89話-好きでした
私たちは休憩した後、入浴し、部屋に戻ってきました。
照明を落とし、月明かりの中で、2人ともベットに入らず座っていました。疲れているのだけれど、神経が高ぶっているのです。
一人きりなら、独り言を呟いたり散歩したりするのですが、今日は頼もしい友がいます。
「改めて言うのも恥ずかしいけど、今日は本当にありがとう」
深々と頭を下げてリーリエは言いました。
彼女と決して短くない時を共に過ごしたので、ここで遠慮した方がよりリーリエの負担になるとわかっていたので、私は黙って顔を上げるのを待ちました。
「この一件で、自分がいかに愚かなのかを気づかされたよ。セネカには話したことがなかったと思うけど、実は私がバイル学園に来たのは友が欲しかったからなんだ」
「そういうことでしたか」
イノ家の屋敷からわざわざ離れた理由は、思いの外リーリエらしいものでした。
バイルでもイノ家のご淑女ということで、生徒たちは遠巻きになっていましたし、ネメス学園であればそれはさらに強くなります。それだけでなく、ジョゼットさんが高等部にいるので、干渉もあるでしょう。友人を作るのでさえ難しいはずです。
「トオルとセネカという友を得て、この数ヶ月本当に充実していたよ。毎日が楽しかった。何かあった日じゃなくても、君たちのことを考えているだけで日々は明るく、どこまでも透き通っていたから」
「私もです。リーリエたちと仲良くなるまで友はおらず、ただ剣ばかり振るっていました。貴方たちと出会って、日々に彩りが出て、剣も向上した。私だけでは気づけなかったいろんなことに気づかせてもらったんです」
リーリエは静かに、はにかみました。きっとトオルがいれば、これは満面の笑みだったのでしょう。
私はその寂しそうな笑みを見て、身を乗り出しそうになりました。そんな顔をする必要はない、と叫びそうになりました。
私が抱いた気持ちは、トオルも同じなのでは、と思ったのです。きっと、彼女もリーリエを大切に思っていたはずなのです。でも、リーリエに伝えるにはまだ早い気がして違う言葉を舌に乗せます。
「だから、リーリエと同じ気持ちですよ。貴方に出会えてよかった。かけがえのない友ができました」
リーリエは私の方に来たと思ったら、すぐピタリと止まりました。それがどうしてか、何となくわかったので、解決策として私は彼女を抱きしめます。
すると、リーリエも抱きしめてきて、体を震わせました。彼女は自分のような人間が友と思われて嬉しいと感極まって近づいてきたのですが、抱きしめるほど親密なのだろうか、これ以上頼って困らせないだろうか、などと思ったのでしょう。
以前ならそんなことを考えなかったはずですが、トオルの一件があって臆病になってしまったのです。
リーリエが踏み出せないなら、私が踏み込むまでのこと。きっとまた、綺麗な笑みで、いじらしくも強引な彼女が戻ってくるまで、私は踏み込みましょう。
体温や鼓動と吐息の音、お風呂上りの甘い香り全てが、瞼に攻勢をかけてきます。心地よすぎて、そろそろ抗えそうにないな、と思った時、リーリエが離れ、私の隣に座りました。
「なあ、セネカ。一つ聞いていいかい?」
「何ですか?」
「君はトオルのことをどう思ってた?」
その言葉だけではどうとでも取れるはずなのに、私の脳は勝手に、トオルを性愛の対象として見ていたのか、と捉えました。そのせいで、咄嗟に誤魔化すことも、答えを探すこともできず、黙り込んでしまいます。
私のそんな様子を見て、リーリエは唇を曲げて笑いました。
「私はね、友以上の感情を抱いていたと思う。今となってはわからないけど、多分そうだった。初めは友人だから、と思っていたけどそうじゃないみたいなんだ」
リーリエは照れながらも話を止めず、どうしてだろう、と呟いて言葉を組み立てていました。
「トオルは少し意地悪だけど、肝心な時には望んだことをしてくれる。冷静でいて人懐っこくて、誰かの希望になれる優しさを持っている。綿のように空気を含んだ赤髪も、優しく細められた青い目も、女性らしい体躯も全て好きだった。同じ日々を過ごすたびに、惹かれていたんだ。だからさ、いつかはわからない。気づけば好きだった」
赤裸々な告白を聞いている間、私は自分とリーリエとの比較をしていました。結果はすぐに出ます。
「私もです」
付け足すことがないくらい同じでした。私の弱さを見ても、変わらず接してくれた優しいトオルのことをいつの間にか好いていました。
「似た者同士ですね、私たちは」
「そうだね」
悲しみを舐め合うように、クスクスと笑い合います。
私たちの痛みは同じです。だからこそ、リーリエを支えたいと思えましたし、彼女も同じようでした。
「実はね、こういう会話に憧れていたんだ。物語であるだろう? こういうの」
「ありますね。三角関係になるやつでしょう?」
「そうそう。そっちには憧れなかったけど、こうやって友と色恋の話をするのって憧れてたんだ」
リーリエは徐々に言葉が詰まっていき、最後には声の代わりに嗚咽を洩らしていました。
「楽しいんだよ。でも、どうしようもなく悲しいんだ。ごめんよ」
私は言葉を返さず、リーリエの手を握ります。私も同じだと。
ああ、どこまでも似ているのですね。私と貴方は。




