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91話-持たざる者

 朝食の後は、ラーファさんと剣を打ち合い、昼食を取り、首都を見、午後には屋敷に戻って手が空いている人たちが集まってお茶を飲む、という流れでした。

 今日はフィル様とフィオーレ様もお勤めがなく、全員そろってお茶を楽しみます。

 いつもこの時は使用人の方々はおらず、ラーファさんが取り仕切っていました。お茶もお菓子も彼女の用意したもので、どれも美味しく、また工夫が凝らされていてお店でも見たことがないものも多いのです。なので、私だけでなく、皆さんこの時を楽しみにしていました。


「セネカちゃんがもうすぐいなくなってしまうのは悲しいわ。ねえ、ラーファ?」

「そうですね。それにお嬢様もバイルに発たれてしまいますし、私は退屈でなりません」

「母様、いつまで言ってるんですか。長期休暇の終わりは決まっていたでしょうに。ラーファさんもですよ。剣の相手なら私がいます」


 何とも返事をしにくい話にリーリエと私が困っていると、フィオーレさんが助けてくれました。


「だって、嫌なものは嫌なんだもの。セネカちゃんといると体の調子もよかったし」

「そうでしたの? でも、セネカがどうこうできる問題ではないような?」


 首を傾げてたのは発言者のジョゼットさんだけでなく、リーリエとフィオーレ様もでした。その仕草はジョゼットさんの発言の意図がわかるからのようで、家族間では、フィル様のお病気を詳しく知っているようです。

 少なくとも私はそのような不調があることは全くわかっていませんでした。


「それはそうですわ。でも、こういうのは気の持ちようでもありますからね」

「あの、フィル様はどこの調子が悪いのですか?」

「肩よ」

「肩?」

「セネカにもわからないわよね。私の同類だから」


 そう言って、唇を尖らせているジョゼットさんを、イノ家の方々は温かい目で見ていました。

 どういうことでしょう。私とジョゼットさんの共通点を洗っていると、ある可能性に気づきます。こちらが持っていなくて、フィル様とフィオーレ様、そしてリーリエが持っているもの――。

 私が自分の胸に視線を下すと、ジョゼットさんが鼻で笑います。


「正解よ。私たち持たざる者には、わからぬ苦悩ってわけ」

「全く、ジョゼットはいつまで胸の話題をするつもりだ。いいじゃないか、小さい方が」

「出ました出ました。お姉さまの、小さい方がいい発言。それはね、駄目です。言っては駄目です」


 今度は唇を尖らせるだけでなく、頬まで膨らませました。ジョゼットさんもこんな表情をするのだ、という驚きと、可愛らしいなと思う気持ちが芽生えます。

 ですが、可愛らしくても洞察力はいつものままのようで、彼女は私を睨みつけました。


「セネカ、貴方も同類よね? どうして、そんな目をするのかしら」

「ジョゼットはわかってないわね。セネカちゃんは貴方の同類でもあり、私たちの同類でもあるってことよ」


 ね、とフィル様は私に微笑みかけてくれます。揺らぎ観の加護を授かっていることだけあって、私の内心もお見通しの用でした。

 ジョゼットさんは、微笑ましいと思われているのが、可愛らしいからではなく馬鹿にされていると勘違いされているのです。

 でもそんなことより、フィル様はさり気なく、私に現実を突きつけました。胸、小さいね、と。


「いい目よ、セネカ。私たちはこの気持ちを忘れてはならないの」

「ですね」


 視線を合わせるだけで、私たちは持たざる者としての結束を深めました。

 この屈辱を忘れてはなりません。


「そういえば、フィオーレが前に言ってたわね。何だったかしら?」


 フィオーレ様も思い当たるものがないのか、フィル様の言葉を待ちます。

 うーん、と可愛らしく唸っていたフィル様は、急に顔を輝かせました。


「そう、まっさーじ? だったかしら。とてもよかったのでしょう? 私も試してみたいわね」


 その一言で空気が凍りつきます。リーリエは当然のこと、フィオーレ様とジョゼットさんも黙り込みます。そして、3人は痛みに耐えるように顔を下に向けました。

 私たちは彼女らを見て、姉妹だなあ、と思いました。それは似た行動を取ったから、というだけではありません。ジョゼットさんは、悲しみながらもリーリエを気遣うように視線を向けていましたし、フィオーレ様はリーリエとジョゼットさんを見守るように、交互に目をやります。

 フィオーレ様はともかく、どうしてジョゼットさんがそのような顔をするのかはわかりませんでしたが、彼女らが真にリーリエを思っていることは伝わってきました。

 残念なことは、俯いているリーリエがそれに気づいていないことですが。

 今はこの空気をどうにかすべきと思い、私が話を切りだします。


「それでしたら、私がひとつ知っていますよ」

「そうなの?」

「といっても、術者から簡単なやり方を手ほどきしてもらっただけで、できるわけではありません。私が聞いたのは、似た効果が得られる方法です」


 私がそう前置きすると、フィル様は前のめりになって顔を輝かせます。期待に応えられるか心配になりました。

 リーリエから聞いて、私も何度かトオルにマッサージをしてもらったことがありました。とてもよかったのですが、私の疲労回復に、付き合わせても悪いと思い一人でもできる方法はないか、と尋ねたのです。部位別に2、3方法を教えてもらい、試してきましたが、実際に効果がありました。胸の大きさがあるので、効能には差があるかもしれませんが。


「何でも体操するといいそうですよ。肩が凝るのは動きが少ないからだとか。いつも動かさないような動きをすれば、ましになる、と」

「例えばどうするのかしら?」


 私は席を立ち、フィル様の元に行って、トオルから聞いた体操を教えます。

 そんな私に向かって、フィオーレ様は仕草で感謝の意を表し、ジョゼットさんは会釈してくれました。

 


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