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79話-イノ家のお母様




 ネメスの騎士団は現在4つに分かれていました。第1から第3騎士団と医術騎士団です。

 それぞれに将がおり、その下に指揮官と副指揮官、大隊長、小隊長、兵士となっています。本来、私たち指揮官は自分が所属している隊に命令を伝達しなければなりませんが、リーリエが引き受けたので一つずつ隊の宿舎を回っていかなければなりません。効率のため、私が第1と第2。リーリエが第3と医療の方を回ることにしました。

 私が所属する第1騎士団はきちっと聞いてくれますが、第2の隊の人は不服そうな態度を隠しもしません。

 一番下の階級である兵士の方でも、私より年上の人が大半でした。本来、高等部を卒業した者が騎士になれるので、私のような中等部を卒業したばかりの人間が上に立たれるのを良く思わないのでしょう。

 それ加えて、私の兄を知っている現在の将や指揮官の方からよくしてもらっていますから、余計に苛立つのでしょう。

 常日頃、そうした視線を向けられていましたが、今はいつもよりキツイものでした。


「やっぱり、リーリエの存在は重要みたいですね」


 こんな愚痴をこぼしたくないのですが、先ほどの件もあって気が滅入っていて、ついつい声に出してしまいます。

 私とリーリエは中等部を卒業した後、騎士になりました。2人ともそのような進路を考えていたわけではありません。高等部に進学するつもりでいました。


 転機が訪れたのは、夏の長期休暇の終わりでした。リーリエから、イノ家の屋敷に呼ばれたのです。リーリエたちに長期休暇の始めの1週間以来会っていなかったこともありますし、私は予定を早めてイリツタから出ました。

 イノ家の屋敷は、バイルにあるリーリエの屋敷より少し大きいというものでしたが、門や庭などの外観の絢爛さが違いました。こちらのほうがよっぽど立派です。

 私は入るのに臆しながら、門にいた女性の使用人に用件を伝えます。

 数分すると、庭から女性が出てきました。見るからにリーリエのお姉様です。彼女にそっくりでした。

 その女性はリーリエの凛々しさを可愛らしさに変えたような女性で、今も小走りに近づいてくるのですが、その仕草も気怠げでした。その気怠さが妖しい雰囲気を醸し出していました。

 女性が目の前に来る頃を見計らって、私が帽子を取ってお辞儀すると、女性も同じようにしました。彼女は帽子を被っていないので、頭の上で空を切ります。


「セネカ・ローウェルです。リーリエさんに誘われてお尋ねしたのですが」

「あらあら、まあまあ」


 女性は私の顔を見て、ニコニコしていました。制服で来たのがまずかったのでしょうか。イノ家の屋敷に見合う服など私は持っていません。

 私が困惑していると、女性はこちらにもう一歩近づいて来ます。その一歩で、香りが舞いました。香りに気を取られていると、私は女性に抱きしめられていました。


「リーリエのお友達がこんな可愛い子だなんて嬉しいわ。よろしくね、セネカちゃん」

「はい、よろしくお願いします、お姉様」


 女性の呼吸が僅かに止まった後、彼女はクスクスと笑った。


「セネカちゃんってば本当に可愛いのね。食べちゃいたいわ。私はリーリエの母のフィルよ」

「それは失礼しました」


 私が謝罪すると、フィル様は手に力を込め、私を離そうとしませんでした。


「いいのよ。むしろ、嬉しいわ。お姉様だなんて、滅多に呼ばれないもの」


 フィル様は私から離れて、頬を抑えてニヤニヤしました。リーリエのお母様とわかっているのですが、やはり姉に見えます。

 会話がなくなり、何か話題がないかと頭を巡らせていると、自分が重要なことを忘れていることに気づきました。


「あの、リーリエは?」

「少し元気がないみたいだけど、病気ってわけじゃないから平気よ。今から部屋に行ってみましょう」


 綺麗な庭を通り屋敷に入って、階段を上がります。その間、フィル様は色んなことを訊きました。その内容は、私の好物は何なのか、どの季節が好きか、趣味はなにか、など当たり障りのないものでした。ですが、話した方というか雰囲気が穏やかで、話していても苦にならないどころか進んで話してしまいます。いつの間にか、口下手な私の方が多く発言しているほどでした。


「あら、お母様。そちらの方は?」


 後ろから声をかけられ、立ち止まって振り返ると、そこには私と同じくらいの背丈の女性がいました。


「あら、ジョゼット。お話ししていたセネカちゃんよ」

「ああ、リーリエの友達の」


 ジョゼットさんは私の方に恭しく礼をしました。


「私はリーリエの姉のジョゼット・イノ。よろしくね、セネカ・ローウェルさん」

「申し遅れましてすみません。よろしくお願いします」


 私も慌てて、礼をすると、フィル様とジョゼットさんが上品に笑います。それは嘲笑ではないというのはわかりましたが、何故笑っているかはわかりません。


「可愛いわ。可愛いわ」

「そうね、お母様」


 言われ慣れない単語を連呼され、私は顔が熱くなるのを感じます。その様子は2人からも見ればわかるようで、また可愛いと言われます。


「お母様、私がリーリエの元に案内しますわ」

「そんなこと言って、自分がそうしたいだけでしょう?」

「まあ、そうですけど」

「いいわ。私もやらなきゃいけないことができたし、ジョゼットに任せます」


 フィル様が曲がり角に消えると、ジョゼットさんが言いました。


「案内といっても、すぐそこなのだけど。ごめんなさいね、お節介な母で」

「いえ、嬉しかったです。リーリエが羨ましいほどに」

「そうかしら」

「ええ。でも、本当にお母様ですか? ずいぶんお若いような」


 ジョゼットさんは腰を折って桃色の髪が揺れるほど大きく笑いました。


「私もそう思うわ。でも、ああ見えて特別なことはしてないのよ? 心はいつまでも若いけどね」

「それが秘訣でしょうね」

「お母様の話はこれくらいにして、リーリエの所に行きましょう」


 ジョゼットさんが言っていた通り、リーリエの部屋はすぐそこでした。


「リーリエ、出て来なさい。お客様よ」


 中で物音がし、リーリエらしかぬ大きな足音がして、扉が勢いよく開きました。


「ト、トオルか!?」


 中から出て来たリーリエの顔は青く、頬はこけ、大きな青紫色の瞳は爛々と光っていました。まるで別人です。そのことに私が驚いていると、リーリエは私を捉えました。すると、彼女の瞳は見る見るうちに濁っていきます。次にジョゼットさんを見た時、リーリエの瞳には確かに怯えが宿りました。


「どうして、どうしてセネカが?」


 私を呼んだのはリーリエのはずなのに、彼女は目を丸くしてそう呟きます。


「私はリーリエから文をもらって」

「ああ、あれは私が書いたのよ。ふさぎ込んでいるお前に元気になってもらいたくてね」


 ジョゼットさんはそう言って、左右均等に唇を割って微笑みました。


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