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77話-バカね

全話でアナウンスし忘れていましたが、これから数話はセネカ視点での物語になります。

 私は目を覚ますとまず、神旗が腕に巻きついているかを確かめます。元からそういう習慣があったわけではなかったのですが、ここ最近は必ずそうしてしまいます。

 歯を洗って、顔を洗い装備品のチェックを済ませていきます。支給された剣を腰につけ、制服を着、軽鎧を被り、ベレー帽を被る。これがネメス第1騎士団の正装でした。その様子を鏡に映します。


「馬子にも衣裳とはよく言ったものです。ローウェル家として最低限の格好はできているでしょう」


 自画自賛し終えたあと、部屋を出ると、向かいの扉も開きました。


「やあ、セネカ。まだ眠たそうだね」


 そう言って、私の相方は笑います。今日も今日とて規律正しい時間に起きたようです。私と違って彼女は芯が通っていると言いますか、華やかでした。しかし、最近はそこに違和感を覚えます。綺麗すぎるのです。綺麗でしかないとも言えます。

 原因はわかっていました。直接本人から聞いたわけでも問い質したわけでもありませんが、トオルがいなくなったことであることは明らかです。それだけが、彼女を変えた要因でした。

 つまるところ、それほどトオルという存在は大きなものだったのです。

 それはリーリエだけではありません。私の心にも大きな傷をつけました。さらに、私とリーリエの間にも。

 毎日、そのことを強く感じます。糸のほつれのように、適切な処理せず放置すれば傷は大きくなるばかりでした。

 ですが、どうしようもありません。少なくとも私には、私たちにはわかりません。

 決定的に崩れるか、どうにか持ち直すかを未来に託すしかなかったのです。


「あらあら、ずいぶん暗い顔ね、お二人さん」

「シャリオ、久しぶりだね」


 リーリエの声は不自然なまでに透き通っていました。

 彼女は何もかも美しい女性でしたが、私が思うに魅力はそこではありません。その魅力が今の彼女には、トオルを失った彼女からは感じられないのです。

 そのことにバイル学園の生徒は気づかなくとも、シャリオは一目でわかったようでした。ですが、自分が可笑しいことも、そう思われていることもリーリエにはわかりません。


「その様子じゃ、本当にトオルはいなくなったのね」

「そうなんだ。代わりにセネカが従者として――」


 リーリエは私を前に出して紹介しようとしましたが、その前にシャリオがため息をつきました。


「捨てるんなら、私がもらったのに。終わったことだから仕方ないけど、残念でならないわ」


 挑発的な物言いにもリーリエは反応しません。シャリオとトオルを取りあっていた頃とは別人のように笑っています。心中は定かではありませんが、表面上は完璧でした。


「まだ会議まで時間があるでしょう? 少し話しましょう」


 シャリオは返事も聞かず、私の手を取って歩き始めました。強引なので、どうしたものかと私は彼女の顔を覗きました。

 すると、見計らっていたかのように、シャリオは目を瞑ってすまなそうな顔をしました。私は餌のようです

 どうやら、シャリオはリーリエを放っておけないようです。強引な手を使ってでも干渉せずにいられないのでしょう。

 彼女になら、と私は期待すると同時に、損な役回りを押しつけてしまったなと罪悪感を感じます。

 シャリオは適当な空き部屋を見つけ、そこに入りました。全員が入ってからしっかり扉がしまっているかを確認していました。


「どういう事情で、トオルがいなくなったとか言って糾弾するつもりはないわ。私が言いたいのは簡単に言うと、二つだけ。貴方たちへの謝罪と、私はどのようなことがあってもトオルの味方であるってことよ」

「それはどういうことですか?」


 てっきりリーリエに何かを言うのかと思っていたので、予想外な流れでした。なので、私はこれから手放しでシャリオに任せることができず聞いてしまいました。


「今から戦場に向かうのだから、殴る蹴るは止めてほしいのだけど」


 シャリオは勿体ぶるように笑ってから、口を開きました。


「私もどうかしていたと反省しているの。実は剣術大会の時に、リーリエの寝込みを襲おうとしたのよ。バイル学園に勝つためにね」


 あまりにも唐突な告白に私とリーリエは目を白黒させました。シャリオならそんな私たちの顔を見れば茶化すはずなのですが、悲痛な面持ちで頭を下げます。


「これから死ぬかもしれないから、念のために言っておきたかったの。あくまで自分のためよ。貴方たちが戸惑うだろうと思っていたのに、私はワガママだから自分が隠し事をしたまま死ぬのが嫌だから言ったの」


 まだ混乱していましたが、私は何とか言葉を紡ごうとします。そこであることを思いだしました。夏の長期休暇の時のトオルの反応です。

 そこから、色んなことが結びつき、浮かび上がってきます。確証は持てませんでしたが、このまま頭の中で留めておくこともできず、私は声に出しました。


「もしかして、それを未然に止めたのがトオルなんですか? その件は騎士長も知っていて、だからシャリオはネメス学園を辞めたんですか?」

「その通りよ」


 シャリオは私たちの反応を一頻り見てから、続きを話し始めます。


「その様子じゃ、トオルは本当に言ってなかったみたいね。勘違いしないでね。トオルはご主人様を悩ませたくなかったからそうしただけで、私を庇ったわけじゃないから。憂いなく対戦できるように、ってね。きちんと誓約書を書かせて、私がリーリエに危害を加えられないようにもしたわ。結果的に、こうしてここにいれるのはトオルのおかげであり、そのことを知って私を迎えてくれたお師匠のおかげってわけ。もちろん、それで終了ってわけじゃない。これまではどうすればいいのかわからなくて、できなかったけれど、言ったからには贖罪は果たすつもりよ」


 私たちはそれに対して答えられませんでした。

 リーリエは知りませんが、私は大してシャリオに怒りを覚えません。知らぬ間に終わっていたことですし、未然に済んだのならもういいでしょう。彼女が言わないだけで、ネメス学園を辞めたのはこの件へ向き合っての結果でしょうし、彼女の誠実さを信じています。

 答えられないのは、トオルが未然に防いだ、という事実に驚きを隠せないからでした。

 そんな私たちにシャリオは吐き捨てるように言います。


「悪い事をした私が言うのも間違っているけど、あれを手放すなんてバカね」


 抗議めいた口調からは、シャリオもトオルのことを大事に思っていたことが伝わります。それは私も同じです。

 ですが、決定的に私と違います。いなくなった人のことは、どうしようもない問題だから、と 逃げていた私と違って、シャリオは真正面から向き合ったのです。シャリオが口にしたようにそれはワガママとも言えるかもしれませんが、私にはそう思えませんでした。彼女は誰もかもに話しているわけではありません。私とリーリエに伝えたいと思って言っているのです。それがどうしようのないことでも、押し留めることはしない、と態度で示したのでした。


「ごめんなさい。私だけがスッキリしてるだけね。帰ってこれたら、晩御飯でもごちそうさせて。もちろん、強制じゃないから」

「帰ってこれたらなんて言わないでくださいよ。不吉な言葉を並べているとつられますよ?」


 私はシャリオにそう返し、扉を開け、集合場所に向かいます。

 ジュ―ブルとの戦の会議に。


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