエにしては珍しく口をもごもごさせています。

 きっと重要なことに違いない。でも何を言われるのだろうと自然と体に力が入りました。

 そんな私の心配をよそにリーリエは突然跪きました。


「3人に取られる前に、君の一日を私にくれないか?」


 その体制のまま頭を下げ、手を伸ばします。

 一日といってもあと半日もありません。そんなものであれば、差し出すことに何の憂いもありませんでした。

 私はリーリエの手を取りました。


 私たちは屋敷を黙って抜け出し、街に繰り出しました。

 夏の長期休暇が終わりに近づいているからか、私たちのような学生がたくさんいます。そうでなくても夕食時は人が元々多いのです。


「お嬢さん手を」


 リーリエは芝居がかった声を出し、私の手を握りました。はぐれないように、ということでしょう。意図はわかっていても、そんなことで胸がときめいてしまいました。

 こうも自然にカッコいい振る舞いをされるとこちらが照れてしまいます。彼女はこういう事をしても違和感なく様になるので卑怯だな、と思いました。

 ネメスでは男性の社会的地位が低いのですが、女性が男性のように振る舞うのは人気がありました。それを女性は無意識に男性を求めている、と主張した人が消えたのは有名な話です。


 昔ならこのようなことを気にも留めなかったのでしょうが、騎士長から問われた「神様を信じるか」という言葉によって私は変わってしまったようです。ふとした時に空想を考えてしまうくらいに。

 ネメス国民の根底には男性は女性よりも劣っている者という認識があります。なので、男性の子を宿す行為は屈辱と取る女性さえいます。

 しかし実際には女性の半数以上が神から同性愛の許可を得られず、男性と契りを交わすことになります。それでも、男性を軽蔑する人は減りません。

 性差で、加護で、この世界はハッキリ区別されているから。それが当たり前だったから。

 多くの人と同じ思考だった頃の私は疑問にも思わなかったのですが、今はそうした区別がなくなったらどうなるのだろう、と思うのです。


「体調が悪いのかい?」

「いいえ、健康そのものです」

「なら、よかった」

「ところで、リーリエ。今から何をしにいくんですか? シャボン?」


 風呂好きのリーリエならそうかな、と思ったのですが彼女は首を横に振りながら笑いました。


「違うよ。確かに帰りに寄ろうかなとは思っていたけどね。晩御飯を食べに来たんだよ」

「屋敷でも準備が」

「そこは抜かりないよ。出る前にラーファには話を通してるから」

「なら安心ですね」


 私は考え事をやめて、リーリエとの話に専念します。2人でいるのに黙っているのは失礼でした。


「あれ? リーリエ様ですか?」


 声がしたので立ち止まると、バイル学園の生徒が3人近づいてきました。見覚えはあるものの、名前はわかりません。

 トオルとリーリエ以外、まともに名前を覚えている生徒がいないので、誰であろうと一緒だったのですが。


「ノーワ、トツノ、スコッチ、久しぶりだね」


 リーリエに呼ばれた生徒たちは、顔を輝かせました。名前を覚えてもらっていたことが嬉しいのでしょう。


「あのトオル様はどちらに?」

「そうです。どうして、その、セネカ・ローウェルと手を繋いでおられるのですか?」


 そこはトオルの場所だ、と言わんばかりである。バイル学園では、リーリエとトオルは2人の関係性を含んで人気があった。

 理想の主従だとのことで、彼女らがモデルとなった登場人物が出てくる本が学生間で流通するほどです。

 現実でも創作でも、私は邪魔者扱いをされることが常でした。初めの頃の態度で、すっかり悪い印象が根付いてしまったのだろう。それに加えローウェル家は落ち目だから、馬鹿にするいい相手だったわけです。前者は自分の落ち度なので強くも言えませんでした。

 剣術大会の時も、2人の間に割って入ったと言われましたし、3人でいるようになって面白くないと不満も聞きました。


「迷わないように、と繋いでいただいたんです」


 何も答えないリーリエの代わり私が言いました。

 生徒たちは嫌そうな顔でこちらを見てきますが、リーリエを頼りにはできません。彼女はそんなことに目がいかないほど揺さぶられているのですから。


「それでは私たちは急ぎますので。また学園で」


 行きましょう、とリーリエの手を引くと彼女は歩き出してくれました。私は目的地を知らないので、動いてくれないと途方に暮れるところでした。

 でも、安堵はできません。リーリエの顔色は悪くなっていました。

 こうなることは予測できていましたし、それほど戸惑いません。待つしかないからです。


 私と会った翌日から、リーリエは表面上、元気そうに見えました。立ち直ってくれてよかった、と思ったのですが、それが完全でないことはすぐ気付けました。

 彼女はトオルの思い出を避けることで、平静を保っていたのです。それは常にというわけではありませんでした。

 みんなとならトオルの話題を出されると黙り込みましたが、私と2人きりの時は楽しかったことも、悲しかったことも話してくれました。

 それは、リーリエの中のトオルをこれ以上崩したくないからなのでしょう。

 つまり、リーリエはトオルとの思い出を大事にしたいのです。彼女と同じくらい大事に思っている私以外には話せないほど。

 私であれば、トオルを否定しないし、彼女らの関係を覆すようなことを言わないから、話せるのです。

 そんな推測を時間はかかりましたが、立てられるようになりました。ようやく私も人の機微が多少、わかるようになったようです。


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