85話-恐怖の種類
笑いが収まるとラーファさんは立ち上がって、庭の隅に置かれていた木剣を持ってきました。
「この頃はお嬢様も帰ってこられないので錆びついてはいるのですが、お手合わせ願えますか?」
「もちろんです。こちらこそお願いします」
木剣をラーファさんから受け取り、準備運動がてら宙に振るいます。
リーリエたちが帰ってからも私は騎士長たちに訓練をつけてもらっていましたし、近頃は調子もいいので、打ち合いそのものが楽しみでした。
私が準備を終えると、ラーファさんから攻めてきました。錆びついている、というのは謙遜も謙遜で、苛烈ながら繊細な剣捌きです。
何とか食らいつこうとしますが、終始ラーファさんが主導権を握っている形で、私は手も足も出ず、剣を叩き落されてしまいました。
「流石ですね。剣術大会の時からずいぶん成長してらっしゃいます。私の方から剣の腕はもう言うことはありません」
「こんな風に負けてしまったのに、剣の腕は十分だと?」
「ええ。剣を扱う上で教えることはもうありません。セネカ様は十二分に自分の体を把握し、相手を見、勝てる戦略を瞬時に取ることができています」
迷いのない評価でした。ラーファさんは心の底から私を褒めているのだとわかります。決して皮肉ではないでしょう。剣について言う事がないというのは、これ以上成長できない、と言っているわけではないのです。
でも、それでは釈然としません。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、ラーファさんは木剣を隅に置き、話し始めました。
「剣の腕というのは突き詰めれば殺す手段でしかありません。ありとあらゆる剣術があれど、そこは同じです。そういった心構えがセネカ様には足りていないように思われます。それとは別の恐れもありますかね」
私ですらよくわかっていないセネカ・ローウェルの心の内を、ラーファさんはしっかり鑑賞してきたかのように言いました。
お前に足りないのは、剣ではなく心構えなのだと。
「一言で申し上げますと、貪欲さが足りません。そこがリズとの差です」
「姉とのですか」
「ええ。実を言うと、セネカ様が持っておられる恐れというのは決して悪いものではありません。私にだってあります。背中を預ける友も、神から授かった武具も代えがたいものでしたが、私が戦場で最も頼っていたのは恐れです」
仲間や神旗に頼るというのはしっくりくる話でしたが、恐れを頼るというのは疑問でしかありません。
私はこれまで、負けることへの、ローウェルの剣を汚すことへの恐れがあって全力を尽くせていなかったので、余計にわかりません。恐れというのは成長の妨げであると思っていました。
「恐れと言っても、私はいくつかの種類があると思っています。恐れにより足を止める。冷酷になる。そういった様々な効果をもたらす恐怖があるのだと思うのです。つまり、私が言いたいのは、負けたくないのであれば手段を選ばないことが重要なのではないでしょうか、ということです」
ラーファさんは剣を再度持ち、私に構えるよう目で言いました。
「いいですか。今から私を殺すつもりで攻めなさい。打ち合いで毎度躍起になる必要はありません。ですが、冷酷になれると自分自身が知らないと、いざという時に手遅れになります。今のうちに、平和なうちにそれを知っておきなさい。きっと、オネットはそういうことを言えない子ですから」
私は加減せず、刺突を繰り出します。今出せる最速で、木剣を使うのであればかなり威力の高い攻撃です。
それにラーファさんは剣を振らず、半身になって躱し、私の足を払いました。
体勢を崩しそうになりますがこけるほどではありません。ですが、追撃を躱すためにあえて転びます。その勢いで距離を取ってから跳ね上がり、剣を構え直しました。
「その程度では足りません。全てを勝ちに繋げないと。わからないのであれば、仕方ありませんね」
そう言って、ラーファさんは私に向かって突進してきます。
重い一撃によろめきますが、何とか受けとめました。そこに蹴りが飛んできます。
為す術なく私の脇腹に刺さりますが、堪えてそのまま剣を払い攻勢に出ます。
そこからの私はただがむしゃらに剣を振るい、拳を放ち、獣の如くラーファさんに傷を負わせました。
昨日の更新ができず、申し訳ございませんでした。予約投稿の日にちを間違ってたみたいです。今日の分は夜に更新します。
2/23-キャラクターの名前が間違っていたので修正しました。